バッドエンドクリエイター
うだるような暑さの続くある夏の日。
とある県立高校の教室にて。今日は夏期講習の日で、進学校であるその学校には夏休みにもかかわらず、多くの生徒が登校していた。
そして、今は昼休み中である。喧騒に包まれた教室内で、生徒達は各々好き勝手に時間を潰している。
そんな中。自分の机に座り、一人黙々と本を読んでいる少年が居た。
彼の名は佐藤勉。活字中毒と言える程の、読書好きの少年だ。最近は趣味が高じて、自分でも小説を書いていたりする。クラス内では目立つ方ではなく、地味で物静かな感じの少年である。
周囲の生徒達の輪には入らず、一人読書の時間を過ごしていた彼だったのだが。その後方から、人影がそっと近づいた。
「よう、勉!」
「っ! 痛いな、なんだよ、隼人」
快活そうな一人の少年が、勉の背中をバシッと叩いて声を掛けた。
彼は宮崎隼人。見た目通り明るい活発な少年で、誰とでも仲良くなれるような、社交的な少年だ。その性格から、どちらかと言うと友人が少ない勉とも仲が良い。
読書を邪魔した隼人に対し、若干鬱陶しそうな目を向けている勉を見て、彼は苦笑しつつ口を開いた。
「また本読んでるのか。何読んでるんだ」
「別に、唯のラノベ。学園物だけど」
「ふーん」
隼人は、今は無人であった横の席に座りながら、特に表情を変えずに相槌を打つ。
自分から聞いておいて興味は無さそうだな、と勉はちょっと呆れていた。
隼人自身は、あまり小説等には興味は無い。ただ単に、目に入ったから聞いてみただけだ。そこから話を膨らませようとは思っていないだろう。
そんな訳で、普段ならこれで別の話題に変わる所なのだが。珍しい事に、隼人は小説の話を続けてきた。
「そういえば、お前。なんつったっけ。どっかに小説投稿するんだろ」
「あぁ、「物語の創造者」だよ。ホラー小説で有名な所なんだけど。最近ホラー物に興味あったから、ちょっと書いてみようかと」
小説投稿サイト「物語の創造者」
WEB上にいくつもある、小説投稿サイトの一つ。
普段は小説を投稿する人間も少なく、そのため読者も少ない。流行っているとはとても言えない、一見すると場末のサイトだ。
しかし、そのサイトはとある理由から、一部の人間の間ではとても有名なサイトなのだ。
その理由というのが、ホラー小説である。
毎年夏になると、そのサイトはホラー小説の募集をしているのだ。
その際投稿される小説が、かなりのクオリティを誇っているとして、一部のホラー好きの間では有名なのであった。
勉は、別のサイトで小説を投稿していたのだが。他にどんなサイトがあるのだろうと、色々と検索を掛けている内にそのサイトを知ったのだった。
「そうそう、そこだ。てかなんでホラーなんだ?」
隼人が不思議そうに聞いてくる。小説を書くにしても、ホラーはどうなんだろう、と彼は思っているようだ。
それに対して、勉が答える。
「ホラー系って、結構好きなんだよ。小説はほとんど読んだ事無いけど、ゲームは色々やってるし。それで、そのサイトを見つけた時に、興味が沸いてさ。時期も丁度よかったし」
「ほーん。もう小説はできてんの?」
「あぁ、実は昨日書き終えて。今日帰ったら、アップしようと思ってるけど」
「そうか。因みに、バッドエンドなのか?」
「いや、一応グッド? ホラーなんでハッピーではないかなぁ。まぁ、バッドエンドじゃないよ。バッドは嫌いだし」
「そうだったよなぁ。でも、あのサイトの小説って、バッドエンドばっかりなんだろ?」
隼人の言うとおりである。
そのサイトに投稿される小説は、不思議な事に、その全てがバッドエンドであった。主人公達が怪異によって死んでしまうような、そんな物語ばかりなのだ。
その事が、一部のホラーマニアにウケている理由な訳だが。逆に、一部の人間から避けられている理由でもある。
そのサイトに投稿するために、色々と見て回った勉ももちろんその事は知っていたのだが。
「そうだけど。別に、規約にはバッドしか駄目とか、無いんだよね。だから、大丈夫だと思う。サイトの趣旨には反するかもしれないけど」
「そうか」
そう言うと、隼人は表情を曇らせた。
勉が、それに反応する。隼人は何時も明るい奴だ。こんな表情をするのは珍しく、勉もちょっと心配そうな顔をして、
「なに、どうしたんだよ」
「いや、俺の兄貴のダチが、そのサイトのことを知ってたんだけど。……変な噂があるらしいぜ」
そう言って隼人は眉をひそめる。それに対し、心当たりの無い勉が聞き返した。
「変な噂? なにそれ」
「いやまぁ、なんだ」
隼人は、何か言いづらそうにしながら、
「なんか、小説を投稿した人間が、その小説と同じ目に遭うんだと」
「……うえぇ、なんだそれ」
今度は勉が眉をひそめた。そこにホラー小説を投稿しようとしている身としては、気持ちの良い話ではなかった。
「ちなみに、どんな小説を書いたんだよ?」
「山で遭難したグループが、山中にあった洋館に避難して、そこで化け物に会う的な……」
それを聞いた隼人が、ちょっと吹き出しつつ、
「なんか、すごい聞いたことあるんだが? ゲームに無かったか、そんなの」
「あー、影響は受けてるかな。まぁゾンビは出ないけど」
「ふーん。まぁそれなら、山に行かなきゃ同じ目に遭う事は無いんだろうけどな」
「うわぁ、勘弁してよ」
勉がブルっと身体を震わせる。
勉の書いた小説は、洋館に迷い込んだ大学生のグループが、謎の怪物に襲われる話だ。
主人公は、そのグループの中に居た、朝倉真一と言う青年だ。ヒロインは、彼の幼馴染の佐久間咲と思わせておいて、彼女は最初の犠牲者となってしまう。なかなかエグイ展開である。
彼女だけでなく、グループ内の何人かは怪物に殺される訳だが、それでも最後は怪物を撃退し、生き残った主人公らは洋館から脱出する事になる。
一応主人公は生還しているので、バッドエンドとは言えないと思うが、それでも死人が出る恐ろしい話である事は間違いない。
そんな話と同じ目に遭うなど、冗談ではなかった。
青い顔をしている勉を見て、隼人がなるべく明るい感じでフォローを入れる。
「まぁ、話を持ってきた俺が言うのもなんだけど、唯の噂だろう。そのサイトって、毎年結構な数が投稿されてんだろ? 実際にそんな事があったら大変だぜ」
「本当だよ。悪趣味な噂だなぁ」
「確かにな。ああ、後で俺も読んでみたいから、小説の題名教えてくれよ」
「別に良いけど、なんか恥ずかしいな。ええっと、小説のタイトルは……」
こうして、勉が自分の書いている小説のタイトルを隼人に教えた所で、昼休み終了のチャイムが鳴った。
隼人は自分の席へと戻り、勉も読んでいた本をカバンにしまう。すぐに先生が教室へとやってきて、午後の講習が始まった。
その後、今日の夏期講習は何事も無く終わり。特に用事の無かった勉はさっさと家に帰っていた。
親への挨拶もそこそこに、自分の部屋に戻りスマホをカバンから取り出す。
勉は、普段はPCで小説を書くのだが、不意に浮かんだアイディアなんかをメモする為に、スマホも使っている。
今回のホラー小説は短編だったので、空いた時間にスマホでちまちま書いていたのだ。
勉は、取り出したスマホで、投稿する小説をチェックし始めた。
「誤字は無いよな。話の確認は昨日嫌ってほどしたし。これで、後は投稿するだけなんだが」
勉の頭に、隼人から聞いた噂が浮かび上がった。
自分が、投稿した小説と同じ目に遭うなど。そんな事が現実にあるわけが無いのだが。
「……ちょっとネット見てみるか」
勉は、ネットで噂の事を調べる事にした。
隼人は、兄の友人から聞いたと言っていたが、そんな噂が立っているのなら、ネット上でも話題にはなるだろう。
そう思い、勉は噂を検索したのだが。思っていたよりも簡単に、その噂についての話を見つける事ができた。
友達がそのサイトに投稿した後に、行方不明になったという話。それに反論するように、自分は投稿したけど何も無いという話。面白がって話を拡散する者。不謹慎だと諌める者。
ほとんどが、そんなモノは根も葉もない噂だと言う論調であったが。ごく少数、本当に、知人の行方が分からなくなった、と言うような話も見つかった。
そして、そんな話の中に、何か怪奇現象に巻き込まれるような条件があるのでは、なんて言う者もいたが、その条件はわかっていないようだ。
「思ってたより大きく噂になってるな。……実際、変なサイトではあるんだよな……」
勉は、「物語の創造者」のサイトを見て回る。
このサイトは、いくつか普通の投稿サイトとは違う所がある。
その代表的なものが、感想欄やコメント欄が存在しない、という所だ。つまり読者が感想を残す事が出来ないのである。これは、投稿サイトとしては珍しい。
その代わりなのか、面白かった小説に、ポイントを入れる事が出来る、「面白い」ボタンがあった。
ホラー小説がメインのサイトなのに、「怖い」ではなく「面白い」なのは、ブラックユーモアか何かなのだろうか、と勉は顔を引きつらせる。
「面白い、ねぇ……。あれ、でもなんか、これって……」
勉は、幾つか小説も見て回ったのだが。この「面白い」ポイントが、やたらと偏って入っている様な気がした。
どうも、怪異を上手く解決しようとして、最後の最後で失敗して全滅する、というような。希望が見えてきたのに、最後で絶望に叩き落されるような。
そんな内容の小説に、ポイントが偏って入っているように、勉には思えた。
なんとも悪趣味な読者が多い様である。
「読者が悪趣味だからな。そんな噂も立つのか」
そう、勉は自分で納得しようとする。あくまで、悪趣味な読者達が作り上げた悪趣味な噂である。
しかし、火の無い所に煙は立たないとはよく言ったもの。こういうホラーを扱う場所には、霊が寄ってくる、と言うのも良く聞く話である。
勉の背筋に、嫌な悪寒が走る。お払いくらいしておいた方がいいかもしれない、とも思うが、ただの学生である彼には少々ハードルが高い。
「投稿しない方が、良いかな……でも、なぁ」
投稿しない、という手が頭を過ぎるが、せっかく書き上げた小説を、他の人に読んでもらいたいという欲求もあった。
特に、今回は初めて書いたホラー物だ。この手の小説が好きな人に読んでもらって、反応が知りたかった。
とはいえ、感想欄は無いので、先程の「面白い」ポイントでしか分からないのだが。
それでも、苦労して書いた物をお蔵入りにするのも、避けたかった。
結局、彼は、まるで噂の事を外に追い出すように頭を振って、
「いやいや、唯の噂だから。そんな事、現実に起こる訳ないじゃん。馬鹿馬鹿しい。……さっさと投稿しちゃおう」
そう言って、自分の小説を、「物語の創造者」に投稿フォームにコピーする。
一万字程の短編の小説が無事にコピーされ、後は投稿ボタンを押すだけだ。
勉は、ごくりと喉を鳴らした。
噂の事もあるが、単純に、自筆の小説を投稿すると言う事に緊張もしていた。他のサイトで何回か投稿したことはあるのだが、この瞬間は未だに慣れない。
とはいえ、ずっとこうしている訳にもいかず。彼は若干震えている指をスマホへと伸ばし、
「……ええい! やったれ!」
と、気合を入れて投稿ボタンを押した。
その瞬間。
「あ、れ……」
勉の視界がぐにゃりと歪み。彼は、そのまま意識を手放してしまったのだった。
「……う、うん……?」
勉が意識を取り戻した。一体どれくらい寝ていたのだろうか。頭がハッキリせず、首を振りながら、床に横たわっていた身体を起き上がらせる。
「……ここは……?」
いまだぼんやりとした意識のまま、勉は周りを見回した。
いままで彼は、自分の部屋に居たはずだ。しかし、そこは見覚えの無い場所だった。自分の部屋では無い事は間違いない。
そこは、かなり広い空間だった。彼の後ろ側には大きな両開きの扉があり、正面奥にはまた大きな階段がある。その階段は途中の踊り場で左右へと別れ、二階へと続いていた。
どうやらここは、大きな屋敷の玄関ホールのようだ。吹き抜けのために天井は高く、煌びやかなシャンデリアがホールを照らしている。勉は、ここに似た雰囲気の場所をゲームや映画で見たことがあった。
「……ここは、いったい。僕は、何で……」
勉は、だんだんと意識がハッキリしてくるのを感じる。しかし、それに比例して、彼の頭はひどく混乱していった。
自分は、確かに自室に居たはずなのに。いったいどうして、こんな所に居るのだろう。
もしかして、夢を見ているのか? とも思ったが。それにしては、全てがやけにリアルすぎた。
僅かに明滅しているシャンデリアの光も。座り込んでいる床のひんやりとした冷たさも。夏の夜にふさわしいうだるような暑さも。流れてくる汗の感触も、やけに早く打っている心臓の鼓動も。
そして、背筋を走る、ゾクゾクとした悪寒。
それは、何かの前兆なのだろうか。気付いてはいけない事に、気付いてしまう予感。
勉は、目の前に広がる光景に、何かデジャブを感じていた。確かに、似たような光景をゲーム等でいくらでも見たことがある。
しかし、この光景は、そんなレベルでは無かった。似たような、ではない。この光景そのものを、見たことがあるような感覚。
「なんだろう。どっかで見たような。僕は、知ってる?」
そう呟いて、あたりを見回す。そして、後ろの大扉を見上げた時。勉の脳内に、ある小説の一文が浮かび上がった。
----------
山の中に苔むした洋館が建っていた。正面には大きな扉があり、その上には更に大きな窓があった。
----------
それは、勉が書いていた小説の一文だ。つい先程「物語の創造者」に投稿した、ホラー小説。その中で、遭難した主人公達が辿り着いた洋館の描写部分である。
そして、扉を見上げた勉の目にも、扉の上の大きな窓が写りこんでいた。
「は、はぁ? いやいや、嘘だろ? 何これ、ドッキリ?」
その目を疑うような光景に、勉は跳ねるように立ち上がった。そのまま、大きな扉へと手をかける。
扉のノブをガチャガチャと捻るが、
「くそ、開かない……なんだよ、何なんだよ……」
開く気配の無い扉に悪態を付きつつ、勉は改めてあたりを見回した。
一度分かってしまえば見間違えようが無い。
玄関ホールの間取りや内装から、勉はハッキリと理解する。ここは間違いなく、彼が書いていた小説の舞台である洋館だった。
「誰かいませんか!? ドッキリなら、驚いたんで、早く出てきてください!」
勉は玄関ホール内で大声を上げる。彼の頭は既に現実逃避を始めていた。
彼は、自分の小説を誰にも見せていない。それなのに、こんなに似た舞台をすぐに用意するのは不可能だ。
かと言って、投稿した小説と同じ目に遭うという、非現実的な噂が現実になった、などと。
一般的な感性を持つ彼には、受け入れがたい事であった。
「くそっ、誰かいないんですか! すいません!」
そうやって、半狂乱で叫んでいる勉であったが、
ぎぃぃぃぃぃー…… バタン!
突如、ドアが開くような音が玄関ホールに響き渡った。
玄関ホールの奥側上階の方、ここからは見えないが、その先から聞こえた様だった。
勉は、びくりと身体を跳ねさせ、階段上を見上げて息をのんだ。
頭から冷や水を掛けられた様な感覚を受け、興奮していたのが一瞬にして冷静になる。その代わり、息苦しいほどの緊張感が走った。
上階からは、ぎしっ、ぎしっ、と。何かが歩いているような音が聞こえてきた。
他に音の無い玄関ホールに、その足音はやけに大きく響き渡る。
勉は、体が硬直してしまい、動けなかった。
ここが普通の場所なら、この洋館の主か、使用人か、とにかく誰か人が出て来たと思うだろう。
しかし、ここが彼の書いた小説の中であるならば。彼は、この足音の正体を知っている。それが、人間では無い事を、知っている。
ぎしっ、ぎしっ、ぎしっ。
やがて、ゆっくりとしたその足音の主が、階上に姿を現した。
それは赤黒い、人の形をした、しかし明らかに人ではない何か。服は着ておらず、頭はあるが髪も顔も見えない。
大きさは、成人男性くらいか。まるでマネキンのようなのっぺりとした身体をしており、遠目からは、まるで人形が動いているようだ。
およそこの世の生物とは思えない人型が、ゆっくりと、ゆっくりと歩を進めていた。
勉は、いよいよ緊張から喉を鳴らした。
あの人型は、間違いなく、彼の小説に出てくる怪物だった。
人形のような体からは想像も出来ない力で、館に迷い込んだ人間を殺した、化け物。
それが現実へと顕現したらしいその異形の存在は、変わらずゆっくりと歩き、勉の正面にある階段を降りてきた。
その姿を見たとき、先ほどと同じように、勉の脳内で自身の書いた小説のワンシーンが再生される。
----------
その人型を前に、一向は呆気に取られ、動けずに居た。
彼らの前に姿を現したその人型が、ゆっくり歩いているのを見て、誰一人言葉が出ない。
そんな彼らの前で、人型が階段を降りてくる。そして、その中程まで来た所で……その人型が跳躍した。
誰も反応できなかった。人型が、ゆっくりとスローモーションのように宙を舞い、彼らの頭上へと踊り出る。
「うわぁ!」
そこでようやく、何人かが反応し動いた。それに釣られる様に、他の者も動き出す。皆が蜘蛛の子を散らすようにその場を離れた。
しかし、反応が遅れて戸惑っている者が一人、その場に身を竦ませていた。
「あ、いや……」
「咲、早く……!」
真一が彼女に向かって手を伸ばしたが、……残念ながら遅かった。
咲も彼に向かって手を伸ばすが、次の瞬間、彼女の上から人型が降って来て……まるでトマトを踏み潰すかのように、彼女を踏み潰したのだ。
人形のような見た目からは想像も出来ない重量感で、人一人を粘土のように潰してしまった。まるで真っ赤な花が咲いたように、あたりに鮮血が飛び散った。
「きゃああああああああああああああああ!」
突然目の前で行われた凄惨な事態に、その場が一気に阿鼻叫喚の地獄絵図へと叩き込まれた。
----------
勉は、動く事が出来なかった。しかし、頭では必死に、その場から逃げるように自らの身体に命令している。
(ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ!)
恐怖で固まっている身体を、必死に動かそうともがいている勉の前で、人型がゆっくりと階段を降りて来て、……小説のように、跳躍した。
それを見た勉の身体が、硬直していたのが嘘のように、まるで弾かれたように動き出した。
「うわあああああああああああああああ!」
叫び声を上げながらその場から逃げ出す勉。そこに、物凄い勢いで人型が降って来た。
ドスン、という重い音とともに、地面が揺れる。その揺れで勉は足がもつれて倒れこんでしまった。
彼は振り返り、一階に降り立った人型を見る。逃げるのが少しでも遅れていたら、小説のように潰されていただろう。勉はその光景を想像し、心臓を握りつぶされるような感覚を受けた。
もう、疑いようが無かった。ここは、彼の書いた小説の中。
自分の小説と同じ目に遭うという。馬鹿馬鹿しい噂が、本当にあったのだ。
人型が、ゆっくりと勉の方を向く。顔は無いのに、ソレがまるで嗤っている様な錯覚を受けた。
「うあ、ああああああああああああああ」
恐怖に顔が引きつり、勉は転がるように逃げ出した。
玄関ホールの一階には左右に一つずつ、奥側の階段横にも一つずつ、計四つの扉がある。
勉は、そのうち近かった左側の扉に近づくが、そこで彼の頭に閃く物があった。
「! ちがう、ここは鍵が掛かっていて、……開くのは、この奥!」
すぐさま、鍵の掛かっていない扉、階段の左横の扉へと駆け出した。
幸いな事に、人型は歩いてこちらに向かっていた。なぜか走ったりはしてこない。ゆっくりと、しかし確実に近づいてきていた。
それを確認しつつ、勉は扉へ向かって走る。その途中、階段横に飾られた壺が目に入る。
「これは、たしか、使えたはず!」
小説内では、咲を殺された真一が、怒りに任せてこの壺を人型に投げつけていた。
勉はそれを思い出し、その壺を持ち上げる。人の頭ほどあるそれは、ずっしりと重かったが、持ち上がらないほどではない。
「このおおお!」
勉は、持ち上げた壺を人型目掛けて投げつけた。火事場の馬鹿力とでも言うのか、普段からは考えられない程の力で投げられたそれは、弧を描いて人型へと向かっていった。
人型は、飛来する壺を避けようともしない。壺は人型の頭に直撃し、砕け散る。人型はそのまま後ろへと倒れこんだ。
一瞬、倒せたか、とも思ったが。勉はすぐに己の考えを振り払う。
あれくらいではあいつは倒せない。何事も無かったかの様に起き上がってくるはずだ。
小説では、油断して近づいた者が、起き上がった人型の手に掛かっている。
それを思い出し、勉は倒れている人型に背を向け、一目散に駆け出した。階段横の扉を蹴破るように開き、中に転がり込む。
そこは応接室のようだった。机一つを挟んで、豪華なソファーが向かい合って設置されている。
部屋内は趣味の良いインテリアで飾られ、こんな状況でなければじっくりと見たかった所だろうが。
当然の事ながら、今の勉にそんな余裕は無かった。
「急いで、扉を塞がないと!」
勉は急ぎ、ソファーと机で扉を塞ぐために行動に移った。苦労してそれらを運び、扉が開かないように押さえつける。
間一髪、扉を塞ぎ終えた次の瞬間、扉にドン! と衝撃が走った。
「うわ!」
勉が扉から飛び退る。大きなソファーと机で抑えられた扉は、簡単には開きそうにない。
しかし、あの人型なら、扉を破れるかもしれない。
続いてドンドンと叩かれる扉を見ながら、勉はそう考えるが。同時に、破られる事は無いという考えもあった。その根拠は、自身の小説だ。
それは非現実的な根拠であったが、そもそも今この状況事態が限りなく非現実的なのだ。勉はその考えを信じ、祈るような目で扉を見つめた。
結局、しばらくの間扉はドンドンと鳴り続けたのだが。遂に諦めたのか、音が鳴り止んだ。
そして、扉の前から離れていくような足音が、扉の向こうからかすかに聞こえてくる。
その事を確認した勉は、がくがくと膝を震わせ、力なくその場にへたり込んだ。
「本当に、小説の通りなんだな……」
小説内でも、主人公達はこの部屋に逃げ込み、ソファー等で扉を押さえた結果、人型から逃げることに成功していた。
もちろん、完全に逃げ切った訳ではないのだが、これで多少時間は稼げたはずだ。
「この後、真一達はどうしたっけ……」
勉はそう呟きながら、自身の小説を思い出そうとする。
その時、ズボンのポケットに、何か入っているのに気が付いた。
「なんだ、これ」
勉は、ポケットからソレを引っ張り出した。
それは、彼のスマホだった。彼が気を失う直前、手に持っていた物である。
「っ!」
勉がスマホを認識した瞬間、ガバッと勢い良くソレを自分の目の前に持ってきて、確認する。
それが確かに自分のスマホだと確信した勉は、すぐさまスマホを操作した。目的は、もちろん電話だった。
電話帳から自宅を選び、そのまま電話を掛けるが、
「~~~! 誰か出ないのか!?」
呼び出し音は鳴っているのに、誰も出ない。何十コールと鳴らし続けるが、誰も出ない。
勉は手当たりしだい電話帳から電話を掛けるが。結果は全て同じだった。
「くそ、駄目なのか……一体ここは、なんなんだよ……」
勉はスマホの画面に目を落とす。
時計は深夜0時を回ったあたりだ。小説を投稿したのが、学校から帰ってからだから、18時前頃か。
一体自分は、小説を投稿してから、どれだけ寝ていたのだろうか。
と考えた勉の頭に、小説の事が思い浮かぶ。
「そうだ、小説は? 投稿はされたのか?」
勉は、スマホを操作し、「物語の創造者」を開く。そこには、確かに自分の小説が投稿されていた。
彼は、そのまま自分の小説を確認する。主人公達が洋館に入ってからの状況を読み返し、今の自分の状況と同じである事を確認した。
「こっちは僕一人って事以外は、ほぼ同じか……。この先も同じなのか? それなら」
勉は無意識に立ち上がった。足の震えは止まっている。顔には微かに笑みが浮かんでいた。
小説を読み返していた勉の頭に、天啓のようにある考えが浮かんだのだ。
これが小説の中の話なら。小説と同じ目に遭うのならば。
自分は、全て知っている。
この洋館の間取りも。人型の行動パターンも。これから起こる事も。
主人公がどうやって生き延びたのか、そして、人型をどうやって倒したのかも。
当たり前の話だ。自分は作者なのだから。この小説の創作者は、他の誰でもない自分なのだから。知らない訳が無いのである。
「そうだよ。主人公は、真一達は生き延びたんだ。なら、僕も同じように動けば、助かるんじゃないか?」
それは、不意に沸いた希望であった。勉は、食い入るように小説の最後を読み返す。
「あの人型の弱点は「陽の光」だ。真一達は洋館内を探索して、その事を突き止める。そして、玄関扉上の窓から差し込む光で、人型を倒す!」
知らず知らず語気が強くなる。恐怖で押しつぶされそうだった精神を、助かると言う希望で無理矢理奮い立たせる。
「別に、情報を集める必要は無いんだ。全部知ってるんだから。なら、朝まで逃げ回る事ができれば、助かるんだ」
勉の瞳に、決意の光が宿る。いまだ恐怖は感じているのだが。それでも生き残るためにやるしかないのだ。
「……やってやる。絶対に生き延びてやる。こんな、自分の考えた化け物に、殺されてたまるか……!」
勉は頭の中に、洋館の間取りを思い浮かべ、人型の行動パターンと、小説の主人公達の今後の動きを思い浮かべた。
どう動けば良いのか、何をすれば良いのか、頭の中で今後の行動を組み立てる。まるでゲームの攻略本でも読んでいるかのようだ。
「……よし、いくぞ」
そして、勉は覚悟を決めた。
スマホを片手に、応接室の奥の扉から、洋館奥へと慎重に進んでいったのだった。
それから、勉は自分の書いた小説を手に、人型相手に洋館内を逃げ回った。
時に部屋の衣装棚やベット下に隠れて人型をやり過ごし。時に洋館の設備を使い人型を撃退し。真一達の動きを再現し、どうにか上手く立ち回っていた。
突然人型が現れて、登場人物を襲うというお約束的展開も小説にはあったが、何処で出てくるかも全て知っている勉は、何とか対応出来ていた。
そして、もうすぐで夜明けという時間帯。
「はぁ、はぁ、……もうすぐ夜明けだ……」
勉は、現在二階の部屋で隠れていた。
ここまで順調に進んでいる。時間的には、もう少しで日の出の時間だ。そこまで耐えれば、あの人型を倒す事が出来る。
しかし、勉の顔は疲労でやつれていた。息も荒く、体調はとてもではないが良いとは言えない。
「もう……少し……」
苦しそうに呟く勉だったが、彼の意識は朦朧としていた。
当たり前の話だが、ゲームや小説と、現実は違うのだ。
いくら攻略法を分かっていても、それの通り動けば問題無いと分かっていても。平常心でソレをこなせる訳が無かった。
部屋で隠れている時も、見つからないと分かっているのに、見つかるかもしれないと言う想像がどうしようもない恐怖を生む。
捕まれば死んでしまうという恐怖に、精神が蝕まれていく。結果、想像を遥かに超えて、勉は疲労が蓄積していたのだ。
小説の中の真一達は、ここまで疲れてはいなかったのだが。彼らが複数人で、勉は一人だという事も大きかった。
むしろ、たった一人でここまでやった勉は褒められるべきなのだろうが。
「……あ」
結局、勉の意識は、そこでぶつりと途切れてしまった。
ぎしっ、ぎしっ、と。勉の隠れる部屋の外から、何かが廊下を歩いているような音が響いてきた。
「っ!」
その音に、勉の意識が覚醒した。
ほんの僅かの時間ではあろうが、意識を失っていたという事に、彼は顔を青ざめる。
(しまった! 逃げ遅れた!)
本来ならもっと早くこの部屋を離れ、次の部屋へと移っておかなければいけなかった。
この部屋で休憩は取っていたが、人型を隠れてやり過ごす場面は、小説には無かったのだ。
ぎぃぃっと。部屋のドアが開けられた。
勉は、ベットの裏に隠れて息を潜めていた。感付かれない様に口を手で塞ぎ、恐怖から漏れ出る悲鳴を必死で抑えている。
此処に来て突然の危機に、心臓はバクバクと煩い位鳴り響く。
(早く行けっ、早く行けっ! 部屋から出て行け!)
心の中で必死に祈りの声を上げる。
身体はかたかたと震えていた。
ぎしっ、ぎしっ。人型が部屋の中をゆっくりと歩き回る。
自分を探しているのだろう。この状況は今までもあったのだが、この部屋での事は小説には無い。
今までと違い、見つからないという根拠が無い。
気が狂いそうな程の恐怖が、自分の心を締め上げているのを、勉は必死の形相で耐えていた。
ふと、足音が止んだ。
ぎしっ、という、足音が止んだ。
途端に部屋内に静寂が訪れる。一体何をしているのだ、と勉は思うが。そちらを確認する事は恐ろしくて出来ない。
勉は一層強く口を押さえ、身体を縮込ませた。
(出てけ、出てけ、出てけ、出てけ、出てけ)
勉は必死で祈りを捧げる。
今まで以上に、必死に願う。
しかし。
突然、勉のすぐ右隣で、ぎしっ、という音が鳴った。
勉は、自分のすぐ傍でなった音に対して、瞬間的に勢い良く顔を上げ、右方向へとその顔を向けた。
すると、目と鼻の先に、ベットの裏を覗き込んでこちらを見ている、人型の能面があった。
ベットに手を付き、首を伸ばし、ベットの裏を覗き込む人型。
勉は、そのすぐ近くにあるその顔が、獲物を見つけた事に、喜び嗤っているような錯覚を受けた。
「ああああああああああああああああああ!」
反射的に、勉はその顔を殴りつけた。
人型の顔は固く、己の拳のほうがみしっと音を立てて軋む。
拳に激痛が走るが、そんな事は気にならなかった。
幸いな事に、その攻撃で人型が怯んだ。もちろん、それで倒す事など出来ないが、逃げ出す隙が出来ればそれで良い。
勉はベットの裏から飛び出し、無我夢中で部屋から逃げ出した。
完全に、その後の計画は吹き飛んでいた。勉は、後ろを追いかけてくる人型から、とにかく距離を離すように逃げ回る。
彼はパニック状態になっていた。理性的な判断力は欠如している。このままでは、いずれ人型に捕まってしまうだろう。
しかし、そんな彼に、救いの手が差し伸べられる。
「……あ、朝? ……朝だ!」
薄暗かった廊下が、明るくなって来ていた。
廊下の窓は全てカーテンが閉められているが、その隙間から光が漏れている。
もはや永遠とも感じれる程長い時間待ち望んでいた、朝がやって来たのだ。
「やった、これで!」
疲労でがくがく震える足を押さえ、勉は駆け出した。目的地は当然、玄関ホールだ。
二階の廊下から玄関ホールに飛び込んだ勉の眼に、階下の光景が写りこむ。
玄関扉の上の窓から朝日が入り込み、ホールの真ん中に白い光が降り注いでいた。
それは、希望の光だった。その光は、まるで舞台に当たるスポットライトのように、玄関ホールを明るく照らしていた。
「やった、やった! これで、助かる!」
勉が最後の力を振り絞り、階段を駆け下り扉まで走る。その後ろを、人型が追いかけて来ていた。
「はっ、はぁっ、来いよ、化け物! 朝日に焼けちまえ!」
扉に辿り着いた勉が、人型へと振り返り叫ぶ。長く続いた極限状態から、人型に対して乱暴になっているようだ。
彼を追っていた人型が、その言葉に誘われるように、そのまま陽の光の当たる場所へと足を踏み入れた。
その瞬間。
「ギャァァァァァァァァァァ」
人型が、身の毛のよだつ様な悲鳴を上げた。光に苦しむように、その身を捩っている。
その悲鳴を聞いて、勉は鳥肌が立つが、反してその顔は嗤っていた。
「はははっ、そうだ、そのまま消えちまえ! ははははは!」
勉が歓喜の声を上げる。疲れも吹っ飛び、今までの人生で感じた事の無いほどの高揚感を味わっている。
長い長い悪夢が、ようやく、これで終わるのだ。
多少アクシデントはあったが、終わり良ければ全て良し。
真一達と同じく、勉もグッドエンドを迎える事ができたのだった。
「ギャァァ、あ、アアァ……」
「はははは、は、……は?」
しかし。
勉の笑い声が止んだ。
その人型は、勉の小説では、光を浴びた後はそのまま崩れ落ち、消滅していった。
しかし、目の前の化け物は。
「……なんで、なんで消えないんだよ!」
ジュウジュウと身体から煙を上げながらも。しかし、消滅はしない。
ゆっくりと、ゆっくりと、人型が歩みだした。こちらへと、一歩ずつ近づいてくる。
その顔が、ニタリと。笑みを浮かべているような気がした。
「うぁ、あ、あああああああああああああああ!!」
勉が絶叫を上げながら走り出す。ダメージはあったのか、ふらついている人型を大きくかわし、玄関ホールを抜け出す。
「なんでだよ! なんで死なないんだ!」
勉が叫び声を上げる。先程までの希望が、完全に打ち砕かれていた。
今まであの人型は、自分の小説通りの動きをしていたのだ。ならば、あそこで消滅しなければいけない。そうならないというのは、彼の小説に反していた。
勉は逃げながらもスマホを取り出し、自分の小説を再確認する。
「なんでだよ。確かに、最後は陽の光で倒しているのに!」
小説の最後は変わらない。何もおかしい所は無かった。
しかし、そこには、見慣れないものが付け加えられていた。
「なんだ、これ。コメント!?」
勉の小説の最後に、コメントが付いていた。そこには、
『朝日で死ぬとか、吸血鬼かよ。人型には合ってないと思うので、そんな弱点は無くした方が良いよ』
と。そうコメントには書かれていた。
それを読んで、勉が声を荒げる。
「なんだよこれ! まさか、これで変わったのか!」
後ろを振り返る。陽の光のダメージも癒えたのか。人型が、特に変わりなく、今までと同じように追いかけて来ていた。
「ふざけんなよ! 人の小説を勝手に変えんじゃねぇよ! こんな、コメントなんか……」
そこで、ふと、勉は気付いた。背筋に冷たいモノが這い回る悪寒を感じる。
何かがおかしい。今、自分は一体、何を読んだ。何を見たんだ。コメント? そんな訳は無い。
なぜなら、そこには。「物語の創造者」には。
感想欄や、コメント欄は、無かった筈なのだから。
ポンっと、場にそぐわない音が、スマホから鳴った。
ぎょっとして、勉がスマホを覗き込む。すると、そこには。
『人型が素手ってのも地味だよねー。右手が斧に変わるとか、どう?』
更に、コメントが一個増えていた。
先のコメントと同じく、やたらと軽い口調で、そんな事が書かれていた。
そのコメントを読んだ瞬間、メキメキと、勉の後ろから奇妙な音が上がった。
思わず振り返った先には。
右手を、巨大で歪な、赤黒い斧へと変化させた人型が、こちらを目指して追って来ているのが見えた。
「ひぃっ、なんだよ、なんだよあれ!」
勉の口から、引きつった悲鳴が漏れる。あんな斧を振られでもしたら、人なんて、一撃で死んでしまう。
ポン
スマホから、また音が鳴った。
また、コメントが増えている。
勉は、スマホを操作していない、更新ボタンを押していない。画面に触れてもいない。
それなのに。
ポン ポン ポン
勉の見ている前で、コメントが増えていく。そのコメントは全て、投稿者名と投稿時間の欄が文字化けしていた。
「ひぃ、ひぃぁあああ!」
もはや言葉にならず、悲鳴しか出せない。
コメントの数が、勉の目の前でどんどん増えていく。
画面が勝手にスクロールし、物凄い勢いで上へと流れていく。
『洋館が小奇麗なのはどうなの? 廃墟っぽい方が良くね?』
綺麗な洋館の内装が、廃墟のような古く朽ちた内装に変わる。
『人型ももっとキモクしよう! 異臭が漂う感じで!』
鼻の曲がるような異臭が、あたりに漂いだす。
『走って逃げれるのはどうなのよ。もっと人型の足早くしたほうが良いって』
後ろを歩いているであろう人型の足音が、途端に加速した。
「! が、ああぁぁぁああ!」
勉の背中に、突如熱い衝撃が走った。
まるで赤熱した鉄の棒を押し付けられたんじゃないか、と思えるような熱が、背中からあがって来る。
たまらず、勉は転げるように、その場に倒れこんだ。
その目に、赤い血を右手の斧に滴らせた人型の姿が映る。
斧で背中を切られたのだ。その事を自覚した瞬間、耐え難いほどの激痛が勉の背中を走った。
「ぐあぁ、ああああああああああああああああああ」
勉が悲鳴を上げながら、身を捩じらせた。
背中から、熱いナニカがドクドクと流れ落ちる。激痛は熱へと変わり、身体は重くなり、目は霞んでいく。
「あ、あ、アァ……」
勉の顔のすぐ傍に、転がったスマホの画面があった。そこには、いくつものコメントが書き込まれていた。
そのコメントと共に、「面白い」ポイント取得を知らせるメッセージも流れている。
『面白いポイントを取得しました』
『グッドエンドなんて物足りないじゃん。せっかくホラーなんだしさ!』
『面白いポイントを取得しました』
『面白いポイントを取得しました』
『やっぱり、ホラーはバッドエンドだよ。主人公は、最後には死ななきゃ! そっちが面白いに決まってる!』
『面白いポイントを取得しました』
『あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは』
『面白いポイントを取得しました』
『面白いポイントを取得しました』
『面白いポイントを取得しました』
『面白いポイントを取得しました』
あたりに、狂気に満ちた笑い声が木霊する。
それが、本当に現実に聞こえているモノなのか。そのコメントを見た勉の妄想なのか。
もはや、彼にはわからない。
「あ……」
彼の目に、最後に映ったのは。
自分の傍で、斧を振り上げる、人型の姿だった。
数週間後。夏休みは終わりを告げ、全国の学校では新学期が始まっていた。
そして、とある県立高校の教室にて。
自分の友人の、しかし主の居ない席をみて、隼人は溜め息を漏らした。
「いったい、何処に行ったんだよ」
勉は、小説を投稿すると言っていたその日の晩から、行方不明となっていた。
自室に居たはずなのに、気付いた時には、部屋はもぬけの殻だったそうだ。
部屋を荒らされた形跡は無く。一階にいた親も気付かなかったので、強盗や人攫いの類では無い。
財布が部屋に残っていた事から、家出とも考えづらい。
そう言う事で、警察でも捜査が難航しているらしい。
手がかりとなりそうな、勉が消えたのと一緒に無くなったスマホも、まだ見つかっていないそうだ。
「本当に、噂通りになったってのか?」
隼人が、怪訝な顔付きで、自分のスマホをいじる。
その画面に出てきたのは、「物語の創造者」。今年も、沢山小説が投稿されているらしい。
その中の一つに、勉の投稿した小説があった。その小説には、他の小説と比べると異様な程沢山の「面白い」ポイントが入っていた。
それを見て、隼人は顔を歪ませる。
「……お前、バッドエンドは嫌いじゃなかったのか? 一体、何があったんだよ……」
その小説のラストは。人型に朝日を当てるが、倒しきる事ができず。
右手を斧に変化させた人型に、主人公達が惨殺されるという、壮絶なバッドエンドとなっていたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
この小説は、夏のホラー企画物です。
もし怖がって頂けましたら、「怖い」のボタンをクリックお願いします~。
また、この企画で他にも沢山ホラー小説が投稿されています。
普段はあまり盛り上がっていないホラージャンル。この期に色々読んでみてください。そんで夏を涼しく乗り切りましょう。