名前に込められたモノ
柿ピーおいしい。
現在マキがいる場所は創造神ナミカミによって生み出された八つの異界の上層「第一界」より更に上に位置する最上層『天界』と呼ばれる。
ここではナミカミに従う天使や神々達が行き交う場所だとメルは言う。その世界にも時間の概念は存在するらしく、マキは目覚めた後三日ほどベッドから動けなかった。ようやくベッドから起きて歩けるようになって暫く後今度はメルの案内でこれから自分が利用する天使達の寄宿舎に案内された。
部屋は二人部屋らしく中は六畳間に二段ベッドと小さなテーブルや勉強机などが置かれていた。
「同居人の方は?」
「フフフ、よくぞ聞いてくれましたっ!それゎ・・・・・・・私よっ!」
メルはドヤ顔で親指を自分に指している。マキは特に大きなリアクションをすることなく部屋の中を見渡している。
「そうですか」
「もうちょっと嬉しそうにしてもいいんじゃないかなっ!?」
「・・・ありがとうございます。ここはもう大丈夫です」
「じゃあ折角だからここで着替えていこうよ。いつまでもそんな病院服みたいな恰好してるのも嫌でしょ?」
「いえ、この服動きやすくて結構気に入っているのですが」
「だーめっ!ほらさっさと服脱いでっ!」
「あっ、ちょっと!分かりました!一人で出来ますから離れて下さい!」
マキはメルに半ば強制的に作業服の一種のつなぎを着させられた。そして何故かメルも一緒に同じ物に着替えていた。着替えている途中、今まで服の上からでは分からなかったがメルの背中には純白の羽が生えていた。マキも自身が天使だという事を知っているので確認の為に恐る恐る自分の背中を触ってみた。しかし羽の様な感触は感じることが出来なかった。
「ん?どうしたのマキ」
「い、いえ何でもありません」
今度一人でこっそり鏡を使って確認してみようと心に決めたあとマキ達は自室を後にした。
「今更なのですが何故着替えの服装がつなぎなんですか?」
「そらもう気分だよっ!絶対似合うだろうな~と思ったし」
「なるほど・・・」
マキ達が寄宿舎を歩いていると何度か天使と思しき者達と何度かすれ違った。しかし何故か天使達は顔を合わせる度に白い目で見てきたり怯えた様な顔になったり、驚いた様子になった後逃げるようにいなくなったり会話はおろか挨拶一つ出来なかった。
「メル、彼らは一体どうしてしまったのでしょうか」
「う~ん、たぶん私たちの服に恐れおののいたんじゃないかなぁ。天界じゃ結構珍しい服装だからねこれ」
「そうですか・・」
あのリアクションは服装に対しての物ではないとマキは思ったがこれ以上追及しないようにした。
「二人ともここにいましたか」突然後ろから声が聞こえてきたので驚きながら振り向くと毛並が美しい白い猫が行儀よく座っていた。
「・・・もしかしてルシア様ですか?」
「察しが良くて助かります。シン様がお呼びです。メル、案内ありがとう。暫くこの子借りますね」
「・・・シン様というのは」
「ん~と天使達の中で一番強くて偉い方だよ。今はナミカミ様のお仕事のほとんどをシン様が引き継いでいるって話だよ」
「だいたいそんな感じですね。さあマキ、案内しますから付いてきなさい」
ルシアと共にシンが待っている天上の間に向かう途中でもすれ違う天使達は先ほどと似たような反応をしてきた。自分が目覚める前に一体何が起こったのか本当は聞いてはいけないことなのかもしれない。その証拠に先程からマキの頭の中から「魔王を倒せ」と訴えかけるような特徴のない中性的な声が響いてきており同時に頭痛が起こり始めた。マキはこめかみを押さえながらそれでも歩く調子は変える事なくルシアに着いて行く。
「ルシア様、私はいつ魔王を倒しに行けるのでしょうか?」
「・・・随分急いでいるようですが直ぐには行かせられません」
「何故ですか?」
「天使が下界に降りて仕事をするには前もって色々やってもらわなければならない事があるからです。これから会うシン様にはそのことについても話して貰う予定です」
天上の間に着くと中心の大広間を囲むように存在する八つの扉の内の一つが開いた。その扉には黒のマジックペンで丸い文字で「シンのお部屋」とかわいく書かれたプレートが掛けられている。部屋の中に入ると中は書斎ではなく古い西洋風の城の中にある庭園の様な場所が広がっていた。草花など綺麗に管理されており足元をよく見ると小さなカエルが跳ねている。
「やぁ、二人共よく来てくれたねぇ。さあ、こっちに来て顔を見せて下さい」
マキは声のした方を見るとおよそ庭園の中心辺りだろうか、手の平に収まるくらいの小さなトキの姿をしたシンがいた。苔が生えている長剣が地面に深く突き刺さっており、その長剣の柄頭の上に器用に乗りながらシンはこちらを見ていた。元気がないのか少しぐったりしているようにも見える。
「マキ君初めまして。僕が一応全ての天使達の統括を任されているシンだよ」
「・・初めまして」
シンは何かを確認するかのようにマキの姿を頷きながら見た。
「うん、うん。なるほどこうなったのか・・・。マキ君、色々言いたいことがあるだろうが今は僕たちの指示に従って欲しい。いいかな?」
マキは心を見透かされたような気がして一度気を張り直した。
「はい、分かりました」
「ん~、本来ならこの後守護天使養成施設に入ってもらうんだけど・・・その前に一度君にはここで力を少し見せてもらうよ」
「力?・・・え、ここでですか?」
マキはシンの突然の発言で面食らってしまった。
「うん・・・。あぁ、心配しなくても相手はすでに用意してある。存分に力を使って構わないよ」
マキの背後から大きな落下音が聞こえてきた。マキは驚きながら後ろを振り返るとそこには褐色肌の巨大な鬼が立っていた。頭にはいびつな形をした角が一本生えており金属製の目隠しと手かせが厳重にされている。
「鬼の中でも比較的平均的な強さを持つ『邪鬼』君に来てもらったよ。がんばって倒してね」
「Gaaaaaaaaaaaaa!!!」
シンの力で手かせの封印が解けると邪鬼の力で一瞬で手かせが粉々になった。
「シン様!マキの体は万全とは言えません!それにマキは今は生まれたばかりの天使でまともに戦う事なんて出来ません!たとえシン様と言えども賛同しかねます!」
ルシアは大声で今回の戦闘に反対する。しかしシンの気持ちは変わらなかった。
「戦闘は常に万全な状態の時に起こるものではないでしょう。」
「っ・・・!しかしっ」
「心配しなくても大丈夫だよぉ。なにせあのマキ君なんだから。」
「・・・危険だと判断したら止めに入ります」
「うん、かまわないよ」
邪鬼は足元に落ちていた四角い金棒を拾いあげると目隠しをしているにも関わらず雄叫びを上げながら真っすぐにマキに襲い掛かる。マキは目の前の見るからに凶暴な鬼にひるんでしまい身動きがとれなかった。邪鬼の勢いの乗った金棒の大振りがマキの上半身を捉えた。鈍い音と共にマキは金棒に吹き飛ばされ庭園の壁に叩き付けられた。
「っ・・・!かはっ・・・!!」
体は壁に叩き付けられ、身体のあちこちから出血していた。天使にも血は流れているのかと悠長な考えと同時に自分が追いつめられているこの状況に危機感を感じていた。
(・・・このままだと本当に殺される。だが私はここで死ぬわけにはいかない・・・魔王を・・・倒さないと・・・・・・あれ・・・何で倒さないといけないんでしたっけ・・・何で私・・・魔王を憎いと思っているんでしょうか・・・。)
マキの思考を遮るように再び特徴のない中性的な声と頭痛が響いてくる。こめかみを押さえながら鬱憤を口から吐き出す。
・・・倒せ。
「・・・さい」
・・・魔王を倒せ。
「うるさい!」
魔王を倒せ!
「うるさい・・・っ!!黙ってろ!!」
気付けばマキの前にはすでに邪鬼が立ちはだかっており力任せに金棒を振り回してきていた。躱すことも出来ず金棒が当たったマキは再び反対方向の壁の方に吹き飛んだ。
「うっ・・・!ぶほっ・・!ごふっ・・・!」
「シン様危険です・・・もう、これ以上は」
現状に耐えかねたルシアが助けに入ろうとしたところでそれを遮るようにシンが口を出してきた。
「マキ君、優しい僕から現状を打破するとっておきのヒントをあげるよ。君は今必死に答えを求め、探しているんだろうけどその必要はないんだよ。何故ならマキ君、君はすでに知っているんだから」
「っ・・・!シン様っ!それは!!」
(・・・何を言って・・?私が・・・知っている?・・・どう・・・いう事・・・?)
薄れゆく意識の中マキの思考に突然割り込むようにいくつもの映像が切れ切れに映し出された。知らない誰かの思い出達。見ていて不思議と気持ちが暖かくなり、そして思い焦がれる光景だった。マキはそれを見ておかしな感覚に陥った。初めて見る人や風景のはずなのにどこか懐かしい感覚。その映像達は走馬灯のように一瞬に大量の情報として頭の中を流れ一瞬で忘却の彼方へと消え去った。だが代わりにマキは思い出した。この記憶の持ち主が抱いたナミカミへの憎しみと悲しみ。「マキ」の名前に刻んだ覇道の力と強い願いを。
『なんだ、まだ生きてたんだ』
頭に響く中性的な声が抑揚のない低い男の声に変わった。唐突に脳内に映るのは声とは不釣り合いな華奢な体つきをしたブロンド髪の少女だった。満面の笑顔でこちらを見ていた。
今なら分かる。それはナミカミの祝福だった。
気が付けば頭痛と声は何処かに消え去り、体が不思議と軽くなっていた。マキの意識が混濁から鮮明に変わる。
邪鬼が再びマキに向かって突進していく。マキはふらつきながらも目の前の鬼を見据えて立ち上がる。つい先程までのマキと雰囲気が違うことはこの場の全員が分かっていた。無論邪鬼も例外ではない。
邪鬼は自身の持てる最大限の速さと力でマキに飛び掛かる。そして金棒の間合いに入った瞬間、渾身の力で金棒をマキ目掛けて振り下ろす。
その攻撃をマキは予備動作なしで片手で受け止める。鈍い金属音の様な音が庭園全体に響き渡る。マキはその場から一歩も後ろに下がる事無く邪鬼の金棒を受け止めた。
「ふっ!」
マキは空いているもう片方の手で邪鬼の金棒に拳を打ち込む。再び鈍い金属音と共に金棒は横に真っ二つに折れた。これは邪鬼も予想外だったらしく驚きたじろいでいる。離れた所でシンは感心したように頷いている。
「ほーこれは見事な天衣だねぇ。硬度だけなら上級天使クラス、・・・いやそれ以上ありそうだ」
驚きで動きが止まっていた邪鬼だが直ぐに折れた金棒を握り直してマキに振り下ろす。マキは臆することなく地面に落ちた金棒の破片を邪鬼の顔面に目掛けて蹴った。
肉眼で見えない程の速度が乗った金棒の破片は邪鬼の攻撃がマキに当たるよりはるかに先に直撃した。首から上が消し飛んだ邪鬼はゆっくりと地面に仰向けに倒れそのまま一切動かなくなった。
「はぁっ!・・・はぁっ・・・!」
「う~ん。名前が身体に完全になじむまでどうやらまだ時間が掛かるみたいだねぇ」
マキは地面に崩れ落ちるように座り込んだ。肩で息をしながらシンを睨みつけている。
「・・・『マキ』は・・私の、本当の名前ではないのですね」
「その話はまた今度させてもらうよ。ともかくおめでとうマキちゃん、そしてようこそ天界へ。私たちは君を歓迎するよ。」
マキの過去編書くの楽しくなってきた。