気遣い、優しさ
投稿遅くてごめんなさい!
『止まれェい!!』
アライはいくつもの野太い音が混ざった声が聞こえてきた前方を見てみると全身鎧で身を包んだ屈強そうな戦士達が待ち構えていた。追いかけてくる騎馬隊もそうだが着ている鎧は軍のものではなく皆違う見た目の装備をしておりハヤシが言っていたとおり正規軍の人間ではなさそうな気配を漂わせている。しかし自分達の邪魔をしてくる以上この者達が誰であろうがアライにとってはどうでもいい事だった。待ち構えている戦士達の手前には大砲や手回し式のガトリングガンなどが用意されておりまるでこれから戦争でも起きるかのような雰囲気を漂わせていた。
「アライさん!」
マキが更に確認を取るかのようにアライの名を呼んだ。
「行け!!構わねぇ!!一気に突っ切ってくれ!」
「はい!では耳を塞いで身を屈めて下さい!」
「?・・・お、おう」
アライは言われた通りマキの背中越しに身を屈めるように蹲った。次の瞬間二人を乗せているモリノの足元の地面から大きな爆音が鳴り響いた。それは一度だけではなく二度、三度と立て続けて起こった。アライは座席まで立ちこめてくる煙と臭いに目を細めた。
「ぬわッ?!・・・じ、地雷か!?」
「辺り一帯に埋められているようです」
「・・・分かってたのなら先に言ってぇ・・・本当びっくり・・」
アライが喋っている間に次は大砲の砲弾がモリノに直撃した。アライは「だあああああああああ!?」と大声を出して驚いたがモリノは怯む様子もなく爆発と銃弾の嵐の中を軽快に駆け抜けていく。
「砲撃の手を止めるなぁ!!どんどん撃って動きを止めろぉ!!」
砲弾の弾は何発もモリノの頭部や脚部に直撃はした。しかしその勢いは止まることはなく敵の陣形近くまで走り込んだ後戦士達の頭上を遥か高く飛び越え、あっという間にその場の全員を置き去っていった。戦士達はあまりにもあっさりと包囲網を突破されあっけに取られるとすぐ驚きの声が上がった。
「ッ・・・!!?クソォ!!何なんだあの生き物は!?」「ほォ~やるのぉ~」「感心してる場合か!!」「よーしもう一発ぅ!!」「止めとけ止めとけぇ、弾の無駄だぞありゃぁ」
アライは暫く後ろを見ていたが連中も追うのを諦めたのか辺り一帯は再び静けさを取り戻した。一応安心は出来たが同時に突然胸が気持ち悪くなりみるみる顔が青くなっていった。
「・・・すまん、ちょっと休ませてくれ」
マキは心配そうにアライの顔を見た後すぐに前方に目をやった。
「・・・分かりました。少しお待ちください」
マキが自身の座席近くのレバーを弄るとモリノの姿が徐々に機械竜の姿から元のバイク姿に変形していった。少し走っていると左の方から小さな川が流れているのが見えたのでマキはその近くでモリノを停めた。
「・・・ちょっと休憩」
アライがそう言うとマキは「分かりました」とすぐ返事した。アライはモリノから降りると少しふらつきながら川に近づいていった。川の流れは穏やかで水面に顔を近づけると底は浅かった。見た目に反して飲んだらお腹を壊すかもしれないと思ったので顔を洗うだけにした。少し経つとマキがモリノから降りてアライの方に近づいてきていた。
「油断した・・・。壁を越えるまでは妨害はないと思ってたんだけどな」
アライが川を見ながら河原の上で体操座りしているとマキも隣に来て同じように体操座りをした。人間ではないはずなのにマキの髪からは人間の女性から発するいい匂いがアライの鼻の奥を刺激した。
「私たちがいる限り心配は無用ですよ。私たちがアライさんの盾となり剣となり・・・」
「ああそうだな、・・・良く分かった気がするよ」
アライは隣のマキの顔を見ながらそう返事した。人間ではない天使相手にこれは良くない感情だと思いわざと素っ気ない態度を取ってしまう。しかし向こうには何にも悪気がないのにこれはいかんと思ったアライはすぐに別の話題を振る。
「今更なんだけど、その服装・・・」
「・・・?コレですか?」
マキは自分が着ている黒のスーツジャケットを指差す。
「この国では滅多に見ない服装だなぁと思って。昔、古い書物で見た『黒の霊装を着た天使』を思い出したよ。」
その話に出てくる天使は神使の身でありながら数多の神々を引き連れ、いくつもの世界を混沌から救い出すのだ。その天使はとても美しい人間の女性の姿をしていたらしくたくさんの画家がその天使を主題にした作品を描いている。同一の存在かは定かではないがよく似ている所があると感じふと思い出した。
「興味深いですね、その話は初めて聞きました。私も何故かは分からないんですが妙に親しみを感じるんです。それにこれを着ていると、なんと言いますか・・・身が引き締まるような思いになるんです」
「引き締まる・・・か」
アライとマキは再び前方の川に目を移した。天使も分からない事があるんだなぁと思った後先ほどの追手の事が頭をよぎった。アライが立ち上がるとほぼ同時にマキもその場に立ちあがった。
「そろそろ行こう。ありがとう、時間作ってくれて」
「いえ、お気になさらず」
アライがモリノに向かって歩きだすとその数歩後ろをマキが追従する。
「とにかく今日中に『中堅壁』は超えたいなぁ。早めにナツメ達と合流しておきたいし・・」
「アライさん、壁を越えた後は何処でお休みになりますか?」
「えっ?・・・え、え~とぉそうだな~」
アライは空を見てみた。陽は既に傾き始めていた。このペースで壁を越えれば恐らく夕刻になると判断してマキは質問してきたのだろう。
「ま、まだ決めてない・・・けど出来れば宿屋とかあればそこに停まりた・・・いや別に外で寝るのが怖い訳じゃないからな言っておくけどっ。勘違いしちゃあかんぞ」
「分かりました。では私の方で適当な宿屋に予約を入れておきます」
「ああ、頼む・・・ん?」
「?・・・どうしましたか?」
「あ、いや・・・そうだよな宿屋っていつも空いてる勝手なイメージがあったからさ。うん、いつも空いてるとは限らないわな。その発想はなかったわ。ぜひ予約しておいてください」
マキは「分かりました」と言った後モリノに付属している電話の受話器を取った。
「コード10023、マキです。第六界、東ノ宮の中堅壁から先鋒壁までにある現在も営業している宿屋の電話番号を教えてください」
アライにはよく聞き取れない言葉だったがおそらく宿屋について調べているんじゃないかと思った。そのあと電話の相手と三回ほど言葉を交わした後電話を切り、次はこちらでも聞き取れる言葉で宿屋の予約を取り始めた。
「大人一人で・・」
「いやっ!?・・・ちょ、ちょちょっと待って!?」
マキはいきなりアライが口を挟んできた意図が分からず首を捻っている。
「マ、マキさんは・・・泊まらないのか?!」
「?・・・はい。私は疲れを感じないですから。店の中はハヤシに任せて私は外で警備していようかと・・・」
受話器を手で押さえながらマキは未だに疑問が張り付いているような顔でアライの顔を見ている。
「お、おおう。・・・いや気持ちは有難いんだが宿屋くらいはゆっくりして欲しい。それにそんな事続けてたらお前絶対疲れるって」
「いえ、だから疲れたりは・・」
「疲れるって」
お互い変な意地が衝突してしまい暫く二人の間に沈黙が流れるとモリノの体に乗っかっていたお面姿のハヤシが苦笑し始めた。
「ブッ!!!・・・クフフッ。おいマキ、勇者様のご厚意だぞ有難く受け取れよ。それに早くしないと電話の向こうの店員さんに迷惑だろ?」
マキはハヤシを横目で見た後受話器を顔に近づけて会話しだした。
「はいもしもしすみません、大人一人を大人二人に変更して下さい。宜しくお願いします。」