表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

イベント

I feel…

作者: 日次立樹

クリスマス小説です。

お題「青」「クリスマス」

制限時間 1時間 という縛りで書きました。

感想等いただけると喜びます。


 赤と緑のクリスマスカラーで彩られた店内には子供連れの親子や恋人たちがひしめき合っている。

 一人でケーキを受け取りに来た私は、何も後ろめたいことがあるわけではないのにいたたまれなかった。


 浮かれた音楽の流れる街中を軽やかに…楽しげなリズムで歩くのが昨日までとはまるで違って憂鬱なのだ。

 それでも幸せそうな恋人たちのムードをぶち壊してやろうとまでは思わなくて、暗い顔はしないようにした。


 昨日までは、こんなはずじゃなかったのに。去年と同じように彼と二人、クリスマスツリーを見に行って、ちょっと豪華な夕食を食べて、ケーキを切り分けて。今日はそんな日だと、そう思っていたのに。


「ただいま」

 誰もいない部屋の、冷たい空気が私を出迎える。二人用のローテーブルにケーキを置き、暖房をつける。コートのままラグに座り込んで、震える。


「別れよう」

 その言葉を告げられたのが、昨日。何を考えているのだと詰りたかった。何年も付き合っていたのに。ずっと、好きだったのに。好きだったのは、――もしかして、私だけだったのだろうか。


 溜息を飲み込んで、ケーキの箱を開ける。溜息ごときで私の幸福が逃げるだなんて思っちゃいないけど。失恋して泣くような、誰かに哀れまれなくっちゃいけないような、可哀想な私ではいたくなかった。

「……まずそう」

 甘いものは好きではなかった。クリスマスくらいはケーキを食べようといわれて、それなら仕方ないと思ったのだ。私はコーヒーのケーキが良かったのに、彼が白いほうがいいというから。

 小さなホールケーキには雪に見立てられた生クリームとミルクチョコレートの家。砂糖菓子のサンタクロースが笑っている。


「もったいない、な」

 行儀が悪いけど指先で生クリームをすくって、パクリと口に入れる。甘ったるくて脂肪分の味がするそれは全然おいしくなかった。


「…何でだろ」

 なんで彼は、こんなものが好きなんだろう。何で私より、他の人を好きになっちゃったんだろう。


 部屋の隅に置かれたままの紙バッグの中には、ラッピングされたクリスマスプレゼントがある。


 青いマフラー。ショーウィンドウに飾られていたそれを衝動買いしてしまったのは、幸せそうだったからだ。赤い色違いのマフラーを巻いたもう一人のマネキンと寄り添う姿が、彼と私よりも幸せそうだったからだ。別れの予感は確かにあったのだと、今ならわかる。

 お揃いの赤いマフラーも使う気にはなれなくて、一緒に放り出してある。新品のそれは勝ち誇っているように見えた。ほら、駄目だったでしょ。私と彼よりも、幸せにはなれないでしょ。かわいそうな子。顔のない女の子が、くすくすと笑う。今頃彼の隣にいる私じゃない女の子も、きっと笑っている。


 また、溜息を吐きそうになった。お酒も飲んでないのに、酔っぱらったみたいな気分。それも、ひどい悪酔いの仕方だった。

 冷たい空気を吸えば楽になるだろうかと窓に寄って、冷たいガラスにペタリと手のひらをあてる。

 白く曇り始めた窓は誇らしげなツリーの電飾を滲ませて、ほんの少し私を楽にしてくれた。


 はらり、と視界をひとひら、羽の様なものがかすめる。

「あ、雪」

 そういえば、天気予報でも言っていた。あの時はホワイトクリスマスだと浮かれていたっけ。

 はらり、はらりと所在なげに漂泊していた氷の欠片はみるみるうちに大きくなり、緑の枝を重たげに撓ませていく。もう偽物も本物もここからでは区別がつかなくなってしまった。


 偽物の好きでも、私は気づかなかった。

「気の利かないひと、」

 振るなら、もっと早く。クリスマスの直前なんかじゃなかったら、私だってもっと傷つかなかったかもしれない。少なくとも、ケーキはキャンセルできた。


 降り続ける雪は外の世界を遮断して、独りぼっちの私をこの部屋に閉じ込める。自分の呼吸以外には何も聞こえない小さな世界。


「今年はクリスマスカードに ただひとことイエスと書いた あなたが約束を守ってくれたなら きっと必要だと思ったから……」


 去年流行ったクリスマスソング。クリスマスツリーのあったあの広場でも、誰かが歌っていた気がする。

 雪は段々激しくなる。黒いアスファルトはもう見えない。明日の朝には結構な量が積もっていることだろう。


 明日。明日はあの広場まで歩いて行こうか。クリスマスが終わって、見捨てられたツリーはきっと私を傷つけたりはしない。

 踏まれて滲んだ泥だらけの雪の中なら、独りぼっちの私も特別にかわいそうではないと思った。


 それから、青いマフラーを捨ててしまおう。最初っから一つしかないように、私が一人しかいないように。


 end.

作中で主人公が歌った曲の歌詞です。


「Kiss me」

ヤドリギの下では 悪魔も天使も

微笑みあってキスをするのよ

別れを選ぶ恋人たちでさえ


街を行きかう人々は 浮かれて聖歌を口遊む

たまにすれ違った 知らない人と笑みを交わすの

今年はクリスマスカードに ただひとことイエスと書いた

あなたが約束を守ってくれたなら きっと必要だと思ったから


小さな花束に 特別なカードを添えて

あなたはばからしいと笑ったわね でもきっとそのほうがうまくいくのよ

いつまでも笑っていたいなら 楽しい思い出を作らなくちゃ

時計の針は刻々と あなたを待っている


ヤドリギの下では 悪魔も天使も

微笑みあってキスをするのよ

別れを選ぶ恋人たちでさえ

指輪を贈ってくれると言ったのに あなたは私を

ツリーの下に独り置いて行くのね

別れのキスもしないままで


ヤドリギの下にいるから きっと誰か

気紛れなサンタさんが 私を拾ってくれる

泣いてなんかあげない

ヤドリギの下では 悪魔も天使も

微笑みあってキスをするのよ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ