第4話 友達にすがりたい時
帰り道はまだ明るいが、俺達二人しか居なく寂しいものだった。歩いている間ずっと松島は、斎条の話ばかりしていた。
「最近の愛華ちゃん何か変なの、いつも教室に居ないし、たまに見つけても忙しいからって」
休み時間はいつも屋上の扉前に居たのだろう。
「話ができても『うん』とか『そうだね』しか返ってこないし、いつも疲れた顔してるの」
そりゃ、嫌な奴に付きまとわれたら疲れるよな。
「この前までは、遊園地に行きたいって愛華ちゃんも言っていたのに何で今朝は賛成してくれなかったんだろう」
その場しのぎで『そうだね』とか言っただけだろう。
「愛華ちゃんには困るんだよね。疲れているか何か知れないけど、それだけで雰囲気変えられたら話しできないって」
「斎条とはどんな話をするんだ」
「色々話したよ。でも、いつも私からで愛華ちゃんから質問されたこと無かったから盛り上がらないんだよね」
「斎条以外にどんな友達ができたんだ」
「沢山できたよ。でも、愛華ちゃんが一番仲良しかな、お互いが必要としている仲なの」
「そんなにいいのか、見た感じそんなにいい奴には見えないけど」
「愛華ちゃんのこと何も知らないくせに」
何も知らないくせに………その言葉が頭の中で木霊し、足が動こうとしなくなった。
「俺、やっぱ帰るわ」
もう少しで松島の家という所まで来ていたが、これ以上進むのが嫌になった。こいつの話を聞いていると、自分も感情を出してしまいそうだ。
「何で、そっちから誘ってきたのに」
「話しながら帰ろうって言ったんだ。お前と話していても、斎条のことしか分かんないだろ」
あの時から何年経っただろう。その時以来だと思う。ここまで自分の感情を表に出したのは。久々に思ったことを言えてスッキリもしていた。
「斎条の気持ちが分かったよ。お前、もう少し変わった方がいいかもな」
俺は、さよならの挨拶の変わりにそれだけ言い残し、松島から離れていった。
「変わるって何が、どう変われって言うの」
後ろから必死に叫ぶ声が聞こえる。その声に冷めた声で予め用意しておいた返事を返した。「さーな、一番の友達の斎条にでも聞きな」
次の日、ゴールデンウィーク前日なので、明日の話で盛り上がっている。いつもは分かれている男女だが今日は入り混じって話している。明日の予定にみんな興奮気味だ。特に男子達。いつもは話さない同士でも話している。友達の輪を広げる絶好のチャンスなのに松島は自分の席に座っているだけだった。俺も自分の席に座っていたが、話し掛ける事もなく大人しくしていた。しかし、それも斎条が来るまでで、伊藤と一緒に登校してきた斎条に近寄って行った。話し掛けているようだが、前面無視されているようだ。それでもしつこく付きまとっていた。
昼休み、雨が降っていて俺達男子は教室前廊下で何をするか考えていた。昼休みになると男子は教室から出てどこかに遊びに行って、教室は女子の話場として提供するのが昔からの慣わし、ルールみたいになっている。これも、小学校から自然としてきたことなので、伊藤達が作った暗黙のルールなのだろう。教室から男子を引き出していたのは五十嵐だったはずだ。
「何する、体育館は先輩でいっぱいらしいぞ」
小学校からの先輩だと言っても俺達はまだ入学したてだ。先輩達の中で遊ぶのは無理だろう。
「思いっきり走りたいよな」
「それなら童心に帰って鬼ごっこでもするか」
俺の提案にみんな反対はしてないが気まずい顔をしていた。
「いや、流石に廊下を走るのは問題だろ。先生に見つかったら面倒だしさ」
「だから面白いんだろ。無敵の鬼は先生で、先生の前では鬼でも歩くこと、捕まったら職員室前に待機、助けに行くのは可ってことでどう」
「いいんじゃない、廊下もいい具合に濡れていて滑れて楽しそうだし」
「怪我だけはするなよ。みんなそれで良いな」
返事をする代わりにみんな拳を出していた。
俺は校舎の隅だが袋小路になっていない所を見つけて、そこで隠れている。最悪なことに俺は逃げに入って、鬼に五十嵐が居る。奴は指揮するのが好きで、鬼達を上手くチェスの駒のように扱って責めてくるはずだ。そうなると、こっちは体力勝負だ。俺が今居る所は、後ろは行き止まりだが、前には階段左には長く職員室にいける廊下、逃げ道の確保は完璧だ。さらに、結露した廊下や階段を歩くと、擦るような音がする。逃げる側には最高の場所だった。
「付きまとうなって言ったでしょ」
後ろから聞こえたのは伊藤の声だった。即座に隠れたから何人いるか分からないが、伊藤と松島がいるのは分かった。
「愛華も嫌がっているのも分かったでしょ、あんたの友達って誰かいるの」
「いるよ、クラスのみんな友達なんだから」
「それはあんたがそう思ってるだけじゃないの。そんな自分勝手な所が迷惑なの、言っておくけど、あんたに友達なんて一人もいないんだからね」
「何でそんなこと言われなきゃいけないの」
「言われなきゃって、みんなの嫌そうな顔見て分からないのが問題なの」
「分かるはずないじゃん。みんな笑ってるだけなんだもん」
伊藤と松島の口論は、俺が何とか聞ける声だが心に重く響くものだった。まだ、暴力まで行っていないからいいのだが、それも時間の問題のようだ。
「あんた明日からどうするの」
聞こえてきたのは落ち着いていて、伊藤でも松島の声でもなかった。
「愛華ちゃん……どうするって」
「友達もいないのに学校に来るつもり」
「でも、愛華ちゃんが」
「私が何?友達だとでも言うつもり、本当に鈍感なんだね」
「分かんないかな、もう来るなって言ってるんだけど、もう諦めたほうが楽だよ」
床を擦る音がして二人がこっちに歩いて来た。俺は逃げることもなく二人の顔を見た。その顔は、暗くもなく笑顔でもなくただ普通に歩いている時の顔だ。
「中本君、居たんだ」
伊藤達に見つかって、どうなるかと思ったが普通に接してきた。その横にいた斎条にいたっては、笑顔で俺を見ていた。
「私も動くことにしたから」
斎条を残して伊藤は先に教室に戻っていった。
「伊藤って優しいんだな」
「うん、未来は優しいけど今の見ていてそれ言える中本君は変だよ」
斎条は笑顔で手を振って伊藤を追いかけて行った。
伊藤達が居た所には、小さくなって顔を伏せた松島がいた。その姿は今まで見せたことがないもので、松島の明るくて騒がしい性格からは想像のつかないものだった。
「捕まえた」
死角だった後頭部から腕が伸びてきて体を拘束された。そのまま首を絞められ始めた。
「ギブギブ、今は待ってくれ」
引き離したそいつは五十嵐だった。俺は、五十嵐に今の状況を話して鬼ごっこを抜けることを告げた。
「分かった。がんばれよ、先輩」
「うるさい」
俺は小さくなっている松島の横に座った。座っただけで松島は今の気持ちを話し始めた。
「何を言っても笑ってくれてみんな私を必要としてたと思ってた。みんなの笑顔は無理してるんだって何となくだけど分かっていたんだ。分かっていたんだけど、私がみんなを楽しませているって思っちゃってさ、だから気のせいだ、きっとこんなもんだって自分に思い込ませたの。それに、みんなが友達じゃないって考えるだけで裏切ることになるし、唯一の救いも無くなっちゃうかもしれない。本当に一人になっちゃうかもしれないって思っちゃうの」
顔を深く伏せ俺に表情を見せないように話していた。松島が出す言葉一つ一つは、今まで苦しんで溜め込んでいた彼女の心からの声で、その言葉はどれも傷だらけのように聞こえた。
「最後の支えだった愛華にもあんなこと言われちゃって、本当にもう友達一人も居なくなっちゃった。伊藤の言う通り、学校に来るの止めようかな」
俺は立ち松島から離れた。今、彼女の顔が一番見たくなかった。
「学校に来るか来ないかはお前の自由だが、本当に友達はもういないのか」
「そうだよ。友達って呼べるのはもういないの」
「俺がお前の初めての友達じゃなかったのか」
返事は返ってこなかった。松島は俺が友達だったことなんてもう忘れてしまっていたのだろう。あまり話さなかったし偽りとはいえ友達も沢山できていたから、俺なんて必要なかったのかもしれない。所詮、友達作りの切っ掛けにしか使われない存在だったのだ。それでも、松島の友達との付き合い方は、多かれ少なかれ俺にも責任がある。それに、クラスの輪から外れているこいつを救うのも俺の仕事なのかもしれないとそう思う。
「お前はもう友達だと思ってないかもしれないけど、俺は嫌じゃないぞ。明るくてお前と一緒に居ると退屈しないからさ。話す相手がいない時は、俺が聞いてやるからさ」
「分かっているようなこと言わないでよ。一番の問題は中本君自信なんだよ」
後ろからの激怒した声に驚き振り向くと、目を赤くして松島が立っていた。さっきまで弱気な声を出していたのに今は強気な目で俺を見ていた。
「俺が問題ってなんだよそれ」
「はっきりしないから問題になってるの。中本君が」
松島が言いかけた時、チャイムが鳴った。チャイムを聞いた松島は、疲れたため息を吐いていた。勢いを失ったようにも見えたが、安心した顔にも見えた。
「続きは帰りでいいか」
「うん」




