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第8話  道化師は道化師であって…

そのまま何事もなくゴールデンウィークを終えまた平凡な学校生活が始まった。伊藤も斎条も元通りに戻っていて俺に近づこうとしない。松島も変わらずみんなの輪から外れていて何も改善されていなかった。むしろ悪化していた。机は倒され教科書がばら撒かれ悪口が書かれていた。それでも松島は笑って片付けていた。その笑顔の目と合ってしまった。

「中本君、おはよ」

 いつもと変わらない笑顔で俺に挨拶を掛けてくれる。本当に何もなかったような笑顔で

「よく笑っていられるな」

「中本君だってよく私の側にいられるね」

 松島の机は教室の隅にあるので自然な形なのかは分からないが、みんなが関わりを持ちたくないと言わんばかりに机から距離をとっている。

「俺の席はここだ。ここにいて何が悪い」

「悪くはないですよ」

 俺達は久々にそろって笑った。


「中本君、ちょっと話し聞いてくれる」

 放課後、松島と他愛のない話をしている所に斎条が一人できた。笑っていた松島が黙ってしまった。廊下からは伊藤がこっちを見ている。

「ああ、悪いな松島」

「うん、気にしなくていいよ」

 前までは俺より斎条を優先していたのに今は目すら合わせようとしていない。松島の中でも斎条を避けているのだろうか。これが、松島の本当の素顔なのだろうか

 斎条に連れてこられたのは松島が泣いていた行き止まりの廊下だった。しかし、そこには俺と斎条しか居なく俺達を中心に何人かの生徒が付いてきているのが気配で分かる。見えない所で伊藤が連れてきているのだろう。

「話って何だ」

 と口で言っているが伊藤が居ないので大体分かる。まっ、松島がどうこうの話じゃないなら気楽な話で済みそうだ。

「小学校の時のこと覚えてるよね。あの時は一ヶ月も付き合えなかったよね」

「そうだったな、色んな妨害があったから付き合ってる感じがしなかったし、な」

 あえて廊下へ叫ぶように言った。

「それなら今からでも続きしない。あの……また付き合って欲しいな」

 斎条の心から出て来た気持ち、演技でなく今まで押し付けられていた俺に伝えたかった本当の気持ちは、今までの抑制を全て跳ね除け俺にぶつかってきた。でも

「悪いけどもうそんな気分になれないんだ」

「どうして、この前は楽しそうにしてたじゃない。また一緒に遊びに行こうよ」

「遊びに行くのは構わない。だけど、付き合うことはできないんだ。悪いな」

「どうして、未来も認めてくれたんだよ」

「俺は道化師だ。道化師の仕事は人を笑わせること、退屈な日々にちょっとした刺激を与えるだけだ。始めはいいかもしれないけどずっと一緒にいると退屈するに決まってる。お姫様を幸せにするのは王子様って決まってるだろ」

「なら、王子様になってよ」

 珍しく必死に食らいつく斎条を見下すかのように笑った。

「何処の世界に道化師が王子様になるんだ」

 斎条は下を見たまま話し始めた。小刻みに振るえて俺に表情を見せないように髪が降りてきている。しかし、ここで同じような光景を見たことがある。二人は何処か似ている所があるのかもしれない。似たもの同士は仲良くなれないのだろうか

「………中本君変わったね。昔はいつも笑っていて親しげに話してくれたのに」

「変わったか……そうかもな」

「やっぱりあいつのせいなのかな」

「何を考えているか知らないが変な考えは止めろよ」

 教室に帰ろうとした時、伊藤と出会った。すぐにでも殴りかかってくるかと思ったが斎条から離れた所へ連れて行かれた。

「あんたは愛華のことが好きじゃなかったの」

「そうだったかもな。でも、愛華を好きだって言える僕はあの時死んだのかもしれない」

「あんた……」

「一度たりとも諦めたことなんかなかった、この日が来るのをいつも待っていたのに」

「それならどうして、あんたを邪魔するもんなんて何もないんだよ。それよりかみんなお似合いだって応援してたのに何で」

「どうしてだろうな、ただ、愛華が可哀想に思ってさ」

「可哀想って何で、断ったほうがもっと可哀想だよ」

「今の愛華は昔の僕の影しか見てない感じなんだよ。愛華にとって今の僕は昔を懐かしむだけの写真みたいな存在なんじゃないかって思ってさ。でも、僕だって写真でいられない。写真じゃないって分かった時の愛華が可哀想でさ。愛華の性格だと辛くても黙って耐えてしまうだろ」

 目を手で覆うようにした。仮面は外さないって決意したはずなのに日に日に崩れてきているようだ。

「泣いてるの」

「構うな。伊藤も斎条のこと考えてやれよ。あいつ、無理するから」

「………分かった」

 次は五十嵐に止められた。一帯こいつらは何重で警備してるんだか

「断ったのか」

「悪いか」

「全然、お前の考えだろ」

 そのまま通り過ぎようとしたが、肩を掴まれ止められた。

「中本、今のお前は昔に比べて確かに親しみやすいしいい奴になった」

「そりゃどうも」

「だがよ、それでお前は楽しいのか。いつも人の顔色伺って自分の意見感情は滅多に表に出さないで俺達と一緒に居て辛くないのか」

「何が言いたい」

「そろそろ演技を止めろよ。みんな、昔のお前の方が楽しそうだって言ってるぞ」

 そのまま教室に戻った。そこには松島を含め数名しかいなかった。

「中本君、帰ろう」

「そうだな」


「愛華とは何の話をしたの」

「何かぐらい分かるだろ」

「うん」

 松島との会話が続かない。彼女なりに聞いてはいけない領域に入らないように気を付けながら話しているようだ。

「聞きたいことがあるなら遠慮なく聞けばいいぞ」

 ぎこちない動きがなくなりいつもの口調になった。

「本当、返事は、返事はどっちにしたの」

「やっぱ興味があるのか」

「えっ、えっと………」

 笑顔のままで固まって俺を見ていた。返事を待っているのか質問したことに後悔してるのかどちらにせよいつもの松島だ。

「断ったよ」

「嘘、何で、どうして」

「率直に言うと疲れるからかな」

「そんな理由で断ったの」

「おう、それに、斎条のことだ、簡単には退かないはずだ」

「確かに、愛華の執念は強いと思うよ」

「良く知ってるんだな」

「そりゃー愛華とは友達だったんだから」

「演技だけど、だろ」

 意外にも松島はそこで首を横に振った。昔を懐かしむようで古傷を見られたような悲しい顔をしていた。

「初めの一日だけは友達だったの。それは、お互いの好きな人の話をするぐらいの仲良し」

 松島は俺より一歩前に出て振り返った。

「この前の道化師さんのお話の続き考えたんだけど聞きたい」

「それって、一番の問題は俺にあるってことか」

 ただ微笑んでいるだけで質問に答えてくれない。

「聞かせていただきましょう」

『お姫様は隣国のお友達を呼びました。お姫様はお友達に仮面の男を紹介しました。仮面の男は、優しく誰にでも同じように振る舞うのでお友達も仮面の男のことが好きになりました。お姫様とそのお友達は、仮面の男が選ぶなら選ばれなかった方は諦めようと約束をしました。二人は仮面の男に気に入られるため色々とやりました。しかし、仮面の男はいつも無表情の仮面を付けているだけで笑っているのか泣いているのか分かりませんでした。長い時間が経っても仮面の男はどちらとも選びませんでした。そしてお姫様は気付いたのです。この友達さえいなければ、仮面の男が選ぶ必要すらなければ答えはすぐに出ると。お姫様は友達を国に入れなくなりました。友達と仮面の男を失ったその子は、泣いていました。しかし、その子の前に道化師が現われました。仮面の男とは違い感情豊かな表情を見せてくれて毎日笑わせてくれました。その子は気付いていたのです。その道化師こそ仮面の男で本当の彼なのだと言うことに……』

「そっか、これでこの話も終わりを迎えるのかな」

「うん、そうなのかも」

 確かにその時の松島は笑っていた。笑顔で心の底から見せてくれた笑顔、彼女は絶対に自分の心、思いは隠さないと思っていた。思っていたのに………


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