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今家に帰ります  作者: tomoji
チュートリアル
19/62

オケラは今日も楽しそうに勇者を狩る

 伝説の勇者の息子、世界最強の村人A、漆黒の黒騎士。二つ名、噂は多々あった。しかし私は私自身に問いたい。彼が幼少期には既に教会の中では敵無しだった話や8歳の時に素手で三メートル以上はあるクマを倒した話など聞いた事なかったはずだ。なのに私、私たちはまるで最初からある様に、既に存在している常識の様に彼を知っていたのは何故なのか。だが誰もこの事を話題にしていない所を見るともしかするとこの感覚に陥っているのは私だけなのかもしれない。おかしくなったのは私なのか世界なのかは分からない。だから私個人の下らない戯言としてここに書き残しておこうと思う。そう、あの男は唐突に私たちの前に現れたのだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・文章はここで途切れている。


第一修道教会教徒ウエノによる手記。


「っ・・・!はぁ〜〜、もう始まってやがる。」


ナガタは自分の部隊を率いて騒ぎがあったと報告があった江道院の広場に駆けつけていた。広場の中央で勇者のシュウとオケラが睨み合っていた。地面の砂利の荒れ具合と辺りの空気が焼けたような臭いからすでにやりあっている途中だと分かった。オケラはナガタ達を一瞥すると笑顔で軽く一礼した後直ぐに視線をシュウに戻した。


「皆さん、初めまして。魔王軍勇者担当のオケラと申します。王宮戦士の方々、私のような者が言うのも失礼だと思いますが次からの門での審査はもっと厳重に行った方がいいかと思います。」

「・・・そいつはどうも。」


ナガタは自分の腰にさげている刀に手を伸ばそうとした。しかしそれをシュウの声が引きとめた。


「止めとけ。あんたらじゃ歯が立たないよ。」

「・・・はぁ?!」

「いいから部下の人達連れて下がっててくれ。はっきり言って邪魔だから。」

ナガタは顔の所々から血管が浮き出てきそうな形相になったがグッとこらえて後ろで待機していた部下を連れてその場を離れ、階段の道を引き返した。

来た道を引き返していると部下の一人が心配するかのような声でナガタに質問した。


「隊長、このまま引いて良かったのでしょうか?」

「いいわけねぇだろっ。・・・あ~クソっ。」

ナガタは階段を上る足を止めると後ろをついてきていた部下達に振り返った。

「カシマ、イワタ総隊長に現状の報告っ。ツチダとタカサキは町の方の守備隊と合流。状況を確認した後俺と総隊長に報告っ。残りはもう一度俺と一緒に下に行くぞ!俺の合図でいつでも飛び込める用意をしておけ!」

「了解っ!」

隊員の返事を合図に各々が同時に動き始めた。


短い静寂が流れ、それを消すことのないゆっくりとした足取りでシュウは剣を構える事無くオケラに向かって歩き始めた。大してオケラはその場を動かずカゲで作られた剣の剣先を地面に着くギリギリの所で止めた下段の構えをとっていた。

「・・・悪いな。俺に構えなんて意味ないぞ。」

挑発と揺さぶりを兼ねていた発言だがオケラは全く動じず目の前のシュウを真っすぐ見据えていた。

「何せ俺の剣は・・・。」


その瞬間シュウは自分が立っていた場所から消えた。それと同時に辺り一帯に鋭い太刀音が響きわたる。音がした中心には驚愕といった顔をしているシュウと興味深そうに相手の剣を見ているオケラの姿があった。シュウは今の一瞬でオケラの首を落としたと確信していた。そしてその後に「光速を越えるっ!・・・ってもう聞こえてないよな。」と言う予定だった。しかしオケラの剣の一撃を完璧に受け切っていた。広場の中心で二人は全く違う表情で向かい合い切り結んでいた。


「・・・どうしました?」

「え?」


シュウの驚きをよそにオケラは切り結んだ状態から更に近づいていきほぼ鍔迫り合いのような状態になった。身体が密着する一歩手前の間合いでオケラは落ち着き払った声で語りかける。


「話の続きです。貴方の剣は・・・何なのでしょうか。」

「っ!?・・・・ちっ!!」


シュウは舌打ちをした後、軽く後ろに跳んでオケラから距離をとった。地面の砂利同士がぶつかる音が嫌にうるさく感じていた。


(・・・分かった。さっきのもそうだったが今ので確信した。信じがたいがこいつには『時止(クロックストップ)』のスキルが通じないみたいだな・・・。本当なら俺以外の奴は時が止まって動けなくなりその間に俺が好き放題攻撃できるっていうスペシャルなスキルだったはずなのにさ。なんだよ、こういう時に使えないとかクソスキルじゃん。ったくあのクソ天使。・・・まあいい、オーケー分かった。まだ使えるスキルは幾らでもあるんだよ。)


オケラの質問に答える事無くシュウは二本目の黒剣を抜いた。二刀の黒剣の剣先をオケラに向けた。

「・・・燃えて凍れ。」

シュウがそう言うと自身の右手の剣の刃が赤く、左手の剣の刃が青く色づき始めた。シュウのスキルの一つである炎氷風雷の四精霊スキルを利用した『炎刃(えんじん)』、『凍刃(とうじん)』。それを見るとオケラは少し嬉しそうな顔になった。


「すごいですね。それが魔法剣が使えるのですか。」

「なんだ、使えないのか?」

得意げな顔を浮かべるシュウと対照的に悲しそうな顔を浮かべるオケラ。

「使う事自体は可能でした。しかしどうにも発動時間が掛かりすぎて我々では『使える』レベルまで昇華させる事が出来なかったのです・・・」

「・・・何を訳の分からない事を・・・」


シュウは今度は『時止(クロックストップ)』のスキルを使わず一足飛びでオケラの懐に飛び込んだ。オケラは下段の構えを崩すことなくシュウの出方を窺っている。シュウは左の凍刃でオケラの胴目掛けて斬り込む。オケラはそれをカゲの剣で受けず、二歩程下がってそれを(かわ)した。


「逃がさねえよ!」


シュウは後退するオケラを追うように更に前に踏み込みオケラの左肩目掛けてすぐさま右の炎刃を振り下ろした。それをオケラはまた剣で受けず次は一歩下がってそれを躱した。


「逃がさねえって言ったろう!」


シュウは振り下ろした剣の刃を返してオケラに向けお互いの剣の間合いの外まで後ろに跳びながら炎刃を斜めに切り上げた。四精霊スキルの『風刃(ふうじん)』の応用技『風牙(ふうが)』との合わせ技『紅牙(こうが)』。


炎刃から放たれた燃える斬撃が辺りの大気を焼き切りながらオケラに向かって急激に加速しながら飛んでいく。シュウはこの時オケラが剣の構えを解いているのが見えていた。あまりの速さと威力に戦うことを諦めたのだとシュウは内心安心していたがオケラの顔を見た瞬間背筋が凍った。自分に向かって飛んでくる燃える斬撃を眺めながらオケラは笑っていた。そして剣を持っていない左の手で紅牙の斬撃を軽く払い、打ち消した。それと同時に大きな轟音と共に風が巻き上がり、しばらくするとまた何事もないように辺りは静寂を取り戻した。

「・・・・へぇあっ!?」

シュウは流石に驚愕を隠せず可笑しな声を上げてしまった。並の人間なら斬撃によって体が真っ二つになった後業火に飲まれて灰しか残らなくなる位の一撃のはずだったからだ。どういう事だと思いオケラを見ると左手の肘関節から手首までのシャツの部分が破けて白い肌が見え、そこに大きく切られた傷が出来ていた。傷を負った手の皮膚は炎の熱によって変色しており異臭が漂い辺りに広がっていた。しかしオケラは少しも痛がる素振りを見せず、平然と自分に付けられた傷を眺めた後何故か嬉しそうに微笑んだ。


「・・・んん~・・・痛いぃ・・・。」

「っ!・・・。」

(な、・・・んだよこいつっ・・・。痛いなら痛そうな顔しろってんだよ!!・・・だがどうやらこの攻撃は傷を見る限り有効のようだな。このまま離れた距離から切り刻んで・・・)

「いやすごい剣ですね。」

「っ!?」

シュウが思考を巡らせているといつの間にかオケラがシュウの剣の間合いに入り込んでいた。

「少し硬さをみますね。」

「なっ!?」


そう言うとオケラはカゲの剣でシュウの持つ凍刃に向かって下から切り上げた。すると何の太刀音をする

こともなく柔らかいバターを切るかのようにあっさり折れてしまった。


「・・・・・・・・・・・ハァァァ!!!???」

「あ、・・・思ったより柔らかいんですね」


オケラは多少興奮気味に折れてしまったシュウの黒剣を拾い眺めている。


「くっ・・・・・クソォッ!!」


シュウはここで初めて危機感を感じた。この男は何かヤバい、危険だと。とにかくこの間合いはマズイと思い折れた片方の黒剣を地面に捨て先ほどよりも更に後ろに跳んでオケラから距離をとった。オケラは先ほどから楽しそうにしながらゆっくりじっくりと歩きシュウとの距離を縮めてくる。


「・・・はっ、はは。はっはっはぁ。」


途端シュウは乾いた笑い声をあげた。内心焦っているがまだ心の余裕はあった。なぜならまだあまりにも強力過ぎて試しに一、二度程度しか使った事のないスキルがあったからだ。

「しょうがないな。こいつは簡単に勝負がついてしまうから使いたくなかったんだがな。」

そう言うとシュウはオケラの顔をジッと見た。するとシュウの瞳の色が一瞬で茶色から赤色に染まった。

「くたばれ。」

するとオケラの顔色が突然変わり苦悶の表情を浮かべ口から大量の血を吐きだした。

「うっ・・・・ごふっ!!」


地面に敷かれた白い砂利がオケラの吐血によって赤く染められていく。その様子を見たシュウは勝利を確信して嬉しそうにはしゃぎ始めた。


「は、ははっ、・・・・・あははははははははははぁっ!!!ざまぁっ!!ざまぁ!!!こいつはなぁ『即死眼』(そくしがん)って言ってなぁ!!どんな奴でも見るだけでそいつに死を与えることが出来るスーパーウルトラレアスキルなんだよォ!!・・・ははははははぁっ!!ごめんなぁさっきまで手ぇ抜いてて。おまえなんか本当なら最初から簡単に殺せたんだよォ!!!はっははは!!!あっはははははは!!!」


シュウが高笑いをしている前でオケラは虚ろな目をしながら胸を押さえたままゆっくりと崩れ落ちていく。


しかしその動きは突然止まった。オケラは倒れる寸前で踏みとどまり崩れ落ちる時と同じ速さでゆっくりと上体を上げ姿勢を正した。口周りと衣服には先ほど吐血した血がべっとり付いている。先ほどまで苦悶の表情を浮かべていたオケラだが今ままでと違う狂気のようなものが混じった笑みを浮かべシュウの赤い瞳を見つめてきた。死ぬ事無く平然と立っている目の前の男にシュウは苛立ちと恐怖を感じた。


「な、・・・なんでっ・・・・なんでだよっ・・・・これはゾンビはもちろん、死の概念がない亡者ですら殺せるはずなのに・・・・・・な、なんで死なないんだよォお前ぇっ!!?」


オケラは口に付いた血を手で拭い手に付いた血を特に興味なさそうに見つめていた。


「なるほど。世界最強と呼ばれるだけあって中々良い攻撃をしてきますね。」


取り乱しているシュウを余所にオケラは続けて淡々とした調子で話す。


「しかしそれはこの平和な”第六界”での話。狂気戦乱渦巻く第八界ではこの程度の力は全く・・・。」


そう喋りながら自身のカゲの剣を握り直した後やや前傾姿勢の脇構えをとって剣の姿を自身の体でシュウから隠した。そしてそこから剣を横なぎに斬る姿勢になった。


「通用しません。」


(な、なにをしている・・・。そんな所か・・・・・・・・・・・・・・・・あ?)

気付くとシュウは視界が反転していた。地面が空に、空が地面にあった。音は何も聞こえなかった。何が起こったのかも分かる事もなくシュウの意識は一度ここで途切れる。

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