第41話 生きる伝説、蘇る伝説
俺達は青かりんを捕まえるために音楽室に飛び込んだ。俺達が入るまで全ての窓が閉められていたので、熱された空気が音楽室を満たしていた。さらに、長期間使われていないようで独特の匂いもした。
星川小学校の音楽室には机はない。椅子だけがきれいに並べられているだけだ。これは、合唱や演奏をする際に机が邪魔だからこの形になったのだ。なので、教室全体に開放感があり、とても広く見える。
その広い教室の真中に青かりんがいた。教壇の中央の椅子に座り俺達を見ていた。
「自ら逃げ場のないここに逃げ込むなんて、馬鹿でいい子ね」
不敵な笑みを浮かべた夢が近づくが、かりんは逃げることもなく俺達を見ていた。
「近づくな!」
椅子に座ったままのかりんは突然大声を出して夢を退けた。ただの子供に大声で怒鳴られただけなのに俺達は動けずにいた。これが年上の重圧というのもだろうか。
「な、何を偉そうに」
夢は強気に噛み付いたが、かりんに近づくことができなくなっていた。あれほどかりんを追いかけていた夢が急にどうしたというのだろう。
すると、かりんは立ち上がり夢に自ら近づいてきた。夢は一瞬逃げようとしたがその場に留まった。
動かなかったというより動けなかったに近いと思う。なぜなら俺もかりんの睨み付ける目から逃げられないからだ。直接睨みつけられていないのにこれだけ恐怖と緊張が溢れてくるのだ。夢は俺以上に何か見えない力でそこに縛り付けられているのだろう。
かりんは夢の目の前に仁王立ちした。目線の高さでは夢のほうが高い。だが、俺にはかりんのほうが大きく見えた。
「偉そうにだと。ふ、偉そうではない。偉いのだ。唯我独尊とはこのかりん様のためにあり、この世界はかりん様のものであり、その中でうごめく全てのものがかりん様のものだ。つまり、この小さな手の上で踊るユメちんたちは、神であるあちきと同じ枠で囲ってはならないのら」
「こ、この〜!」
夢が拳を振り上げたがかりんは下からの目線でそれを見ているだけだ。それだけなのに夢は拳を振り下ろすことができずにいた。
「力で解決しようと言うのらか?それでねじ伏せて自分が正しいと言いたいのらね。別にいいのらよ。このかりん様は全知全能だ。ユメちんもよく知ってるのらよね」
「う、く、で、でも」
「ユメちん教えてあげるのら。世の中不可能なことはないというのは本当なのら。でも、相手がその世の中の創造主ならその限りではないのらよ」
かりんは夢に止められることなく俺の前に立った。その顔はいつもと同じ顔をしていた。威厳、重圧、恐怖その他諸々先ほどまで出ていた力はまったく感じなかった。
「ぬふふ、どうなのら。これがあちきのちからなのら。それじゃ、また」
音楽室を出て行こうとするかりんの肩を俺は掴んだ。
「待て、ちゃっかり逃げようとするな」
「ぬ。神の体に触れてよいと思っているのか」
「何が神だ。ただの人間風情が。お前が神なら俺は宇宙だ。で、爆弾とやらはどこにある」
俺の手を振り払ったかりんは頭を捻って悩んでいた。
「うぬ〜。確かに何も無しで探せは無茶だったのら。爆弾を見つけてくれなきゃ面白くないのら」
ヒントをくれるというかりんは両手を広げて見せた。
「ヒントその1。両手十本指で数えられる限界の数はいくつなのら?」
「両手で?それなら10じゃない」
夢が何の考えもなく当然の答えを言った。夢の答えは常識でありあたりまえの考えで、もしそれが正解ならかりんの問題は問題でも何もなかった。
「それは違うな。片手で10まで数えることもあるだろ。それ以上だと俺は思う」
「ほう、さすがマコちんなのら。それじゃ、ヒントその2。少数の人間をコケだらけにするなら理科室。全生徒をコケだらけにするには何処でしょう?ヒントその3。手紙は放送、水槽は爆弾、では、メダカは?以上なのら」
俺が手を離すとかりんは走って音楽室を出て行った。
「逃がさなくても直接案内させればよかったじゃない」
「いや、それだとかりんをずっと監視してないとならないだろ。もしもの時、邪魔されたらめんどくさいからな」
「そうかも」
俺達も音楽室を出て聖弥に合流しようとした。だが、夢が扉に手をかけた途端動きが止まった。
「あ、あれ?開かない」
夢がガタガタと扉を揺すっているが開く気配はまったくない。すると、かりんの笑い声が聞こえた。
「ぬふふ。閉じ込めてしまえばヒントがあろうと見つかりっこないのら」
見えない扉の向こう側からはかりんの走り去っていく音が聞こえた。
「やられたな〜」
俺は椅子に座って天井を見上げていた。夢に聞くところ、かりんはこの学校のマスターキーを持っているそうだ。もちろん、オリジナルではなくかりん自身が作り出したものだそうだ。そんなものを持っているとは予想すらしなかった。
夢は扉を蹴り破ろうとしていた。だが、何度も蹴っているが壊れることはなかった。煩いから諦めろというと夢は俺の隣に座った。
扉が壊せないので、聖弥が助けに来てくれるか、学校が爆発しない限り俺達はここに閉じ込められたままだ。こんな時こそケータイなのだが、かりん製はいま製作者の力によって使えない。兄貴に頼んでケータイを買ってもらおうと思った日だ。
「あ〜最悪。かりんにいいように遊ばれた」
夢は理科室を出てから今までずっとかりんのことでイライラしていた。少しずつ落ち着いてきているが、思い出すだけで怒りは頂点に簡単に達していた。
「なあ、夢はなんでかりんなんかに付き合っているんだ。長い付き合いだとうんざりすることも多いだろ」
「そりゃ、疲れるし酷い目にも合わされる。先生からは嫌な目で見られるし、事件が起きると必ず疑われる。本気で殴りたくなる時もある」
「だったら、付き合わなければいいだろ」
俺の質問に夢はしばらく頭をかきながら考えた。
「でも、それなりにいい人だ。誠は付き合いがまだ浅いから分からないんだ。かりんはふざけて滅茶苦茶だけど、困った時は助けてくれる。誰にでも同じ接し方をする。だから、かりんは普通の人じゃない。だからみんな集まるんだと思う」
「それだけ」
「うん。それだけ」
「誰にでも同じ接し方をするやつならいくらでもいるだろ。特別かりんにこだわらなくても」
見た目は年下に見えるが、かりんは中学三年生。小学五年生の俺達とは年齢が違えば学校すら違う。詩音や舞となら分かるがかりんと付き合うのは精神以外にも面倒な事が多いと思う。
だが、夢は小さく笑っていた。
「誠は知らなすぎだ。かりんのことも、あたしのことも、この学校のことも。一度あたしのクラスに来てみればいい。自分がどれだけ微温湯に浸かっているのかよく分かるから」
星川小学校。俺は学校のことをよく知っていると思ってた。でも、俺の世界はいつもの顔とバスケ部しかなかったのだとしばらくして知らされた。この学校の姿と冷たさ、それに、かりんの暖かさと夢たちの素直さを。
「誠はどんな人にでも同じ態度で接しられる?」
「それぐらい誰でもできるだろ。いつもの自分を飾らず見せればいいだけだろ」
そしてまた夢は笑った。
「嘘だね。相手が某国のお姫様だったり、世界屈指の大富豪の娘だったり、やくざの娘だったり、同性愛者だったり、どんな人でも色眼鏡で見ないでいられる?その真実を知るまではできるかもしれない。でも、知ってしまったら少なからずそんな目で見てしまう。それをしないのがかりんなの」
今まで会ったことのない珍しい関係の子ばかり上げてきた。そうか、珍しいを思ってしまう時点で俺は色眼鏡で見ているということか。
「それに、かりんの側にいるだけであたし自身もそんな目をしなくなってきた。かりんの隣にいると訳ありな子がよく集まるから。誠はどんな子なんだろうね」
訳ありな子。そのカテゴリーでは俺もそれに入ってしまうだろう。だが、俺は話さないでおきたい。これは俺の問題で他人に理解してもらいたいとも思っていないからだ。
「どんな人間なんだろうな」
「すっごく興味あるんだけどな。ま、どんだけ強がってもかりんには見抜かれるから覚悟しておくといいよ」
夢は俺の目の前で手を叩いた。
「はい、話はここまで。次は誠の出番。ここをどうやって脱出する?」
自分は考える気がないと言わんばかりに夢は肖像画を見ていた。
その方が俺はありがたい。夢は考えるタイプではなさそうなので心配ない。だが、聖弥や虎之耶みたいな考える奴がいると考えがぶつかる時がある。他人と考えがぶつかるのは好きではないのだ。
「夢はどうしたらいいと思う」
考えがぶつからないのは嬉しい。だが、今回は考えつまり知恵ではなく知識が必要なのだ。俺の持っているこの学校に関しての知識は一生徒の枠内でしかない。なので、夢の知識を知っておきたかったのだ。なのに、夢は最も簡単な答えしか言ってくれなかった。
「窓ガラス割って飛び降りる」
「ここは三階だ。かりんじゃないんだから死ぬぞ」
「でもさ。もう時間もないしどうする?かりんに負けるのは嫌だからね」
夢の言うとおり残り時間は20分もない。何が起きるかはさっきのヒントでおおよそ予想がつく。予想が当たっているとしたら早くヒント1を解いて爆弾を止めなければならない。みんなをコケだらけにされては困るからな。
「そうだな……ガラスを割るぐらいなら怒られずに済みそうだが、カーテンを裂くのは問題になりそうだし、何より時間がないな」
「カーテン?何するの」
「簡単な話だ。かりんのやったことを真似するんだ。この下は教室だからガラスを割れば出入りはできるだろ。命綱の代わりにカーテンを使おうと思ったんだが」
俺が言い終わる前に夢はカーテンを引き千切っていた。刃物もないのに手で裂けるはずがない。それが諦めた理由だ。
だが、夢は簡単に縦に裂いていた。
「なんで切れるんだ?」
「カッターナイフ。かりんの直結なら七つ道具ぐらい持ってないと」
輝く刃を見せると夢は怒りが蘇ったかのようにカーテンを切り裂き始めた。時折、笑い声が入り怖く感じた。
「ま、待てって、綱が出来上がったとしても危険なことには変わりないだろ」
「これぐらいのこと危険なうちに入らない」
「やめとけって、聖弥が見つけてくれるのを待った方がいいって」
「いや、時間がありませんからここは挑戦してみたほうがよいのでは」
「そうだよね。怖いなら誠はここで待っていればいいじゃない」
夢は腰にカーテンを巻いて窓枠に足をかけた。俺はカーテンを引っ張り夢を引き止めた。
「やめろって、もうじき聖弥が来るから」
「どうでしょ。意外と自分は薄情ですから」
「そ、聖弥はここぞってときに裏切るから……て、」
背後に俺を突き落とそうとしている聖弥がいた。
「あら、気付きましたか」
「いたなら言えよ。ってか、どうやって入った」
すると、聖弥は鍵を見せた。丸い金属の輪に数多くの鍵がついたそれは学校のオリジナルの鍵のようだ。
「学校を回るには必要でしょ。意外と簡単に貸してくれましたよ」
俺達は窓から飛び降りる計画を即中止した。そもそも、漫画や映画の世界ではないのでそんなことをしたら精神科のお世話になりそうだ。それに、そんなことを本気でやろうと思うのはかりんぐらいだろう。でも、夢も実行しようとしたんだよな。かりんに侵されているのだろう。
「で、赤かりんからは何か聞き出せたか」
「まあ、そこそこ。三つの爆弾のうち一つは理科室のもののことだそうです。残り二つなんですけど、その内一つは外れでもう一つは当たりだとか。当たりを選んで生徒みんなを喜ばせれば自分達の勝ちだそうです」
ようやく目標が分かった。だが、聖弥は悩んでいるようで首を傾げていた。
「ですが、どこにあるか検討がつきません。『なぜ生徒は避難した』と言われましたが、意図が分かりません」
生徒がみんな校庭に避難したのは、爆弾が爆発した際の安全を考えてのことだ。しかし、かりんの仕掛けた爆弾にとってそれは不都合なことだ。かりんの仕掛けた爆弾は理科室の件のようなものだと思う。爆弾の側にいる人間に被害を与えるもので、そこまで威力は高くないだろう。なのに、生徒が外に避難してしまった。これでは生徒全員に被害を及ばせることはできないだろう。
そう考えるとあの放送も不思議なものだ。あの放送では全校生徒が外に避難するのは目に見えている。俺達に爆弾探しをさせたいだけならメールや電話で済ませればよかった。現に理科室に集まったのもメールがあったからだ。やはり、生徒を外に出したのには何か意図があるのだろうか。
考えられるのは爆弾もしくはそれに近い物で全校生徒に被害を与えるために外に出した。だが、校庭に爆弾を仕掛けてもすぐに見つかり駆除されてしまう。
かりんの計画を成功されるには生徒全員を校庭に出さなければならなかった。そう考えると爆弾が違うのか。くそ、決定するためのヒントが足りない。
「赤かりんは他に何か言ってなかったのか」
「そう言えば詩音の頼みでもあるあるって言ってたな」
「詩音のか。そう言えば今日休みだったっけ。夢、詩音はなんで休みなんだ」
「詩音の昔からの友達の目の包帯が取れる日だから付き合うんだってさ」
4月も終りかけた今日。今日は兄貴や兄貴の知り合いにとっても特別な日だそうだ。それをかりんが知っているとしたら…。
「時間もないし、試してみるか」
「おや、誠君。分かったのですか」
聖弥の問いに頷くと俺達は音楽室を出た。
星川小学校には昔から学校伝説と言うものが存在する。臨海学校のキャンプファイヤーもその内の一つだ。今回の事件が学校伝説になぞらえて行われたものだとしたら。
俺達が来たのは屋上だ。そこにはかりんだけがいた。
落下防止用の柵がない屋上の淵には筒のようなものがいつくも並べられていた。その筒には線が繋がっていて、その線はかりんの側の機械に集まっていた。
「ようやく来たのらね。マコちんもようやく思い出したのらね。今日という日のことを」
「ああ、だが、分からない。仕返しをするとはどういう意味だ。俺の覚えている限りでは悪い伝説ではなかったはずだが」
するとかりんは俺の後ろを指さした。そこには俺達の会話を理解していない聖弥と夢がいた。
「あちきが小学生の時から既にこれは始まっていたのら。テストばかり考えていて今日の伝説のことなんてすっかり忘れているのら。そのくせ、キャンプファイヤー伝説は信じる。伝説の全筋を知らずに一部だけに頼る。そして、伝説に裏切られると怨む。そんな馬鹿どもに神の裁きを下して何が悪い」
「悪いに決まってるだろうが」
「誠、何のこと言ってるの?」
夢が俺とかりんの会話を割って入ってきた。会話の内容をかりんも知ってもらいたいらしく黙った。
「星川小学校の四大伝説って知ってるか」
「夏のキャンプファイヤーの前で告白すると絶対に成功するってやつ?」
「秋の大会で応援してもらって試合に勝つと両想いになれるというのありますよね」
夢と聖弥が知っているのはそんなものだろう。この二つの伝説は今でも良く知られているものだ。だが、あと二つは知られていないほど廃れてしまったものだ。
「あと、冬のクリスマスにクリスマスパーティーで二人きりになれればみんな公認の仲。そして、今日、春の昼間に花火を見ると素敵な出会いができる」
春夏秋冬、出会いから公認まで1連なりになった伝説。すべて行うことで完成する恋の伝説。かりんが怒っているのはそれを無視して一部しか行わないのを怒っているのだ。
「ですが、伝説は伝説。実際に行って叶った人などいないのでは」
聖弥に賛同してやりたいのだが俺にはそれができないのだ。なぜなら、俺の両親はその伝説の成功者なのだから。
するとかりんは自分自身を指さした。
「残念ながらあちきが生きる伝説なのら。それよりいのらか。あと三分でみんな水浸しなのら」
俺と聖弥は笑うかりんの足元へかけよった。そこにはケータイ電話が繋がっていた。
「ぬふふ。これが最後の関門なのら。四桁の数字を入力すれば放水は阻止できるのら。それでは、健闘を祈るのら」
そう言い残すとかりんは屋上から飛び降りた。
俺達は慌てて駆け寄った。すると、かりんは中庭の花壇の真中に2本足で立っていた。
「やっぱり大丈夫なんだ」
「はは、人間離れしてますね」
かりんはそのまま校舎の中に入って行った。
「ちょっと二人とも、かりんが人間じゃないのは昨日今日知ったことじゃないでしょ。それより、これ止めろよ」
俺と聖弥はかりんの仕掛けた時限装置を見た。電子回路は専門外なのでよく分からないので、下手にいじるのは不味いと思った。ので、聖弥に聞いてみることにした。
「止められそうか?」
「この短時間では無理ですね。パスワードを入力した方が速いです。ですが、一万通りもの入力を試す時間もありませんね」
パスワード。きっとそれを解くにはヒント1が鍵となっているのだろう。聖弥に頼ってしまうのは悔しいが、斎条たちが風邪をひくのと比べれば軽いものだ。
「両手で数えられる限界ですか?」
「ああ、かりんのヒントでそんなことを言われたんだ」
すると、聖弥は指折り数え始めた。その数え方は今まで見たことのない独特のものだった。
「なるほど、かりんにしては面白いことを…。分かりましたよ。その答え」
聖弥が四桁の数字を入力した。すると、タイマー表示は消えた。
その数秒後、俺達の勝利を称えるようにピンク色の花火が幾つも空に咲いた。
ぬぅ〜、セイちんには見事とかれてしまったのら。
諸君はパスワードが分かったかななのら。