対第六界魔王軍殲滅用やれやれチートハーレム系最強勇者
第六界 都近郊
都から抜け道を使って脱出したアライ一行は都を囲む三つの壁の中腹にあたる中堅壁に向かっていた。
現在アライは街道には向かわずわざと道が舗装されていない野原の上を歩いている。天使のマキはアライのおよそ三歩程後ろから追従するように歩いていた。
「アライさん、これから魔王を倒しに行く上で話しておく事があります」
アライは歩く足を止めずに少し溜めを作った後「分かった、話してくれ」と一言告げた。
「実は今回の魔王討伐試練において既に勇者一人と神使一体の脱落が確認されています。」
「・・・え?」
アライは血の気が引く思いで歩く足を止めてマキの方を振り返った。まさか先行している現在協力関係にあるナツメがやられてしまったのではないかと思ったからだ。
「そ、そんな!?な、ななな何で!!?うっ、・・・・・うぅ。くそっ、なんてこった!こんな事だったら・・・あの時別行動なんか取らなければ良かったっ・・・!手をつないでデートの一つでもすれば良かった!!あんな幼い見た目の可愛い女の子、・・・そうはいないのにっ・・・!ちくしょう!!また、また俺は間違えてしまったのかっ!!」
アライはその場で膝をついてくやしそうに打ち震えていた。
「アライさん落ち着いて下さい。本音がだだ漏れです。ナツメ様とその神使は無事です」
「え?・・・・・・あ、そうなの?」
お互いの間に少し変な空気が流れた後アライは何事もないかのように立ち上がった。「ふ、ふん。そんな簡単にやられてしまったら困るんだよ。なにせ、彼女とは協力関係なんだからなぁ・・・ならやられたのはもう一人のあのクリーム色のローブ男か?」
「いえ、第一修道教会に雇われていた・・・いえ正確には”教会を支配”していたシュウという男です」
この話を聞いてアライは疑問に思った。なぜならアライはその男についての記憶がなかったからだ。
「ちょ、ちょっと待て。そいつは誰だ、勇者なのか?そんな男見た事も聞いたこともないぞ」
「彼は大天使ダリア様が秘密裏に用意していた切り札、対第六界魔王軍殲滅用やれやれチートハーレム系最強勇者でした。彼は都に現れたオケラとの戦いで力の全てを失いました」
「な、なんだそのやたら長ったらしい間抜けな通り名は・・・。チート・・・?大天使ならマキの身内じゃないか。なんで協・・・力・・・あれ?」
この時アライは思考を巡らせた。大天使程の大物が直接プロデュースした最強勇者。そしてそれに仕える神使も優秀であるべきだろう。アライは目の前のマキをジッと見つめた。もしかしたら大天使ダリアはその勇者とマキを組ませて魔王を倒させるつもりだったのではないかと思ったのだ。理由は分からないが恐らくそれは失敗に終わったのだろう。
アライにとってそれは棚から牡丹餅のような展開なので喜ばしい事だった。しかし同時にマキ側からすればハズレに当たった思いでいるのではないかと心配になった。その事を察したのかマキは首を振った。
「天界も一枚岩ではありません。同じ天使でも協力出来る訳ではないのです」
「・・・その辺は人間と変わらないんだな」
「ふふっ、そうですね」ナツメは小さく微笑んだ。
「それで、要件はそれだけか?」
「いえ・・」
マキが言い掛けている途中に背後から機械竜モリノがエンジンの駆動音を鳴らしながら現れた。オケラ戦や自室に現れた時の姿ではなく召喚の儀で初めて会った時と同じ姿だった。体のあちこちにシートやハンドル、マフラーなどのパーツが設置されており手足の内部からタイヤが露出している。多少荒れた地面だろうがお構いなしに自身を走らせている。
「最初に会った時から思っていたんだが、モリノだけ体の構造が異次元すぎないか?」
「ドラゴンですから、これくらい余裕です」
「・・・マジかよすげえなドラゴン」
アライは正直ドラゴンに関して大して知識があるわけではない。よって自分よりその事に詳しいであろうマキに「ドラゴンだから」と言われたらそのまま納得せざるを得なかった。
「驚くのはまだ早いぞアライよ。実はモリノの変形はこれだけではないのだよ・・・」
マキの頭上に張り付いている鬼のお面姿のハヤシが二人の会話に混ざってきた。
「なん・・・だと?」
マキはこれ以上話が脱線すると収集がつかなくなると判断した。
「話を戻します」
「おい、ちょ待てよ。話しはこれから・・」
「実は神使が一体行方と正体が掴めていません。こちらの世界に来ているのは確かなのですが。」
言っている意味が分からずアライは首を傾げる。
「何かマズいのか?」
「以前お話ししましたが召喚の儀で召喚される神使は全てナミカミや勇者に従順という訳ではありません。中には魔王より先に世界を滅ぼそうなどと企んでいる危険な存在もいるのです。」
アライはその存在は都の大図書庫で調べた事があった。第四期魔王討伐試練に事件は起こった。天使に成り代わって召喚された自身の事をメアリーと名乗るその悪神は都を出てすぐ相方の勇者を殺した後世界中全ての生き物の命を喰らおうとした。しかしその前に他の勇者達と神使、そして先代のスダ王によって悪神は倒され事態は収拾した。
「現在はっきりとした情報がない分魔王よりも厄介かもしれません。一応頭に入れておいて下さい」
「今疑問に思ったんだがそういう情報はどうやって入ってくるんだ?」
「天使ですから。これくらい余裕です」
「マジかよすげ・・・いやいや真面目に聞いてんだよこっちは」
アライは何かはぐらかされた様な気がしたので改めて問い詰めてみる。マキはアライの気を察したのか観念したかのように隣で停車しているモリノのハンドル近くにあるメーターの辺りを触り始めた。
「一応機密事項Cに該当するので他言無用でお願いします」マキはそう言うとメーター下のパネルを開いた。中を見ると電話の受話器が内蔵されていた。ワイヤレス式になっており受話器本体に番号が入力出来る
仕様になっている。
「これ、電話か?回さないタイプは初めて見た」
「天界や担当の魂回収業者と情報交換するときに使います。盗聴対策もされているので便利です」
「ん?魂回収業者ってなんだ?」
「魂を回収するのを仕事にしている方たちで世界中に駐在していて生き死にがある所には必ず近くにいます。私のように魔王討伐支援の仕事を主に行っている天使は特別に専属の担当が付くようになるんです。討伐後の魔王の魂は並の業者では回収出来ませんから・・」
何か次々と自分が知らない情報が飛び込んでくる状況にアライは混乱してきた。
「ま、待て。自分から色々質問しておいて悪いが一旦ここで打ち切らせてくれ。」
「分かりました。また何か質問があれば可能な限り答えます。」
「お、おう頼むわ・・・。」
アライはマキに背を向けて再び歩き始めた。天使のマキ、鬼のハヤシ、竜のモリノ。アライの直感だが恐らく中心的リーダーはマキになるのだろう。二体の神使を従えてそして更に専属の魂回収業者。聞いた感じでは恐らく”死神”の類なのだろうと察した。マキに対して謎が深まった様な気がしてアライは頼もしい所か恐怖すら感じた。
「アライさん」
「おわっ!?・・・な、なんだ?」
「モリノがいるのですからわざわざ歩かずにこちらを利用してください」
「え・・・乗って大丈夫なのか?俺、乗り物って馬と巨大ナマズとビッグトライデントジャイアントホーンオオカブトにしか乗ったことないんだけど・・・」
「はい大丈夫です。基本的な動作はモリノが勝手にやってくれますので」
アライは見栄を張っていた。馬には乗ったことがあるが巨大ナマズとビッグトライデントジャイアントホーンオオカブトは口から出まかせだった。
(うわぁぁスルーされてる俺かっこわりぃぃ!!だいたいビッグトライデントジャイアントホーンオオカブトって何っ!?いねぇよそんな生物!)
「よ、よし分かった。」
アライはサファリハットを深く被り直すとマキに言われたように座席のシートに乗り込んだ。そしてマキはアライの後ろに乗り腰に手を回して後ろから抱きつくように体を密着させた。自然とマキの柔らかな胸がアライの背中にダイレクトアタックしてきた。
(うおおおおおおおおおおおお!!・・・お?)
マキの体は人間の体温はほとんどなくスーツ越しにひんやりとした冷たさを感じた。童貞のアライには胸躍らせる展開ではあったが同時にどこかマキの事が心配になってしまう。
「アライさん、どうしましたか」
「・・・いや何でもない。」
二人が乗った事を確認したモリノは徐々にスピードを上げながら前進していった。
同時刻
東ノ宮都より南に広がる海辺。風が吹いていないにも関わらず起こる津波、そして聞こえてくる巨大な足音と地響き。空にかかった雲を見上げると現れる巨大な人影。海岸に建つ灯台から望遠鏡を使って雲の切れ間からようやく見えるのは人間の顔をした城だった。目と鼻と口から大量の海水と新鮮な魚介類を吐き出しながら超巨人”ノッポ”はゆっくりと地上に上がる。