世界最強の二度目の死
「っ・・・・はぁっ!・・・・・はぁっ!」
シュウは立ったまま息を荒げていた。徐々にだがようやく意識がはっきりしてきた。そして辺りを見渡すとあの江道院の寺の前ではなく最初にオケラのカゲと戦闘した東ノ宮の都に続く街道だった。自分の首や腰に手を当ててみるが何処にも異常が見られない。
(ふぅ、・・・あぶないあぶない。なんとか上手く発動してくれたな。あの時時止が使えなかったからまさかとは思ったが杞憂だったみたいだな・・・。)
シュウは絶対に死なないまさに保険と呼べるスキルを持っていた。貰った当初は名前がないスキルだったのでシュウはとりあえず『セーブ機能』と呼んでいる。紙や機械を使わず、自分の好きな時に現在の時間軸に『マーキング』の呼称をするだけでいつでもその時間軸に帰還が可能になる。そしてシュウはいつでも”どの過去”にも戻れるように数多くの時間軸にマーキングをしていた。使用者が生きている場合は好きな時間軸に移動出来るが死んだ場合はスキル所持者が一番最近マーキングした時間軸に移動する事になっている。
(それにしても随分前に戻っちまったな。最近物事が面白いぐらいに進んでたからすっかりセーブし忘れてた。気を付けよう。だが今回は好都合だわ、あんなヤバい奴が来てると分かってたらわざわざ都になんかいかねーっての。)
「ねぇシュウ!!ちょっと聞いてるの!?何よ急に息を荒げちゃって!」
後ろから急に声を掛けられシュウが驚きながら後ろを振り返るとそこにはこの時間軸の少し前に自分がカゲたちに放った魔炎竜爆翔の巻き添えによって身体と下着以外が綺麗に吹き飛び無くなった少女達の姿だった。
「ふー・・・ああ。あーそうだったな、スマンスマン。」
「すまんじゃないですわ!!」
「サイテー!!」
「でもシュウ君なら・・・いいよ?」
エルマはそう言うと足を開脚しながらその場に座り込みシュウを誘惑するように上目使いをしてきた。
「え・・・何を?て、ていうかエルマたんそのポーズ際どい!!あ、いやもう際どくないか!だってもう色々見え・・・。」
「おいこの変態こらぁ!!」
エリカは下着姿のままシュウに跳び蹴りをするがシュウはそれを何事もないかのようにスルリと躱した。
「っとお。ああ、そうだ。お前ら俺、都に行くのやめたから。」
その言葉にエリカ達は心配そうにシュウを見てきた。
「え、どうして急に。さっきまでまだ都に着かねえのかーとか言ってたくせに。」
「・・・気が変わったんだよ。それにわざわざ都に行って神の使いとやらを召喚しなくても直接魔王を倒しにいった方が色々手っ取り早いしな。」
それを聞くとエリカ達は妙に納得した面持ちになった。
「ああ、なるほどね。」
「確かにシュウ君ならそのまま魔王とかやっつけられそう。」
「だろ?だから・・・。」
その時何故かシュウは嫌な予感がした。そして不意にエリカ達から目を背ける。なんだ、・・・一体・・・何が心配なんだ・・・。あの男の屈託のない笑顔と狂気を含んだ笑みが同時にシュウの脳裏をかすめる。予感・・・そんなものはないと自分に言い聞かせエリカ達に再び笑顔で視線を戻す。
違和感があった。シュウは突然違和感を感じた。エリカ、エレナは普通だ。至って普通にシュウを見ている。ではエルマは、さっきから開脚しながらその場に座っていたエルマはどうだ。目線を下の地面に移す。しかしその場にエルマはいなかった。代わりに先ほどまでシュウが東ノ宮の都で対峙していた男が笑顔でこちらを見ながら体育座りをしていた。男をよく見ると先ほどの戦いの傷がそのまま残っており口の周りには吐血した後の血が付着している。シュウの驚愕した顔を見てエリカ達はようやくその男に気づき自分達の腰に下げていた剣に手を伸ばそうとする。
「っ?!・・・・・・・だ、誰よアナタ!!」
「っ!!よせっやめろォ!!!!!」
オケラは自身に敵意を向けている少女二人を特に興味なさそうに一瞥した後、「邪魔ですよ」と一言告げた。すると道の両端から大きな破裂音のような音と同時に地面から人一人入れそうな穴が突如出現し、その穴からは大きなサソリの尻尾のような形状をしたカゲが出現した。尾の先端には掴むと引き裂くを同時に出来るような鋭いかぎづめが三本生えている。そのカゲはエリカ達を挟むように現れ、突然の事で驚いている彼女達の腹部に尾の部分で瞬く間に巻きつき抵抗する間も与えずに穴の中に引きずり込んでいった。
「っ!?きゃああああああああああああああ!!?」
「っ!!エリカっ!!エレナぁっ!!」
尻尾型のカゲは二人を引きずり込むと再びその穴から出てくることはなく、その場所には苦虫を噛み潰したような顔をしたシュウと何事もないようにその場に体育座りをしているオケラの二人だけになった。
「・・・な、なんでっ・・・・・なんでっ・・・お前がっ・・・・・・・・・ここにいるんだ?!」
どう考えてもおかしい。何故ならこの時間軸ではまだシュウはオケラに会っていないはずだからだ。今から数日後の江道院で会った時お互い初対面だったはずだ。なのに、そのはずなのにこの男は今、確かにシュウの目の前にいる。現状を理解出来ていないシュウに対してオケラも首を傾げ質問の意味が分からないといった表情を見せる。
「なぜ・・・って、・・・”まだ終わってない”じゃないですか。」
「っ!?・・・・・ヒィッ?!」
この場で見せるオケラの屈託のない笑顔にシュウは恐怖した。喉元から情けない悲鳴のような声が漏れる。オケラはそのシュウの様子を見た後、自分の周りの景色をぐるりと見渡した。
「さすがは世界最強。時間を止めるだけでなく『時間移動』も出来るとは・・・。」
(こ、こいつっ!!やっぱり時止に気づいていたのかっ!!)
「お、お前・・・・・・・お前は一体何者なんだよぉっ!!!!!!!?」
あまりにもひどいシュウの怯え様にオケラはなだめるような様子で話す。
「・・・どうされたんですか?・・・さあ、次は何を見せてくれるんですか?」
「・・・・・・・え・・・・・・つ、次?!」
オケラはゆっくり立ち上がると喋りながらシュウににじり寄ってくる。
「ええ、次です。何せこの”世界で最強”と呼ばれているのですから、そう呼ばれるだけの『特別な何か』があるのでしょう?それを見せて欲しいのです。」
シュウはわけが分からずその場に立ちすくんでいる。つまりこの男にとって”見るだけで万物に死を与える魔眼”も”不死身が約束された時間移動”も特別でもなんでもないという事なのだ。これが自分にとって最高最強のスキルだと確信していたシュウにとっては屈辱でしかなかった。
「く、くそぉっ・・・!!!」
シュウは再びオケラに向かって即死眼を使った。シュウの瞳の色が茶色から赤に変わる。シュウの視界にはオケラがいる。間違いなく死ぬ。そのはずなのにオケラは口から血を吐き出しながらもしっかりとシュウを見据え、よろめきながらもゆっくりと近づいてくる。その姿はさながらゲームや映画に出てくるゾンビのようだった。
「く、来るな来るな来るなぁぁっ!!!」
シュウはオケラに近づかれないように後退しながら何度も即死眼を使った。
何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
しかしオケラの動きは止まることはなかった。ただ様子は一変していた。先ほどまでの戦いではどこか楽しそうな笑みを浮かべていたのだが、今はつまらないおもちゃで遊んでいる子供の様な顔に変わっていた。シュウはその顔を見た時、何か嫌な予感が背中から迫ってくるような感覚を覚えた。
「っ!?・・・・・・・・・・このっ・・・・・・!!」
「いえ、もう結構です。」
「え?」
オケラは先ほどまでのは演技だったのではないのかと思うほど難なくよろめくような体勢を元に戻し、その場から一足飛びでシュウの懐に飛び込み、目を塞ぐように片手で相手の頭を掴み持ち上げた。天使に全ステータスを最大まで底上げしてもらったシュウでも全く反応出来なかった。そして同時に感じた。自分より明らかに速いと。シュウはオケラに頭を掴まれあまりにもあっけなく、あまりにも簡単に身体が宙に浮いた。オケラの手を引き剥がそうとするがその細腕からは想像もつかない力が込められておりとても剥がせそうになかった。
「ぐっ・・・・・・・・がぁっ・・・・・・・・・・・!!!」
「・・・このままだと、また死んでしまいますね・・・。」
全く抑揚のない声でオケラは話しかける。手の力は徐々に強くなり指が頭にめり込み始めている。鈍い音がシュウとオケラの耳に届く。
(う、うそだろ?このまま握りつぶす気かこいつっ・・・・!!!)
「ぐぅぅぅ!!!・・・・・うぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
シュウは焦ってその場でじたばたするが事態は一向に変化しなかった。徐々に痛みが思考を侵し始め、何も考えられなくなってきた。とにかくこの頭の痛みをいち早く取り除きたい一心で必死にオケラの腕に掴み掛かる。オケラの指は頭の皮を突き破り骨に穴をあけ始めた。指と穴の隙間から溢れる血で地面が鮮血に染まっていく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」
もうどうすることも出来ない。痛みが完全に脳を支配した。もう何も考えられなくなった。徐々に意識が薄れていくのを感じる。同時に自然と痛みも引いていった。嬉しかった。心から安堵した。
シュウの意識はここでもう一度途切れる。