第40話 2人の天才と2人の悪魔
俺達は興奮する夢を連れて放送室へ向った。星川小学校の放送室は四階にある。放送室に行くには一つしかない階段を登るしかない。つまり、放送室の近くに先生達がいたら、即捕まり校庭に追い出されてしまうのだ。
三階まで上がった時、数人の先生に出会った。男性の先生だけで各自さすまたを持っていた。
「君たち何をしている。すぐに外に出なさい」
予想通り先生が止めにきた。しかし、肩を捕まれた夢はそれを振り払って先生をにらみつけた。
「うっさい。邪魔じゃボケが」
理科室を出てから夢はずっとこの状態だ。全身から不機嫌のオーラを出している夢を先生は止められなかった。
「ま、待ちなさい」
形だけでも止めようと声を掛けたが夢は止まらなかった。戸惑う先生に聖弥が近づいた。
「先生方。先ほどの放送の犯人が誰だか想像できていますよね」
「もちろんだ。中学校の連絡でかりんは今日休みだそうだ。まったく、今回は何を考えているのだか」
「でしたら、自分達に任せてもらえないでしょうか。先生方は生徒の安全の確保を」
「だがね。君たちも生徒だ。私は君たちも守る義務がある」
「ですが、彼女を止められるのは自分達だけだと先生方も心の中で思っていられるのでは?」
先生達は辛そうな表情をした。聖弥の言う事は間違っていないようだ。確かに、教師が生徒に手を上げた時点で問題になる。この場合、同じ生徒同士の方が何かと都合よいだろう。
「それに、かりんとぶつかり合うなら、生徒同士の方がよいのでは?」
先生達は俺達に聞こえないように話し合って俺達に頭を下げた。
「これ以上大騒ぎにならないように……怪我をしないように気をつけてお願いできるか」
「善処します」
聖弥の返事に頷いた先生達は階段を降りて行った。
俺達はさらに階段を登ると最上階の四階に来た。そこは短い廊下と放送室の扉しかない所だ。
放送室の扉は見るだけで分厚いと分かる防音用の扉だった。その上には『放送室』と書かれた蛍光灯が赤く光っていて使用中だと言っていた。
扉の前には夢しかいない。先生も警察も大人は1人もいなかった。
「おら、出てこいや。でてこねぇならけり破るぞ!」
「ぬふふ、そんなこと言われて出るほど馬鹿じゃないのら」
夢は放送室の扉を何度も蹴っていた。しかし、クッションが施された扉をいくら蹴っても大きな音はしなかった。
夢の性格の変わりように恐怖を感じるが、あれほど酷いことをされたのだ。あれぐらい怒っても当然かと思ってしまう。だが、その怒る夢が面白いのか放送室の中からかりんの笑い声が聞こえた。
「それにしても、警察がいないのは変な話だな」
これほど大きな事件だ。学校はすぐに警察に連絡するもんだと思っていた。
「警察はありえませんよ。この学校では」
俺の疑問に答えたのは聖弥だった。
「もし、本当の爆弾テロで犯人が分かっていなかったらすぐに通報しているでしょう。ですが、今回の犯人はかりん。かりんとは言え中学生の生徒です。そんなかりんが起こした悪戯に警察を呼ぶのでは誤報扱いです」
なるほど。相手がかりんでは先生達もどう対処すればいいか分からないのか。警察では大きすぎるし自分達では手に負えない。そんな微妙な状況だったのだ。
「さらに、学校の面子もあるでしょうしね」
俺が首を傾げると聖弥は続けた。
「もし、警察にかりんが捕まった場合、全国ニュースで報道されるでしょうね。『中学生、恨みを晴らすために小学校テロ』って、そんなことになったら大騒ぎ。ただでさえ生徒数が減ってきているこの学校のイメージが悪くなる報道は避けたいのでしょう」
「ひでー話だな」
「ですね。さらに、かりんの相手を自分達に任せたのにも裏があります。生徒同士でのいざこざなら喧嘩で済ませられる。さらに、あの放送も悪戯で済む。もし、先生達がかりんを捕まえたとなるとPTAにばれたとき言い訳ができませんからね」
聖弥の奴、この短時間で先生達の考えをそこまで読んでいたのか。それに、俺の知らないことを知っている。この知識と回転の速さはすごいと思えた。
「それが分かっていてあの交渉をしたのか?」
「ええ、確証はなかったのでいくつか手を考えていたのですが、思ったより簡単に行きましたね」
扉を蹴りつかれた夢が荒い息を整えながら戻ってきた。
「駄目、全然開かない」
「困りましたね。かりんの目的は分かりませんが、爆弾もしくはそれに似たものを探さなければならないのでしょう。なのに、何の手がかりもないこの状況で闇雲に探しても」
「あ、それなら、これ放送室の扉に張ってあったんだけど」
夢が出したのは一枚の紙だった。その紙にはかりんの直筆の文字で今回の主旨が書かれていた。
『ハローなのら。これからヒントを頼りにあるものを見つけてもらうのら。もし、失敗したら全校生徒が悲惨なことになるのら。がんばるのらよ』
「明様な挑戦状だな」
「ですね。それに、全校生徒が人質となるなら少々本気を出さないといけないようですね」
聖弥が代表してヒントとやらを読んだ。
「どれどれ…『やーい、ばーか。誰がヒントなんかやるかって。爆弾は自分の力で探すんだなおろかものどもめ』だそうですよ」
「てめー、どこまで人を馬鹿にしてやがるんだ!」
人を馬鹿にしたかりんのヒントに夢は再び切れて扉を蹴り始めた。
「出てこい。今なら一発で楽にしてやる」
「ぬふふ、怒ってるのらね。ユメちん」
嘲笑うかりんの声がした。かりんの声が聞こえたのは放送室やスピーカーからではない。俺達の後ろから聞こえたのだ。
「かりん。なぜ後ろにいる」
怒り狂うっていた夢だったが、かりんの予想外な所への出現に驚きすぎてどう対処すればいいか分からないようだ。
「ぐふふ、やはり凡人の考えしかもってないのら。放送室から出るのは扉からとは限らないのら」
笑うかりんが指さしたのは窓だった。まさかだと思う。ここは四階だぞ。
「窓から出たのですか。無茶をする。落ちたらどうするつもりだったのですか」
聖弥はかりんなんかの心配をしていた。かりんなら落ちても問題なさそうな気もする。三回転宙返りをして見事な着地を決めそうな人だからな。
「心配無用なのら。こう見えてもあちきはフリークライミングが得意なのら」
それでも何も装備をしていない。さらに掴む所の少ないコンクリートの壁を手の力だけで移動するのは危険だろう。それだけ自信があったのだろう。それに、落ちたとしても本当に大丈夫かもしれない。
「じゃ、健闘を祈るのら」
そう言い残すとかりんは階段を降りていった。
「………逃げやがった!」
夢の声にようやく動くことができた俺と聖弥はかりんを追いかける夢に続いて階段を降りた。
一つ階を降りて三階に降りるとそこには仁王立ちしたかりんがいた。追いかけたかりんが逃げもせずそこにいた。しかも2人も。
中学校の制服、身長、顔、何をとってもまったく同じかりんが2人いた。唯一の違いは髪につけたリボンの色ぐらいだ。赤いリボンと青いリボン。わざと見分けがつくようにしているようだ。
「ぬふふ、困ってるのら」
「ユメちん。どっちを捕まえるのかな?本物のあちきがどっちか分かるかな?」
「無理なのら。ユメちんはお馬鹿さんだから分からないのら」
「そうなのかな?ユメちんはやっぱりお馬鹿さんなのかな?」
赤かりん青かりんと交互に夢のことを馬鹿にしていた。また夢が取り乱して殴りかかると思ったが苦い顔をしていた。
「かりんが2人。面白いですね」
聖弥の顔は笑っているが心はめんどくさがっていると思う。実は俺もそうだからだ。
「厄介な奴が来たな」
夢はかりん増殖の正体を理解しているようだ。
「夢、あれはかりんと誰なんだ」
俺が聞くと夢は爪をかみながら二人を睨んでいた。
「かりんの妹、笹山ゆず。星絵小学校の三年生。見て分かると思うけど、かりんと瓜二つで見分けがつけられない上に性格も同じ。厄介な子だ」
妹。小学生三年生の妹と見た目が変わらない中学三年生の姉か。妹の成長が早いのか姉が餓鬼のままなのか。たぶん、いや絶対に後者だな。妹が小三なら納得できる。小三でかりんと同じ思考なのも困るがな。
「でも、見分ける必要なんてないな」
夢は不敵な笑みを浮かべてかりんとゆずに近づいていった。
「およ、ユメちんついに壊れたのかな?」
「うんうん。壊れたのら」
夢が二人に触れようとしたが二人は別々の方に逃げた。
「ユメちん。もしゆずを殴ったらどうするのら?」
「間違って殴られる方はたまったもんじゃないのら」
それでも夢は笑みだった。
「大丈夫。2人とも殴れば半分正解だから。それに、ゆずもあれだけ悪口言って許されると思ってんじゃねぇぞ」
かりんとゆずは飛び掛る夢からバラバラに逃げた。
「くっ、姑息な手を」
左右別々に逃げる二人のどちらを追うか迷っている間にも二人はどんどん小さくなっていった。
「致し方ありません。二手に分かれましょう。二人は青い方を自分は赤いほうを追いかけます。もし、30分経っても捕まえられなかったら体育館に集合という事で」
俺と夢も聖弥の提案に頷き二手に別れた。
俺達が追いかける青かりんは音楽室に逃げたように見えた。