第39話 かりん様の華麗なる先制攻撃
「こんなもんだな」
算数のテストを裏返してクラスを見渡した。終了まで20分しかないが、みんなまだ机に向っていた。四年生(去年)に習ったものなので難しいテストでもなくケアレスミスがなければ満点だろう。
4月下旬になり桜も緑の葉が増えてきたこの時季はテストの時期として小学生を苦しめている。もしこのテストのできが良くなかったら補習を進められるからだ。
放課後や休日に補習をするそうだが強制力はなく参加自由だ。だが、一つ下の学年のテストをできなくていいのかと先生が見えない力で迫ってくるそうだ。ので、このテストで50点取れないと今後の休日が危うくなるということだ。
なので、みんな必死なのだが俺にとってはどうでもよいことだ。今回は自信があるし、万が一50点以下でも補習を受ける気もない。調子が悪かったといえば済むことだ。
暇な20分。緑と青の夏の景色になりつつある中庭を見ながら次のテストの国語の予習をすることにした。俺は、テストの裏に覚えている限りの文豪の名を書いていった。
「あーあー、聞こえるかな?」
制限時間まで数分となったころ、放送のスピーカーから聞き覚えのある声が聞こえた。
静寂の中に鉛筆の擦れる音しかしなかった清んだ教室に、真っ黒な墨のような声をぶち撒かれてみんな顔を上げた。担任の先生も不意をつかれスピーカーの電源を切れずにいた。
「あちきはこの学校の生徒に恨みを持つものだ。ので、あちきはこの学校に三つの爆弾を仕掛けたのら。この放送が終わってから一時間で爆発してみんな粉々なのら。ぬふふ、泣き騒ぐ声を楽しみにしてるのらよ」
かりんの放送が終ると近くの中本や伊藤はテストに戻った。俺も人名を再び書き始めた。
さらに、瑠璃川や斎条も少し考えてテストを再開していた。
だが、他の生徒はうろたえて私語が生まれ始めた。騒がしい手前でチャイムがなり先生はテストを無理矢理集め教室を跳び出て行った。
放送に混乱する教室は収拾をつけるのが面倒なくらい騒がしくなっていた。だが、俺達5人は次の国語のテストのため教科書を読んでいた。
「なあ、五十嵐。さっきの放送なんだと思う」
「爆弾テロだろ?気にすることじゃねえよ」
「ふーん」
中本の質問に軽く答えた。中本自身、さほど興味が無いようで話の種として聞いてきただけのようだ。
「もし爆発したらどうなるんだ?」
「学校がなくなって大変だな」
「五十嵐君の言うことが本当なら私は困るなぁ」
話に入ってきたのは斎条だった。テストの時季になると斎条は話すことが減り俺達と接することが減る。勉強熱心といえば聞こえがいいのだが、ただ単に勉強が得意ではないからだ。一夜漬けの付け焼刃でいかにも崩れそうで余裕のない斎条が話しかけてくるのは珍しいことだった。
「学校がなくなったらみんなバラバラになるでしょ。そんなの嫌だな」
俺、斎条、伊藤の3人は昔ながらの付き合いでいつも一緒にいた。もし、一人でも足りないと周りのみんなが心配するぐらい3人一緒があたりまえだった。
そこに中本が入って来た。たった1年で中本がいることもあたりまえになった。そして、瑠璃川もそうなりつつあった。
斎条が言ったのはそんな仲が崩れるのが嫌だといいたいのだろう。でも、この学校がなくなった場合、斎条の知り合いで離れてしまうのは中本と瑠璃川と椎名ぐらいだ。昔からの長い付き合いの俺や伊藤とは別れることはない。だったら、この学校は斎条にとって中本の側にいるだけの価値しかないのだろうか。
そう想ってしまうと、かりんが本当に爆弾を仕込んでいてくれると嬉しいと思ってしまう。
「大丈夫だろ。いくらなんでも今の日本で爆弾テロが成功することはないだろうよ」
「それをしたのが普通の人ならな」
俺を否定したのは夢だった。休み時間なので他クラスの夢がここにいるのは不思議ではないが珍しい客であることに変わりはない。夢を見た伊藤や斎条は黙ってしまったが、瑠璃川だけが興味ありげに俺と夢を見ていた。
「何しにきたんだ?」
「さっきの放送聞いたでしょ。学校にかりんが来ている。捕まえに行くよ」
「別にいいだろ。先生達に任せれば」
「それができないから呼びに来たの」
休み時間終了のチャイムが鳴ると先生が入ってきて生徒が席に着くのを待たずに用件だけを言った。
「みんな、すぐに校庭に出てください。決して校舎に残らないように」
先生が教室を出て行くと、それに続くようにみんな教室を出て行った。斎条も伊藤も瑠璃川も出て行った。俺と中本は夢と教室に残っていた。
「五十嵐は校庭に行かないのか」
「夢が一緒に来て欲しいといっているのでね。で、中本はどうするんだ。一緒に来るか?」
「五十嵐が何するか興味あるけど、厄介ごとに巻き込まれそうだから遠慮しておく」
意外と鼻の利く中本は手を振って教室を出て行った。
「さ、聖弥が待ってる。早く行くよ」
「へいへい」
俺は力なく席を立って夢についていった。
夢につれてこられたのは理科室横の準備室をかねた倉庫だった。埃っぽい空気と教室にはない独特の木の匂いがする部屋だ。部屋の中は動物の剥製や人体模型など授業で使われたことがないもので溢れていた。
窓際には緑の藻が繁殖した水槽。その正面に資料の山を無理矢理跳ね除け空間を作った机が置かれていた。
机と対の椅子に聖弥が座っていてくるくる回っていた。
「ようやく来てくれましたか。待っていましたよ」
「呼ばれた理由ぐらいは分かるが、本当なのか?いくらかりんでも爆弾は無理だろ」
聖弥は一通の封の切られた封筒を差し出した。黒い封筒に『挑戦状』と白い文字が書かれていた。夢は封筒には興味が無いようで水槽を見入っていた。
封筒の中には新聞の文字を切り貼りした手紙が入っていた。
『アチキノオクリモノキニイッテモラエタカナ。ウソダトオモッテイルトイタイメヲミルノラヨ。タメシニホウソウカラ10フンゴヲタノシミニスルノラ』
「10分後?そろそろだな」
「ええ、それに、ここで起きるそうです」
「どうしてそう言い切れるんだ」
すると聖弥はケータイを出した。その画面にはかりんからのメールが表示されていた。
『うっす。かわゆいあちきの声が聞こえたら理科室に行くといいのら』
「こんなメールを信じて本当に来たのか?」
「はい。面白そうでしたから」
聖弥の行動の基準は面白いかどうかなのだろうか。それではかりんと同じな気がする。
「何が起きるか分からないのにか?」
「ええ、もし本当に爆弾があったとしても誠君と一緒なら天国でも退屈しなさそうですから」
「聖弥は確実に地獄だけどね」
「そうかもしれません。でも、閻魔との対決も面白そうですね。……そろそろ時間ですね」
夢の嫌味にも用意していたかのような返事をした聖弥は時計を見て立ち上がった。
周囲を見渡す聖弥。俺もつられて怪しそうな場所を探した。夢は何が起きるか興味がなさそうに椅子に座っていた。
探してみたが怪しいものはなかった。理科準備室に不似合いなダルマや招き猫が置かれているならすぐ分かる。だが、普通の準備室だ。
「はったりじゃないのか」
「いえ、必ず何かあります。楽しむためなら銀行強盗も惜しまないような人ですから」
「ねえ、これ誰がした?」
夢が差し出したのはビーカーの中に入ったメダガだ。片手でも持てるほどの小さなビーカーに数十匹のメダカが入っていた。飼育するには不自然だ。水槽の掃除をするときなど一時的な避難なら分かる。だが、ここには大きな水槽があるのにそれをしている意味がない。
メダカを水槽から出す必要があるのは……。
「まったく、酷いことする」
「す、ストップ!」
「夢待ってください」
夢は水槽にメダカを戻そうとした。それを俺と聖弥が同時に止めた。咄嗟の大声に夢は肩を震わせ固まった。
その瞬間を待っていたかのように水槽が音を立てて爆発した。緑色の藻が混ざった水が夢の頭から襲い掛かった。
頭から藻水をかぶった夢は動かずにいた。肩や髪には藻が着き、長年前からそこに生えているかのように一体となっていた。
「か、か、か」
体を固めたまま夢は震えていた。爆発に驚きながらも落とさなかったビーカーの水が波打っていた。
「かーりーん!」
水槽の側面には緑のマジックで『玉手箱もびっくり。一瞬でコケだらけなのら』と書かれていた。緑色の水がなくなって初めて見える文字だった。
からになった水槽の中には透明な箱があった。その箱の中には時計や電気回路があり時限タイマーつきの爆弾があったようだ。手作りのようで本格的で十分な威力を持っている。ケータイを作れるほどのかりんなので、爆弾を造れても変な話ではないのだろう。
「殺す!殺す!殺す!絶対にかりん泣かせたる」
「まーまー、夢落ち着きなさい。ここはまず虎之耶に応援を頼みましょう」
聖弥は対かりん用兵器の虎之耶を呼ぼうとした。だが、電話が繋がらないようだ。
「かりんの作ったケータイだ。電波を遮断するぐらいお手の物だろ」
聖弥も頷きケータイをしまった。聖弥は鞄からスポーツタオルを出して夢に渡した。
「風邪を引きますから使ってください」
「あ、ありがとう」
さらに聖弥は鞄から別のケータイを出した。個人用のもののようで誰かに電話をしていた。だがすぐに肩を落として首を振った。
「虎之耶も龍真も無理だそうです。夢、詩音はどこにいますか?」
タオルで髪を拭いている夢が首を振った。
「詩音は無理。大事な用があるから補習受ける代わりに今日はサボリ」
「となると」
聖弥は俺を見た。言いたいことは分かったが頷きたくなかった。
「誠君。お願いしますよ」
「分かったよ。手伝うよ」
ここまで本気の爆弾を仕掛けられたんだ。挑まないのはプライドが許さなかった。
「かりんは本気できてます。こちらも本気であたりますよ」




