プロローグ
晩秋に届いた手紙は、妹みたいに私によく似た女の子からの手紙だった。催促の手紙だった。早く新宿に来い、という要求が主題だ。その長い手紙には他に様々なことが繚乱していたが、結局は早く大阪から脱出して新宿にあるヒルズの最上階の彼女の部屋に住むか住まないか、という選択を突き付けられた。布団の上にごろんとなって目を瞑りたくなる選択だ。私はその手紙が届いてから、集中が続かなくって、執筆作業が困難になった。執筆作業はまだ私の仕事ではないけれど、おそらく新宿に行けば仕事になる。彼女は私の、人よりも僅かに秀でている部分に頼ろうとしている。最初の仕事の内容もすでに聞いてる。彼女は自身がプロデュースを手掛けるアイドルたちのプロモーションドラマの脚本を私に書いて欲しいと言った。
私は素直に嬉しかった。私はずっと、何よりも創作の世界でお金を稼ぎたいと思っていたし、私は彼女の傍にいたいと思っていたから嬉しかった。彼女の提案に乗って新宿に住むことは、公の仕事に壮大な未来を見出せなくなっていた私にとっては願ってもない幸運だ。私は間違いなく、彼女が用意してくれた未来に行くべきだと思うし、間違いなく私は新宿に行くと思う。この決意、というか、予定は、絶対に変化しない。すでに私の頭と心は手紙が届く前から新宿だったし、どうせ引っ越すことになるのだからと買い物は控えていた。職場の店長には、そろそろ退職の意志を伝えるつもりでいた。
私に迷いはない。生活の変化に若干の恐怖を思ったりもするが、そもそも私は脚本など書いたこともないし、何もかもが初めての世界だ、新宿は……、とにかく私に迷いはない。迷いなく飛び込んで、打ちのめされてしまえばいいと思う。そういう壮絶な、苛烈な現実を、まるで夢のような混迷を、体感することを望んでいるのだ。生活の凄まじさの極を、味わいたいと望んでいる。
この世界はゲームじゃないのよ。
私はゲームが嫌い。
大嫌いっ!
このまま大阪にいれば、私の生活はゲーム的な、至極簡単なものになってしまいそうで……。
それが酷く、嫌なのよ。
私に迷いはないの。
本当よ。
でもね、やっぱり私はセンチメンタリズムを感じる。
センチメンタリズムの渦になる。
ありきたりで、恥ずかしい感情なんだけど、やっぱり離れるとなると色々と思うもので、大阪での出会いを、大阪で私に優しくしてくれた女の子たちのことを考えずにはいられない。
考えずにはいられなくって考えていたら……。
ああ、少し不運だわ、と思う出会いが来るもので。
そちらに体を傾けておきたい、預けたい、飛び込みたい、未来が、垣間見えてしまうもので。
何度も言うわ。
私に迷いはないの。
でも。
うん、ええ、すっごく。
凄く素晴らしい出会いだったの!
だから置いておくわ。
手紙。