第6話 プレゼント
「ね、当たり外れ大きいでしょ」
「俺には策略にしか見えないが」
俺と斎条は受付でモニターを見つめていた。ここは、席を指定でき好きな場所を選べるのだがまともな所が残っていなかった。始まるまで五分しかないのだが、朝早いこともあって俺達以外客はいない。俺と斎条以外のメンバーは、中央辺りを全て指定していて余っているのは、前の方でみんなからかなり離れる所と通路側一列ずつと明らかにわざとと分かるように残された二席。その二席はみんなが選んだ席の真中に位置していて、一番いい席のようだ。三〇〇席以上あるはずなのに三〇人弱でそれだけ買い占めたのには拍手を送りたい。
「斎条が好きな場所選べよ」
「うん、じゃあここ二席ください」
斎条が指さしたのは、不自然に空いた二席だった。確かに、ここ以外に座るとなると有らぬ噂を作られそうだ。
「中本君ってパンフレット買う方?」
斎条が指さしているのは、今から見ようとしているやつだろう。タイトルからして有りがちで始めの三〇分で結末が分かってしまう恋愛物だろう。そんな作品のパンフなんて買ったら見る必要すらなくなってしまう。
「買わない方。大体、それに書いてあることって始め一〇分ぐらいじゃん、今から見れるんだから無駄遣いは止めた方がいいよ」
「あはは、だってさ未来」
俺達から少し離れた所で伊藤がパンフを読んでいた。席に着いてから読めばいいのに売店の前で読んでいる。斎条の側を離れたくないのだろうしかし、約束とやらで一定の距離に入れないようだ。
「うるさい、別にいいでしょ」
「中本君、そろそろ入ろうか」
中に入ると薄暗くなっていて、ギリギリだったようだ。が、誰一人座っていなかった。
「みんな早くしないと始まっちゃうのに」
「まさかな」
俺達は真中の席にポツンと座っていた。すると、暗くなり宣伝が流れ始めた。それでも、誰一人は行ってこようとしない。二人しかいなくてこれだけ広いと不気味さすら感じる。
「誰も入ってこないね」
「そうだな」
「騙されたのかな」
「そうだろうな」
「ちょっと嬉しいかも」
「そうか」
そのまま話は始まった。話の内容は予想通りだった。ヒロインの女の子は霊感の強い一族に生まれた中学生。その子の幼馴染で好きな男の子、ヒロインの友達の女の子、幼馴染の友達が出てきて始めは有りがちな三角関係を描いていた。だが、急に現われたのがヒロインの許婚の男の子だ。ヒロインは無理やり幼馴染から引き裂かれて会えない日々を送るようになった。そして今はヒロインが許婚と喧嘩するシーンだ。
『どうして私の邪魔をするの。何で会わせてくれないの』
『君があいつのことを好きになってもらったら困るんだよ。君はあいつのことを忘れた方がいい。それが君のためにもなるんだ』
有りがちな展開、どうせこの後幼馴染と付き合うことになるんだろ。つまらない顔で横を見ると泣きながら見入ってる斎条がいた。始まってからずっと斎条は泣いている。正直気まず過ぎる。結局、誰一人入ってこないのだ。
『どうして、どうして彼のことを忘れなきゃいけないの』
するとBGMが止まり強ばった許婚の顔が映った。
『君は未熟だから分からなかったんだと思うけど、彼は人間じゃないんだ』
「うわ、そっちに行くの」
思わず呟いてしまう展開だった。横では、息を呑んで止まってしまった斎条がいた。
『亡霊の彼を野放しにできない。だから、今晩にはもう彼はこの世界から居なくなる。だから』
『それでも、それでも私は彼が好きなの。私のことは私が決める。誰がなんと言おうと彼を嫌いになれない。だって、初めての恋だったんだもん』
そしてその後は、消えてしまった彼のことを忘れられないヒロインが死者復活の禁術に手を出して死に掛けた時、死んだはずの彼が助けてくれて少しだけ再開できた。そして、告白してずっと忘れないから私の中で生き続けてとか何とか臭い台詞を言って終ったのだ。
「終っちゃった」
エンディングを聞きながら斎条は涙を拭いていた。エピローグに入っているのがそれほど見る気はないようだ。
「私、あのヒロインの子に憧れちゃった」
「そんなに可愛い子だったか」
「うんうん、演技してた子じゃなくてお話の中の子の方」
俺に微笑を見せながら手を握ってきた。そして、斎条はまた前を見た。
「自分で問題を全部解決して困ってる友達も救える強い子。誰にも揺るがされない自分の意思をしっかり持っていて、自分の思いを他人に伝えられる。誰かに着いて行くんじゃなくてみんなを引っ張っていく子。私と正反対みたい」
繋いでいる手に力が入ってきた。
「私にも少しでいいからそんな強い心が欲しいよ」
「強い心……か、自分の思いを伝えるのにはそんなの要らないと思うけどな」
「どうして」
「伝えたいことを自分なりの言葉で必死に言えばいいだけだろ。伝わる伝わらないは別にして、本当に伝えたい相手ならその必死さだけで分かってくれるって」
「難しいこと言うな中本君は、そろそろ出ようか」
「そうだな」
俺達は手を繋いだまま劇場を出ようとした。
映画館を出た俺達はゲーセンに向かった。後ろからは伊藤を含めたクラスメイトがぞろぞろとついて来ている。
「なんか尾行されてる感じ」
「追い払ってあげようか」
小悪魔的な笑顔で後ろを指さしていた。
「いや、別にいいけど」
斎条を連れてきたのは景品を中心としたゲームが多い店だ。ここなら時間を潰すのには
十分だろう。斎条も気に入ってくれたようで俺より先に入って行った。
「くまさんだ。くまさんだよ、しろくまさんだよ」
入り口近くには白くまが二匹入ったゲームがありそこから斎条は動こうとしなかった。
「斎条、まだ入り口なんだけど」
「くまさん欲しい。買って」
「これは買うんじゃなくて取るやつなの。やった事ないのか」
「冗談だよ。お得な五〇〇円玉登場ですよ」
財布の中には大量に五〇〇円玉が入っていた。相当やり込んでいるようで五〇〇円玉の山を横に置き挑戦し始めた。一枚、二枚、三枚………山はどんどん削られていく。
「あのさ、そろそろ止めておいた方がいいぞ。全然動いてないし」
くまの頭を掴んだアームはくまを持ち上げることなく元の位置に戻ってくる。そんなことを何十回も繰り返してる。いくら投資しかた分からないが、買った方が安上がりになりそうだ。
「いいの、取るの」
「あーあ、スイッチ入っちゃった」
俺の横に尾行していた伊藤が来た。黙々と店に貢献する斎条を見て伊藤は頭を掻いていた。
「スイッチって何」
「愛華は取るって決めたら諦めないの。お金がなくなってもその場から動かないんだから、閉店しても動こうとしないから御情けで貰ったこともあるんだよ」
「そこは俺が何とかするから大丈夫だ」
「相当な自身ね」
「まーね」
財布の中には五〇〇〇円、これだけあれば十分だ。
「愛華はあのままでいいから少し話しでもしない」
「お前から誘うなんて珍しい」
「飲み物奢るから」
「オレンジな」
店中の騒音がわずかだが和らぐ隅にある自販機コーナーで俺達は向かいあって座っている。
「で、話はなんだ。それに、今日は何を企んでるんだ」
「企むなんて……お礼を言いたくて、ありがと」
「何がだよ」
「愛華があんなに笑っているのを見たの久しぶりなの。私が言えた義理じゃないけど愛華はあんたと一緒に居るのが良かったのかもしれないね」
「今更そんなこと言われても困るんですけど」
「あの時は愛華をあんたに取られると思ったから………あの子だけなんだよね、私のこと心から友達って言ってくれて遠慮無しでぶつかって来てくれるの。だから、愛華には幸せになってもらいたい。後悔はさせたくないの」
伊藤はコップを捨て俺に背を向けた。
「あんたはどう思ってるか知らないけど、私はもうあんたのこと普通の子と変わらないと思ってる………うんん、普通の男の子以上に認めてる。あんただけなんだからね、あんだけやっても諦めないで未だに愛華と話できる男の子は。誰も文句言わない、私が言わせないから愛華のことお願いね」
「お願いされても俺は何もする気は無い」
「それでもいい、ただ、愛華の側にいてほしいだけだから」
そのまま伊藤はゲーセンから出て行った。
斎条の居る所へ戻ると足元にはビニール袋に入った白くまがこっちを見ていた。一つ取れたのに斎条はまだ挑戦をしていた。
「あーもー、あと一回か……」
二つ目に挑戦しているようだが、取れるような位置にはなかった。
「あっ、」
くまは動かずその場にあった。斎条はその場にしゃがみこみくまを撫でているようだ。
「なー、一個取れたならそれでいいじゃないか」
「あとちょっと」
よく見ると、細い腕を取り出し口に入れて無理やりでも取り出そうとしていた。
「何やってるんだ」
「あ、中本君」
くまを抱きゲーム機から一歩離れた。流石に今の行動は恥ずかしいと思っているのだろう。
「そこまでしてあれが欲しいのか」
「うん、だってずっと一緒に居たのに一人にしちゃうのは可哀想だから」
「ふーん、で、本心は」
「意地ですよ」
笑顔で言うには大きな損失だってようで、作り笑いか引きつっているだけに見える顔だった。
「でもやっぱり欲しいな」
ゲーム機の中のくまを寂しそうな目で見ていた。時折俺を見てため息を吐いている。
「そんな子猫を見るような目で見るなよ。こんなのは、こつさえ掴めは簡単なんだ」
一回分のお金を入れてボタンを長めに押した。
「中本君押し過ぎだよ」
「いいんだよこれで」
アームをくまの後ろまで持っていって、くまを前に倒した。
「あいよ、二匹目のくま」
「そんな簡単に取れるの」
「こんな重い物なら持ち上げるより倒す方がいいんだよ」
係りから袋を貰って斎条に渡そうとしたが、首を振ってそれを拒んだ。
「私は持ってるし、中本君が持っていてくれる方がいいと思うの」
「持って帰っても俺の部屋に合わない」
「あはは、ならこれから二人で少しずつ増やしていこうよ」
「また来る機会があったらな」
「そうだ、明日来ようよ。休みだし暇でしょ」
「気が早いな。夏休みになったらいくらでも付き合ってやるから」
「まーそれでいいよ、そろそろ戻らなきゃ未来が怒るね」
斎条が差し出した手を自然と握ると、微笑を返してくれた。




