共同戦線
「協力?」
ナツメは眉間にしわを寄せながらアライを見た。不安そうな顔をしているが本気で言っている事は感じとった。
「・・・協力ってどうするの?悪いけどナミカミ様への願いは・・。」
「そんなものはくれてやる。俺は魔王が倒せればいいんだ。」
アライの発言にナツメは面食らった顔になった。今回の魔王軍との戦いは一筋縄ではいかない事はナツメも分かっていた。教会の人間ではないアライと協力し合う事には賛成だが簡単に首を縦に振れなかった。
勇者には強者であることはもちろんだが強い願い、想いが勇者選抜に大きく影響してくる。となればアライも何かしらこの試練に何か強い想いをもって挑んでいるとナツメは思っていた。だからこの提案は何か裏があるのではないかと勘繰っていた。
「だが俺たちは今後お前の願いの為に協力することにもなるんだ。だから俺が危ない目にあっていたり殺されそうになっていたら、・・・見捨てずに助けて下さい。」
今の一言で色々と台無しである。ナツメは小さく溜息をついた。
「・・・分かった、いいよ。・・・でも条件がある。」
自分はあまり強そうに見えないと言われた事に対してアライは少し傷ついたが気にせず話を続けた。
「・・・何だ?」
協力するにあたって条件をつけられるのは予想内だった。名誉か、お金か。お金はそんなにないんだけどどうしようなどとアライは思考を巡らせているとナツメはここで何故か少し躊躇った後緊張した様子で口を開いた。
「・・・お、お互いの本名を使用しての契約、・・・これが条件。」
「えっ・・・。」
第六界では生まれた時に親から本名、神官から字を与えられる。広く一般的に使う字とは対照的に本名はほとんど表に出ることはない。そして幼少期から”穢れなきモノ”、”肉体の一部”として教育される。よって相手との重要な契約時に血判以上に利用される事が多い。本名使用による契約を行うにあたって虚偽の工作を行った者に対して、ナミカミによって直接『死』以上の罰を対象の者に与えられる。嘘ついたら針千本では済まされない。自身の本名を使うとはそういう事だった。
「・・・血判じゃだめなのか?」
「ダメ、血判じゃ弱いから。」
「ぐぬぅ・・・。」
アライは迷っていた。契約はしょうがないとしてもどうしても本名は知られたくない理由があった。モノ好きな親だったために恥ずかしい名前を付けられたからだ。物心ついた頃から誰にも教える事無く墓場まで持っていくつもりだった。
「勇者様。」
マキが後ろから話しかけてきた。ここから逃げるにしてもあの男と戦うにしてもあまり長居出来ないほど状況が切迫していた。
「ああ、分かってるよ。・・・・・・・分かった、その条件受けよう。ただしっ!!」
アライは語尾をやたら強めに強調させナツメを睨んだ。
「・・・名前見ても笑うなよ?」
「・・・うん?、分かった。」
ナツメは後ろを振り向き遥か上から見下ろしていた白銀の竜を見上げた。
「今からこの勇者と協力して魔王を倒すからねー!分かったー!?」
竜は地面近くまで顔を下ろしアライの顔を品定めするように見てきた。人が何人も入れそうなあまりにも巨大で鋭いその眼光にアライは足がすくんでしまったが目線は逸らさないように必死に睨み返した。暫くすると竜は何も声を上げることもなく静かに顔を上げてあさっての方角に顔を向けた。
「・・・本来なら神官が召喚した天使が立ち会うのですが時間がありません。よって私がお二人の契約の立ち合いをさせて頂きます。よろしいですね?」
マキがマブチの方に確認を取るとマブチは無言でゆっくりと頷いた。するとマキは二人の間に立ち何処からか紙と筆を取り出し、神官のマイが宿舎の方から先程召喚の儀に使用した机と全く同じ机と木の板や柱などをも台車に乗せて持ってきた。
それをマブチがあっという間に、なんという事でしょう。今までなにも建っていなかった王宮前の広場に一坪程の小さな仮設小屋が出来上がったのです。窓はなく扉も外からの光を通さないような仕様になっている。アライとナツメとマキは特にツッコム事もせずおとなしくその小屋の中に入っていった。
中に入ると先ほどマイが持ってきていた勉強机が置いてあった。天井には蛍光灯が一つ取り付けられており、ものさびしく点灯していた。
「一応確認ですが記入した名前が虚偽のものだった場合、即この場で罰が下る事になるので気を付けて記入して下さい。」
「気を付けろよ~。」
マキの頭に被られている鬼のハヤシが楽しげな声で話しかけてきた。ナツメとアライは無言で頷いた。
「コホン、では二人共。今回の魔王討伐の試練が終わるまでの協力を誓う本名による記入をここに。ではアライ様から。」
マキに促されるようにアライは筆をとり紙に近づけていった。しかしここでアライの動きが止まった。改まるとやはり書きたくない気持ちが出てきてしまったのだ。
「ねえアライ早く書いてよ・・・私も恥ずかしいんだから。」
ナツメは恥ずかしそうに横からアライを上目使いで見てくる。先ほどまで冷静そうな目でアライを見ていたのに今はやたらしおらしくなっている。アライはこの態度の変化に疑問を感じた。そういえば「私も」とはどういう事だ。ナツメも見られると恥ずかしくて泣いてしまいそうな痛々しい本名なのだろうか。この時アライは本名を使って誰かと契約をするのは今回が初めてだった事に気づいた。二十歳過ぎで女の子と中々関係を持てず未だ童貞を貫いているアライには聞ける事ではないがもしや本名は”肉体の一部”、”穢れなきモノ”と教えられている自分達にとって女の子達からすれば本名を晒すことは自分の大事な所を見られるような、そういう恥ずかしい行為に近いものなのではないかとアライはこの時咄嗟に考察した。
「・・・。」
「ちょっと、・・・もう早くしてよ。」
「お前、まさか・・・。」
「な、何。」
アライはその考察を確かなものにするために恐る恐るナツメにカマをかけてみた。
「・・・こういうことするの初めてなのか。」
「っ!・・・そ、そうだよ?・・・何よ、悪い?」
反応から察するにどうやらそうらしい。世の女の子達は大人達から自分の本名について一体どんな教育を受けているのだろうか。アライは徐々に赤面していくナツメを見ていると自分の本名が恥ずかしいなどと思っていた自分が馬鹿らしくなってきた。
「フ、フフフ・・・よし書こう。」
アライは不敵な笑みを浮かべながら机に置かれた紙に筆を走らせる。自分の名前で埋める訳にはいかないので紙の右半分のスペースに割と綺麗に自分の本名を書きこんだ。部屋にはアライの書く筆の音だけがしている。
「・・・よし。いい出来だ。」
『豪瑠怒』
アライが書き終わり筆をおいた後マキとナツメはその名前を見るなり様子が変わった。ナツメは口に手を当てながらあさっての方角を見つめている。マキは机に手をつき床の方を凝視したまま動かない。同じなのは二人ともわずかに肩が震えていることである。
「おい、・・・ナツメさん。俺さっき名前見ても笑うなって、そう言いましたよね。」
「・・・まだ・・・笑・・・ってない。」
「まだじゃねぇだろっ!!笑ってんだろ現在進行形でよぉ!!」
「勇者様、私素晴らしく輝きに満ちたお名前に感服致しました。今後私の胸にしかと刻んでおきます。」
「必死に笑い堪えてる奴にそんなこと言われても説得力ないんだよマキさんよぉ!」
「はあああああ辛っ、お腹痛い。こんな名前反則でしょ。親の顔が見てみたいね。」
「くっ!」
ナツメは今ので大分リラックス出来た様子だ。そして怒りに打ち震えているアライから筆を奪うと慣れた手つきでアライの名前の隣のスペースにスラスラと名前を書いた。
「・・・よし、こんなもんかな。」
『弩莉亜』
「・・・・・いやお前の名前も大概だろうがっ!親の顔が見てみたいわっ!」
「っ!私は気に入ってるからセーフなのっ!」
マキは二人の本名が書いてある紙を四つ折りにして食べた後、いがみ合っている二人の仲裁に入るように口を挟んできた。
「それではゴールドドリア様。これにて契約は終了しました。」
『まとめて呼ぶのやめろっ!!』
息の合った二人のツッコミに触れる事無くマキは淡々と話す。
「今後如何なる事にもお互いが納得出来る形で試練を行なうようにしてください。」
「うん、分かった。それでこれからの予定は?」
「俺はまず今この都に来ている魔王軍をなんとかして追い出す、・・・ことが出来ればいいな。」
ナツメの質問にアライは普段より小さめの声で頼りない様子で答えた。
「心配しないっ、なにせ一緒に私も戦うんだから。」
ナツメはやけに自身ありげにアライに笑いかける。
「いや、ここに来てる魔王軍は俺とマキ達で何とかする。ナツメさんには他にやって欲しい事があるんだ。」
「ナツメさんにはここから一気に魔王城に飛んでほしい。」
アライはナツメに今後やって欲しい事を手短に話した。
「・・・最初からそのつもりだったけれど他人からお願いされると何か調子狂うな・・・。何が狙い?」
訝しげな顔でアライの顔を見る。普段の何処か落ち着かない様子とは打って変わっておとなしく落ち着いた空気を漂わせていた。
「今近くまで来ている魔王軍は十中八九オケラという男だ。現在魔王軍の隊長格はオケラを除いて長期休暇をとっている。だから今の魔王城の守りは手薄だ。そこを突けばオケラの予定を狂わせられるかもしれない。」
「ちょっと待って。魔王城がそんな状態なのにその男はここまで攻めてきたの?」
「それは、俺にも分からない。もしかしたら魔王の指令なのかもしれない。」
「・・・それとその魔王軍の情報はどうやって手に入れたの?」
「どうだ、少しは見直したか?」とアライは得意げにナツメに笑いかける。ナツメはアライの様子を無表情で一瞥した。アライは立て続けてナツメに語る。
「もしかしたらオケラは魔王の命より指令を優先させる可能性がある。あいつが魔王城に戻らなかったら最悪なんとかするよ俺と・・・・・・マキが!!」
「はいっ、おまかせ下さい。」
自信のこもったアライとマキのやりとりをナツメは呆れ顔で見ていた。
「んー、あーまあ分かった。それじゃあお互い死なないよう気を付けて頑張って行こうか。」
ナツメは軽く伸びをしながら出口に向かって歩き始めた。出入り口の引き戸のドアを引いて背中越しにアライに質問した。
「ところで魔王城に突っ込むのはいいけれど、別にそのまま魔王を倒してしまっても構わないんでしょう?」
「・・・。」
アライはその言葉を聞いて内心期待より心配が膨らんでいたが自信が込められた言葉と華奢だがしっかりと芯が通ったその背中に気圧され「お、おう。構わんよ。」しか言えなかった。ナツメが部屋から出ていくとマキと二人きりになった。正確には鬼のハヤシがマキの頭に張り付いているので三人が小さな小屋の中に残っていた。
「それで、これからどうしましょうかアライ様。」
「・・・ああ、それなんだけどな・・・。」
アライはこの時マキの顔をジッと見つめた。マキはきょとんとした顔でアライを見ていた。ここに来ている魔王軍の男は恐らく以前戦った事がある人物だ。ナツメの前ではああは言ったが天使とは言えあんな化け物を相手に戦うのは正直危険すぎると感じていた。すでに逃げるという選択肢を消していたアライにとって取る方法は一つだった。
アライは服の内ポケットから小さな試験管の形をした小瓶を取り出した。中には赤黒とした何者かの血液のような液体が入っていた。先端には液体が外に出ないようにしっかりとゴム製の栓がしてあり、アライはその栓をゆっくりと開けて中の液体を床に撒いた。そして暫くするとその液体達は徐々に様子を変えていった。色は徐々に赤が抜け落ち黒が目立つようになり最後にはとても暗い黒色となった量も先ほどよりも湧水のように増え始めた。そしてその液体は脈打ちながら形を形成させていき一つの大きな球状になった。
「アライ様、これはまさかカゲですか?」
「・・・たぶん、いや正確には”元”カゲになるんだろうな。以前に俺があいつから奪った物だ。」
アライはその元カゲの球体に触れた。とても冷たく鋼鉄に近い硬度だった。「悪いな。」目を瞑りアライがそう言うと同時にカゲの球体はアライの体をあっという間に自身の中に引きずり込んだ。