第9話 道化師は笑顔を呼ぶ
翌日から松島は学校に来なくなった。伊藤や椎名は今頃効果が出たのかとぼやいていたが最後に見た笑顔からはそんなこと微塵も感じなかった。松島が来なくなってから幾度になく斎条の告白攻撃があった。松島がいなくなっても変わりない学校生活を送っていた。そして、松島に再会できたのは夏休みに入る前日だった。
終業式が終ってから斎条の誘いを断り逃げ切るためにみんなが帰ってから帰ろうとした。誰もいない廊下を歩いていると、父兄の人が職員室から出てくるのが見えた。その後から出てきたのは松島だった。その時初めて松島の夏用の制服を見た。二ヶ月ぶりに会ったが変わっていなく左手首にリストバンドを付けるようになっているだけだった。声を掛けようか悩んだが母親に話してから向こうから来た。
「久しぶりだね」
「久しぶり、話でもするか」
「うん、教室に行こうよ」
松島は親に手を振って教室に向かった。
「なんだか新鮮だな」
自分の席の所に立って嬉しそうに黒板を見ていた。俺も自分の席に座ると松島はこっちを向いた。久々に見た松島の顔は最後に分かれた時と変わっていない。
「やたらと長い休みだったな、病気にでもなったのか」
「うんん、ちょっと外国巡り。アメリカとイタリアとフランスと中国と巡って昨日やっと帰ってきたの」
「家族旅行にしては長過ぎないか」
「旅行ならよかったんだけどね」
松島は窓の外を見ながらため息を吐いていた。窓に顔が映っているが今、本当の彼女はどんな気持ちなんだろう。
「親戚のみんなに挨拶をしに行って来たの」
「挨拶って何の」
「私の我侭を聞いてくれてありがとうございました。これからは、修行に励みますって」
「修行って何の」
「花嫁修業、あはは、今時古いよね。私まだ中学生だって言うのに」
声を上げて笑っていた。何処か俺の思っていた松島とは違う感じの笑い方だ。
「親戚みんなが私の帰国に反対だったの。私の世代で女の子なのは私だけだったからへんな期待を掛けられちゃって、みんなうるさくてさ。フランスの親戚の所で修行することになったの」
「ふーん、で、学校を辞めると」
「読みが早いなー。涙の別れを期待していたのに」
苦笑いが今松島のできる最高の笑顔のようだ。明るくていつも楽しそうに笑っている松島のこんな顔を見るのは二回目だ。
「もう帰って来れないかもしれない。向こうで結婚する相手も決められてるし結婚しちゃったら帰りにくいのはみんなを見ていてよく分かってるから」
俺はまっすぐに見ているのに松島は窓の外を見ている。窓に反射して見える顔は我慢の顔だった。
「お前はそれでいいのかよ」
「仕方がないよ、みんなの期待に答えなきゃいけないんだから」
「お前無理してるだろ。お前は仮面を被らないって決めたんじゃないのか」
振り向いた松島は泣いていた。拭いても拭いても涙は止まらず言葉より鮮明に伝わってきた。
「無理なんてしてない。無理なんて………」
全身から力が抜けるように椅子に座り込んだ。涙は止まったが笑顔が戻っていない。
「嫌なら嫌って言えるのがお前の長所だったんじゃないのか」
「そうだけど……」
「たく、道化師の話の最後を変えなきゃいけないじゃないか」
『道化師と会っていたその女の子は旅に出なきゃいけなくなりました。それを道化師に話すと道化師はこういいました。「たとえ君が何処に行こうが止めたりしない。そこで君が笑顔で笑っているならそれでいい。でも、悲しくて辛くて笑顔の仕方を忘れたらいつでも戻って来い。来れないなら俺が君を探し出して笑顔にしてやる。それが道化師である僕の仕事だから」』
『そして彼女は言いました。「それなら私の帰る場所を残して置いてください。笑顔を忘れてしまったら必ず戻って来られるようにするために」
そして彼女は笑顔で旅立っていきました。』
「終わりだな」
「うん、終ったね」
二人で満足した。最後はやっぱり笑顔になれてよかったと思っている。
「私が会いたいのは仮面の男じゃなくて道化師さんだからね」
「それなら俺からも、また会おうな」
「なにそれ、私が笑えなくなること前提なんだ」
「おう、道化師を懐かしんで絶対に戻ってくる」
「たく、まーまた会えたら幸せだね」
「ああ、またな」
「うん、またね」
夏休みが終ってすぐに松島の机は教室の一番前、黒板の横に置かれるようになった。そして、それ以来俺はその机に一番近い窓際最前列に席を置いている。もうそこに松島が座らないことは分かっていてもあいつを一人にすると泣いている様な感じがするからだ。そんな中学校生活も今日で終る。散々あった斎条の告白攻撃から開放されると思ったが高校も一緒だそうだ。松島に関わった奴ら伊藤も五十嵐も椎名もみんな同じ高校。今ここに松島がいれば笑って新しい高校生活に期待を持てたはずなのに………でもあいつのことだ、向こうに行っても笑っているだろう。もう友達同士で喧嘩することも無くずっとずっと笑っていられるだろう。
「この机、大分汚れたな」
結局、あれ以来使われることの無かった机を雑巾で拭いていた。所々に松島の落書きがあったりしてあいつの心が分かった。あいつは絶対に戻ってくる。それも笑顔で、今までに無い最高の笑顔で俺に会いに来る……それまでに俺は道化師に戻っていられるかな。
「中本、まだ残っていたのか」
俺の横に座った五十嵐は雑巾を見て含み笑いをした。
「居ちゃ悪いか、お前こそ一端帰ったんじゃないのか」
「お前が残ってるって聞いたんでね。結局、そこを動かなかったな」
「ああ、なあ五十嵐、俺、昔みたいになれるかな」
「昔といわれても色々あって困るんですけどね。小学校でいじめられる前?いじめられた後?松島に会った頃?松島が学校を辞めた頃?生徒会長と議長をやり始めた頃?まーどれも卒業間近のやる気無しのお前に比べたらまともだぞ」
「やかましい。もういい。じゃあな、また高校で」
「待てよ」
出ようとすると目の前に五十嵐が飛び出して俺を止めた。
「俺はどんなお前でもどんなに変わろうともずっと友達でいるから安心しな」
五十嵐が手を出してきた。その手にハイタッチをして帰った。
家に帰って新しく貰った中学校の卒業アルバム、もちろんそれには松島の写真は無い。小学校のアルバムにも載っていなかった。だからこそ俺はあいつの顔を忘れないようにしよう。
「窓際最後列か……因縁なのかな」
高校に入っても登校一時間前は変わらない。教室に一番乗りをして新しいクラスメイトの顔を見たいのだ。と言っても、伊藤や五十嵐もみんな同じクラスになっている。初めはその辺をしっかりしてからかな。
教室に入ると誰もいない………と、思ったが俺の席の横に女の子が座っていた。とても可愛くて大人しそうな子だ。
「おはようございます」
「おはよう」
挨拶をちゃんと返してくれた。俺は自分の席に座った。これが、松島が見ていた景色か……
「初めまして、僕は、中本慎也です。貴女は?」
「松島です。初めまして」
………これは運命と言うのだろうが、それとも神様の悪戯か余りにもできすぎているような
「失礼ですけど名前を教えてもらえませんか。友達に同じ苗字の子がいるので」
「友美です。松島友美。友達の友に美しいと書きます」
「友美さん。と呼んでいいですか」
「はい、構いませんが」
「一番、と、思ったらやっぱり居たな中本、と、誰?」
軽快に入ってきた五十嵐は僕の所まで来た。
「彼女は松島友美さん。五十嵐、自己紹介は」
「松島さん……で、お前がそこ、面白すぎだろ」
口を押さえて五十嵐は笑いを堪えていた。そして、咳払いをして
「失礼しました。俺は五十嵐誠です。よろしく」
「よろしくお願いします」
高校生活が始まって斎条に二回告白された頃、正確には入学式の次の日に席替えが行われた。場所の決め方はくじという担任の平凡な提案で決まった。
「先生、僕目が悪いので最前列に行っていいですか」
中学校の時と同じ理由であの場所に着けた。
「先生、私もいいですか」
それは友美だった。僕の横には友美が来て後ろには誠、誠の横には愛華が着くことになった。
「よろしくね、慎也君」
「ああ、よろしく友美さん」
「ねえ、慎也君の夢って何」
「夢か……そうだな」
外を眺めながらある一言が蘇ってきた。
「友達一〇〇人できるかな」
はい、これで中本慎也の中学生編『道化師と村娘』は完結です。
次回は、中本の小学生編、中本が仮面を付ける切っ掛けのお話『仮面の道化師が生まれる時』です。
また、読んでいただけるよう頑張ります。




