狂信者カクタの動向
天界
報告 第一修道教会シュウ 魔王軍オケラ(第八界『死霊』カゲロウ)と戦闘。力を失い戦闘続行不能。
第三修道教会カクタ 召喚の儀の最中に天界と第六界との境界に侵入。境界内にて召喚予定だった鬼”玄雨”を打倒。倒した鬼を食べ、残した左腕を自分に移植した後行方不明。
「これは、開幕から大番狂わせだねぇ。」
大天使統括シンはナミカミの領域の中で小さなトキの姿で白い砂浜に立てかけられている「入るな危険」と大きく赤のペンキで書かれた看板の上に器用に乗っていた。そしてそこで連絡役の天使から届いた報告書を読んでいた。いつもは天界の最上層に位置する天上の間にいるのだが最近ナミカミが海に熱中してしまい、付き合えと言われ仕方なく遊び相手になっている。この役は本来マキが一任されているのだが天界にいない間はこの役はほとんどシンが請け負っている。一度命を狙われ、殺されそうになった事もある相手なのにナミカミはやたらマキや他の二名の鬼と竜の事を気に入っているようだ。”名前”を奪って枷をはめているとはいえ必要以上に仲良くしている節が見受けられる事にシンは内心とても心配していた。シンが物思いにふけっていると先ほどまで寄せたり引いたりしていた砂浜の波がピタリと止まった。風が止んだ。波の音が聞こえない。潮の香りすらもしなくなった。突然の出来事によってまるでこの空間だけ時が止まっているような、そんな感覚になった。
「ん~、いやなんでもないよ。ごめんね、少し考え事をしていただけなんだ。それよりも君のその”海”のモノマネとても似すぎている。すごく面白いよ。よかったらもう一度見せてくれないかな。」
シンがそういうとまるでご機嫌になったかのように先ほどよりも一段と強い波が砂浜に押し寄せ、そしてまたみるみる引いていった。
第六界
「よし、・・・こんなもんだろ。」
イイヌマは茶色の塗装が施された木の椅子に座ってお茶を飲んでいた。都からの引っ越しが今やっと終わった所だった。都の生活に疲れていたイイヌマは親の親戚を頼ってこのミガタケ村に移住することにした。家の値段も村内の行事にしっかり参加することを条件に格安で譲ってくれた。これから楽しいかは分からないが新しい生活が始まることに期待で胸を膨らませているといきなり部屋の壁際に置いてあった事務用の机が大きな音を立てながら揺れ始めた。地震かと思いその場で身を低くして辺りの様子をみた。だがよく見るとどうやら目の前に置いてあるその机だけが揺れている事が分かった。
「・・・ったく。なんなんだよ。」
引っ越しの最中に机の引き出しに猫か何かの動物が入り込んだのだろうかと思いとりあえず捕獲用の小さな網を隣の物置から持ち込み恐る恐る机に近づいていく。先ほどまで静かなものだったのに途端に荒々しく机の中で暴れていることに違和感があったがこのままにしておくわけにもいかなかった。イイヌマは少し前傾姿勢になりながら引き出しを開けようとゆっくりと手を伸ばした。しかしその机は徐々に各部分から亀裂が木が割れる音と共に入り始め、次の瞬間大きな衝撃音と共に粉々に破壊された。
「っ!?うわぁぁぁぁ!!」
イイヌマは突然の事で驚き尻もちをついていると。壊れた机の中から二メートルはあるかもしれない長身の人物が立っていた。クリーム色のローブとフードで顔が良く見えないその人物は辺りを何か確認するように見渡し始めた。そしていきなりイイヌマに近寄り胸ぐらをつかんできた。決して軽くないイイヌマの体を片手で軽々しく持ち上げている。イイヌマはいきなり現れた知らない男に体を掴まれ軽く体が宙に浮いてしまっている事に恐怖を感じていた。そのまま暫くお互い一言も喋らずに膠着した状況になっているとローブの人物が小さくくぐもった男の声で発し始めた。
「・・・・・・こ・・・こだ。」
「・・・え・・・・・へ?」
「・・・ここは、一体どぉこだぁぁ!!!!?」
咆哮のようなその叫びと同時に辺りの空気がイイヌマの顔に向かって激しく迫る。背筋が凍り、鳥肌が立った。胸ぐらを掴まれ距離が近くなった事でうっすらとだが相手の顔が見えた。しかしその顔はあまりにも醜い有様だった。イイヌマには何の生物かは判別出来なかったがあらゆる人外の生物の顔と思しきパーツを自身の顔につぎはぎの様に移植していた。そのいびつさ禍々しさはとても人間の顔とは呼べるものではなかった。その恐ろしい化け物に詰め寄られイイヌマは家の外にいるであろう村人に助けを呼ぶことが出来なかった。
「・・・ミ、ミ、ミミガタケ村ですっ!」
恐怖で引きつりながらもイイヌマは何とか喉から声をひねり出した。化け物はそのイイヌマの言葉を聞くと突然掴んでいた手の力を抜いた。イイヌマは床に落とされまた尻もちをついた。化け物はフード越しに自身の顔を両手で押さえながら後ずさりし始めた。そして後ろの壁にもたれかかるようにその場に立ち尽くした。
「ミ・・・ミガ・・・タケ・・・?ひ、東ノ宮の・・・・・・・・・・。そ、そんなぁ・・・くうぅ・・・・う、嘘だ・・・う、嘘に決まってるぅぅぅ・・・・・。」
化け物は何か呟いた後に「うっ・・・・うぅっうぅぅぅ。」とおえつを漏らし始めた。イイヌマは何が何だか分からなかったがその場から逃げ出すような事も出来ずそのまま様子を窺っていると化け物はまたいきなり咆哮のような叫び声で泣き始めた。
「あ゛・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!ど、どうじでぇ!!?どうじでなんだよぅ、ナミガミだぁぁぁぁん゛!!!!!」
化け物は泣きわめきながら今度はローブの中から手の平サイズの人形の様なものを取り出した。イイヌマからは良く見えなかったがどうやら人間の少女の姿をした人形のようでそのシルエットからとても精巧に作られている物だと分かった。その人形を大事そうに持ちながら化け物は何か訴えかけるように泣き叫ぶ。
「だ、・・・なんでぇっ!!?あ、会いに、いぐっで!!あ゛、あ゛んなに会いにいぐっで!!?たくさん、たくさんお手紙がいだのにっ!!うっ・・・・・・・うぅ!うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!好きあのにっ!!こんなに君の事が、大好きだのにぃぃぃぃぃ!!!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!はあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!!!!」
化け物は泣き崩れるようにその場に座り込み、床に少女の人形を置き四つん這いになりながら泣き叫んでいる。動けないイイヌマを余所に化け物は勝手に一人で話を進めていく。
「う、ううっ・・・・・うぐっ・・・・うぅ。そ、そうだねっ・・・・。ナミカミたんが悪い訳じゃないんだ・・・。ぼ、僕のナミカミたんへのあ、愛の力が足りなかっただけなんだよっ・・・!・・・ん?そ、そそそうかっ!そうさ、そうだろ?そうだな!そうだったんだなぁ!?・・・そうだ!絶対そうに決まってるぅ・・・・ふふっ、うふふふふふふ!!!!!」
化け物は力が抜けたように立ち上がり体をふらつかせながらまるで亡霊のように家の玄関に向かって歩き出した。
「ま、まだだよ・・・。まだ、チャンスはあるんだ・・・。今、会いに行くよぉ・・・ナミカミたん・・・。愛してるよぉ・・・・・・・・。ナミカミたん・・・・・・愛してるぅ・・・・・本当だ・・・大好きなんだよ・・・。」
イイヌマはその奇怪な化け物が出て行くさまをただ黙って見ている事しか出来ず。ようやく動くことが出来たのはその化け物が家から出ていってからしばらく経った後だった。
オケラは東ノ宮の都付近にあるバス停にある小さな木造の待合所のベンチに座り込んでいた。この待合所を立てたのは随分昔のようで屋根や外壁に碧い苔が生えていたり小さな穴が空いたりしていた。先ほどまではこの待合所もバスを待っている人たちで混みあい、入れる場所がないくらいだったのだが体の右半身がない姿でカゲで作った杖をつき笑顔で歩く男が現れた瞬間、この場所はオケラの専用スペースに早変わりした。今では人の気配など微塵も感じさせない程このバス停は静寂に包まれている。オケラはその待合所のベンチの上で特に何をするわけでもなくただ座りながら外の景色を眺めていたがふと何かに気づいたように辺りを見回し始めた。すると部屋の隅に設置してある黒電話に目が入った。オケラは杖をつきながらベンチから立ち上がると黒電話に近づきダイヤルを回してとある番号を入力し始めた。三回ほどコールが鳴った後相手が受話器を取った音が聞こえてきた。
「・・・もしもし、オケラです。・・・お疲れ様です。今お時間よろしかったですか?・・・ええ、実は問題が生じてしまいまして。・・・・・・・・はい、思いのほか勇者の方々にボコボコにやられてしまいすぐ帰ることが、・・・・・以前魔王城近くの森でお会いしたことがあるお方です。『神錠』持ちの黒衣の天使やお面の姿をした鬼、機械仕掛けの竜を従えていました・・・・・・・・ええ、本当に。仕方ありません、魔王様のご命令でしたから。・・・・・・・・・・・・それで申し訳ないのですが暫く魔王城を・・・・・・・・・・・はい、宜しくお願いします。」
身体の右半分を亡くした状態でも特に言語が乱れる事無くオケラは電話の相手と話をした後受話器を置いた。モリノに食われた箇所にカゲが集まってくる。カゲは破壊と再生を繰り返しながら徐々にオケラの半身へと姿を変えていく。しかしそれでも神性が強い者に食われた影響か普段より再生力が格段に落ちていた。
「全快までにはもう少し時間がかかりそうですね」
オケラはバスが来るまで目を瞑って眠ることにした。