仮初の世界最強
「シュウ?ちょっとシュウ聞いているの!?」
「っ!?ほあ゛あ゛っ!?・・・・・・あぁ!?」
エリカの声でようやくシュウは意識がはっきりした。額に汗を垂らしながら辺りを見渡す。エリカ達の様子から見るとまた同じ時間に戻ったようだった。先き程オケラに頭を掴まれそして潰された場所、あの街道と同じである。セーブ機能のおかげでまたこの場所に来たのだが今のシュウはとても安心出来るような心境ではなかった。殺される。あの男は言った、「まだ終わりじゃない」と。何をもって終わりなのかは分からないが自分が生きている限りあの男は何度も現れて殺しにやってくる。シュウは咄嗟につい先ほどまでオケラに掴まれていた頭を抱えながら膝をついた。痛みはないはずなのにあの時の感覚を思いだしてしまいシュウは地面の上に嘔吐した。吐瀉物が匂いと共に道路に広がっていく。
「うっ・・・・うぅっ・・・・・・お゛お゛ぇ。」
さっきまで飄々としてその場に立っていたのに急に様子がおかしくなったシュウにエリカ達は驚き困惑した。
「ちょ、ちょっとシュウ大丈夫!?」
「どうしてしまったのですかシュウ?」
「どうしたのシュウ君?」
四つん這いになっているシュウをエルマは心配そうに覗きこんでいる。シュウはエルマを見るなり怯えるように走りだした。恐怖のせいか走る呼吸も荒く、心臓の鼓動も強くそして重く響いて聞こえている。
「ひっ!ひぃぃぃぃぃぃぃぃぁぁ!!!」
さっき殺された時間軸ではエルマが急にいなくなり入れ替わるようにオケラが現れた。もともとエルマがオケラだったのか本当に何かしらの力で入れ替わったのか。どんなカラクリなのかは定かではなかったが今のシュウはオケラへの恐怖で疑心暗鬼になっていた。シュウにはもうすでにオケラと戦う気はなかった。とにかくこの場所から、いやこの世界から逃げだしたかった。あんなヤバイ奴がいるなんて聞いてない。シュウはこの世界に来る前に天使から簡単に魔王が倒せて残りの人生イージーモードなどと聞いていたのだ。そしてこの話を思い返してようやくこの状況からの脱出方法を思い出した。心の余裕が出て来たのか自然と体が軽くなった気がした。あの時天使は「異界での生活で現状に不満があれば一度だけ”始まりのこの場所”にリセット出来るようにしておく」と言っていた。リセットどころかもう元の世界に帰りたいとすら思っているシュウにとっては願ったり叶ったりな事だった。帰れるっ、もうこんな所に居られるか。そう思った時だった。自分の走る足音にピッタリと合わせるように誰かの足音が背後から聞こえてきていた。エリカ達かと一瞬思ったがもしそうなら自分に声の一つでも掛けてくるはずだった。一言も話さず無言で着いてくる足音にシュウは不気味さを感じた。
「っ!・・・・・っはぁっ!!・・・・・はぁっ!!」
普段ならこの程度の距離を走っても息切れすることはないのに背後からの重圧にどんどん体力を奪われていくような感覚に陥っていた。
「っ・・・・・くぅっ!」
自分の最大速度で駆けても足音はどこまでも追いついてきていた。振りむくことは出来ない。振り向けばあの男が背後にいる、その予感があった。殺される、また殺される。逃げなければならなかった。この男から逃げなければならない。考える余地はなかった。
「リ、・・・・・・リセットォォォ!!ダリア、リセットだ!!早くしろォ!!今すぐリセットしてくれぇぇぇ!!!」
シュウは走りながら自分の持てる力の限りを振り絞るような声で空に叫んだ。そして次の瞬間シュウの意識は暗転した。
「・・・といわけであなたにとって初めて異界生活という事ですから初心者様用に自身のステータスとスキルが見える仕様にしておきました。初心者様用にすべてのステータスも最大値にしておきましたしスキルに関してもすべて最上の物を用意しておきましょう。ただし、あなたのこれから行く世界では元々そういったものはありませんので軽々しく口外しないことをおすすめしておきます。あとそれからあなたにはある教会の下で暫く働いてもらう事になるのですがあなたの一言で自由に都合のいい場所に変更出来るようにしておきましたので到着してから試すようにしてください。」
シュウが意識を取り戻すと辺りがやたら薄暗い四角い箱の様な部屋にいた。窓、扉は一切なく何処から入ってきたのかも最初この部屋に来た時も覚えていなかった。そして目の前に見たことがある天使がこれから自分が行くであろう異界についての説明をしていた。改めて聞いてみるとこの天使は嘘はついていない。実際与えられた力は申し分なかった。そして教会も本当に自分の好きなように変える事が出来た。女の子達の地味だった制服を自分好みに出来た。規則とやらも全部なくせた。だが肝心な事を言ってくれなかった事にシュウは強い憤りを感じた。
「いやっ・・・もういいっ!!」
「・・・はい?」
突然の意味不明な言動に天使は首を傾げているようだった。この反応は当然だった。初めてここに来た時シュウはこれから行く異界での生活に期待し喜びすら感じていたからだ。
「もういいんだよ異世界での生活の話はっ!!とにかく俺を元の世界に帰してくれっ!!今すぐだっ!!」
やはり納得出来ない天使はシュウに食い下がる。
「いきなりどうなされたんですか。先ほどまでは『あんまり強すぎてもつまらないから俺の強さは程々の強さでもいいよ』などとノリノリで話をしていたではないですか。」
「っ!!それはもういいんだよ!・・・そう事情が変わったんだ。とにかく俺はもう異世界に行く気が無くなったんだよ!!」
パニックになっているせいか中々こちらの事情が理解出来ない天使に業を煮やしたシュウは目の前の天使に近づき肩を揺すりながら強く話しかける。
「とにかくすぐに俺を早く元の世界に帰せっ!!!じゃないとあいつがっ・・・!!あいつが来ちまうんだよォ!!」
「・・・あいつ?」
「知らねぇのか!?ホントお前らどういうつもりなんだよっ!!あんなヤバい奴がいるなんて聞いてないぞっ!!もうこれ以上こんな所にいられるかってんだよ!!お前らは俺を直ぐにでもここよりも安全な元の世界に戻せ!!」
「元の世界よりも安全な場所がありますよ?」
シュウの必至の説得も無意味だった。聞き覚えのある男の声と同時に突然鋭く硬いものがシュウの頬をかすめた。
「・・・え?」
その鋭利な刃には見覚えがあった。刃のあちこちがまるで生き物のように脈打ち、何処か形が定まっていない。黒より黒な色をしている、オケラの『カゲ』だった。オケラのカゲによって精製されたその剣は天使のダリアの背後から胸を突き抜け、向かいに立っていたシュウの頬にかすめていた。
「地獄・・・などどうでしょうか。」
「ひっ・・・ひぃぃぃぃぃ!!」
ダリアの背中越しではっきり見えなかったがその声とカゲの剣で誰がここに来たのかシュウには分かってしまった。シュウは腰が抜けてしまいその場に尻もちをついた。
「うっ・・・このォ・・・!!」
カゲの剣によって胸を貫かれたダリアは苦しそうに剣を抜こうともがいている。血は吐かないがとても苦しそうに見える。更にカゲの力のせいなのか動きがとても鈍く、後ろに立っているオケラに反撃をすることも出来ないような様子だった。
「お久しぶりです、ダリア様。」
「オ・・・・・・、オケラぁっ!!き、貴様・・・何処、からっ!?」
「未来から・・・ですね。」
「ふ、ふ・・・ざける・・・なぁっ!!!!」
オケラが返答するたびにダリアの怒りが増していく様だった。
「いやぁ・・・安心しました。第六界の勇者を全員殺せばナミカミ様か担当のあなたが出て来てくれるものだと思っていたのに全然姿を見せないものですから。私ずっと心配していたんですよ?・・・・・・ずっとね。」
オケラは片手の人差し指でダリアの肩から背中辺りまでをやさしくそっと撫でた。しかしダリアの怒りは収まることはなくひたすらオケラに向けて憎悪を放っていた。
「な・・・ぜ、貴様が・・・ここにっ!?」
「それは・・・。」
そういうとオケラはダリアの背中越しからシュウを見てにっこり微笑んだ。シュウは蛇に睨まれたカエルの様に動けなくなっていた。
「それはそうと、・・・ピンチですよダリア様。このままだとそこに座っておられるシュウ様もろとも仲良くここで死んでしまいますね・・・。」
オケラはわざとダリアを煽るように話していく。まるで何かを試しているようだった。
「ぐぅっ!!!!・・・・・・くそっ!!くそっ!!!!!くそぉぉぉぁぁぁぁ!!!!!!」
次の瞬間ダリアはシュウとオケラを置いてかき消すように姿を消した。辺りには自身の背中に生えていた天使の羽が床に散らばって落ちていた。
「・・・逃げられてしまいましたね。」
目の前の標的が逃げたというのに何故かオケラは床に落ちている羽の一枚を取り嬉しそうに微笑んでいる。そして腰が抜けて未だに立ち上がれずにいるシュウにゆっくりと歩きながら近づいていく。
「・・・頼みの大天使様に見放されてしまいましたね。・・・さて、あなたはこれからどうするんですか?」
「な、え・・・な、なに?」
オケラは膝を曲げ、かがみ込むようにしてその場に座り込んでいるシュウの顔を覗き込んだ。
「今のあなたは天界から何の力も与えられていません。・・・だからここで死んでしまうと、本当に死んでしまいますね・・・。」
「っ!!あ、ああっ・・・。」
その通りだった。この時点ではまだシュウは第六界に世界最強、漆黒の村人剣士として転生していない。よって今現在セーブ機能も存在していない。ここでオケラに殺されればそのままシュウは死んでしまうのだ。
「ま、・・・まて・・・。待ってくれっ!」
「正直私が興味があったのはあなたの後ろに付いている大天使様だったのであなたの命にはさほど興味がありません。」
今の一言でシュウは少し危機感が薄れた。もしかして殺されずに済むかもしれないと期待してしまった。
「そ、そうなのか!そうなんだよ!実は俺も被害者なんだよ!なんかさぁ無理やりこんな所に連れて来られて勇者になって魔王と戦えとか言ってきやがってさぁ。俺も迷惑してたんだよなぁ!」
「まあ、来る世界を間違えましたね。」
「そうだよなぁ!来る世界を・・・・・・え?」
シュウが気づいたときにはオケラは手に持っていたカゲの剣を頭上高く振り上げていた。その眼は笑みとは程遠い何か汚物を見ている時のような、そんな眼をしていた。殺される。なぜか確信があった。確実に殺される。今までの元の世界でのニート生活を捨てて折角途中まで楽しかったはずの異界での生活を捨ててこんな所まで逃げてきて結局殺されてしまうなんて自分の人生って結局なんなんだよと改めてシュウはこの場で思った。死にたくなかった。こんな所でみじめに死にたくなかった。だから最後の最後に異界での生活では決して言う事がなかった言葉を思いっきり、力の限り叫ぶことにした。
「た、たす、・・・けて・・・誰か助けてくれぇぇぇぇ!!!!!」
シュウの心からの叫びは四角い小さな部屋全体に響き渡った。
「・・・はい、今楽にしてあげますよ」
オケラの心のない言葉と共に剣がシュウの頭に振り下ろされる。しかし、その動きはシュウの頭に当たる寸前で止まった。完全に死んだと思っていたシュウは驚きながらも恐る恐る目を開けてオケラを見上げると異様な事が起きていた。オケラの持っていたカゲの剣から別の白い刀身の刀が突き出ていており、その刀がオケラの心臓に突き刺さっていた。
「うっ!?・・・ごふっ!!・・・・・・・んん?・・・・・・・・あれぇ?」
オケラ自身もわけが分からないといった表情になっておりその場で固まって自身に突き刺さっている刀を見つめていた。そしてすぐに合点がいったような表情になったかと思ったらいきなり楽しそうな笑い声を上げ始めた。
「ぷっ・・・ふふっ・・・あははははははははははははっ!」
するとオケラとシュウを囲んでいた空間が蜃気楼のように崩れ出した。そして気づくと周りの景色が最初にシュウがオケラと出会った江道院の本堂前にある広場になっていた。
「え・・・な、なんで・・・。」
シュウには訳が分からなかった。確かに自分はダリアが用意していたリセット機能を使ったはずなのに何故自分はここにいるのだろうか。そしてシュウは周りの風景に気を取られていて自分とオケラの間にいた人影に気づかなかった。その人物は周りの変わっていく風景と同じようにぼやけるように現れ、オケラのカゲの剣を通して本人の心臓に自身の直刀を突きたてていた。血の色に染まったサファリハットの下から男のギラついた眼光がオケラの眼を捉えた。
「・・・・・いやまさか、・・・こんなに早く会えるなんて思っていませんでした。・・・アライ様。」