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第37話 かりん様ご立腹

 ホームに出ると開けた場所があった。柱を中高生が避けるように広がったその空間には2人の男子小学生がいた。1人が俺に気付き俺の前まで来た。

「五十嵐誠だね。南海堂聖弥です」

 礼儀正しくて真面目そうな奴だ。聖弥の差し出された手を握ると見た目と違って握力があった。柱に寄りかかって俺達を見ていたもう1人の男が俺の前に来た。

「お前があの五十嵐か。楽しくなりそうだな」

 聖弥といたもう1人の男は、俺や聖弥と違う七ヶ橋小学校の制服を着ていた。俺より少し背が高く、俺と違い見た目どおりの正確をしてそうだ。お世辞にも真面目そうとはいえない。

「赤井龍真。喧嘩には負けたことない。何かあったら呼びな」

 差し出された手を俺は握らなかった。その顔からは何か企んでいるように見えたからだ。

「警戒してるねぇ。それにしては、兄貴に簡単に捕まったんだよな」

 龍真は笑いながら差し出した手をポケットに突っ込んだ。

「で、わざわざ呼び寄せて何か話でも?」

「なに、これから長い付き合いになるかもしれないんだ。顔を覚えておこうと思ってな」

「でも、明日になれば顔を見れるんじゃ」

 俺のもっともの意見に2人は鼻で笑ってそれを否定した。

「誠君は知らないんですよ。かりんたちの破天荒さが」

「だな。あの2人も明日集まるんだろ。落ち着いて話すなんて無理だと分かってることだ」

「詩音と夢のことですね。では、行きましょうか」

 聖弥は到着した電車に近づいた。電車から降りる中高生を待ち俺達が乗り込むといきなり龍真が倒れた。車内の真中で倒れた彼に誰も声を掛けなかった。聖弥もいつもと同じことだと言っているように席に座っていた。

「くっそー。英里、貴様小学生を足蹴にしやがって」

 龍真が振り向いた後ろには中学生の女の人だった。彦星中学の制服を着た彼女は龍真を文字通り見下ろしていた。

「あらあら、ごめんなさいねぇ。イライラしていたからつい」

「それが人を蹴っていい理由になると思っているのか」

「理由?あんたを蹴るのにそんなのいらないでしょ」

 ホームで龍真を嘲笑う英里に龍真は襟をつかみかかっていた。すると、扉が閉まり龍真を置いて電車は動き出した。

「置いていってよかったのか」

「電車を降りたのは龍真の意思ですから。それに、いつものことです」

 聖弥に進まれるまま俺は聖弥の隣に座った。流れる外の駅には龍真と英里が言い合っていた。それを囲む野次馬の中高生。それがいつものことだと我関せずと平然としている聖弥。こいつらとまともに話し合いはできないだろうとその時の俺は思っていた。


「遅いのら!」

 翌日の放課後、5分おきにかかってくるかりんの電話で俺は中学校の生徒会室に呼び出された。今回の生徒会室は並列して置かれていた机が片付けられソファーが真中に置かれていた。ソファーには不機嫌なかりんがケータイで電話しながら踏ん反り返っていた。

 俺が生徒会室に入ってからずっとかりんは電話をしていた。正確には電話の相手が出なくて小刻みにかけなおしているだけだ。相手は誰か想像はできた。生徒会室にいるのは俺と中学生2人だけだった。本当なら今日の放課後に他の小学生も来る予定だったのだが誰も来ていないのだ。

「コノちゃん。龍真はどうなった。弟をちゃんと管轄しろなのら」

「だから、龍真は昨日の帰りが遅かったから親父に怒られて今日は早めに帰ったんだ」

「そんなこと知らないのら。あちきとパパンのどちらが怖いのら」

「10倍増しでもおつりが来るぐらい親父が怖いな。それより、お前のお友達はどうした」

「それはあちきが聞きたいのら。ユメちんもシオちんも電話に出ないのら」

 1人では心細いので俺も聖弥に電話をかけてみた。すると、すぐに繋がった。が、それは留守番の音声だった。

『ただいま忙しくて電話に出られません。かりんさんじゃなければかけなおすのでお名前をどうぞ』

 ピーと発信音がなった。一応、礼儀として名前だけでも残しておこうと俺は名前を言った。すると、生の聖弥の声が聞こえた。

「もしもし、誠君ですか」

「聖弥か。なんだよ、出られるんじゃないか」

 すると、電話越しでも分かる苦笑いが聞こえた。

「いやー、誠君には言っておいたほうがよかったのかもしれませんが、自分達はかりんの相手をするのがめんどくさいので、逃げさせてもらいましたよ」

 電話の向こうでは騒音の中に数名の声が聞こえた。声を聞き取ると龍真がいるようだ。

「まさか、そっちにみんないたりするのか?」

 俺の質問に答えることなく電話を回す音がした。すると、聖弥ではなく龍真の声が聞こえた。

「よお、誠か。だから言っただろ、話なんてできないって。兄貴の相手頼んだぞ」

 一言言って次に回された。

「はじめましてかしら。東詩音ですよ」

 電話の向こうの女の子、東詩音は同じ星川小学校の子だ。俺はよく知らないが、伊藤があまりいい奴ではないといっていたのを覚えていた。学年は一緒だがクラスが違うのでその存在は詳しく知らないが、先生に反発的で自分の意見は絶対に正しいと言い切る子だそうだ。その自信はただの傲慢なのではなく、本当に正しいから厄介なのだそうだ。屁理屈を言っているのではないので先生たちも反論できないようだ。

「舞がそっちにいるようですから大切に扱ってね」

「は、はじめまして。神原夢です」

 詩音に変わって電話に出たのは神原夢だった。夢も詩音についで厄介な奴だと聞いている。同じ学年の女の子で、武術、特に剣道が強いそうだ。さらに、口が悪く喧嘩っ早く他校の生徒に殴りかかったこともあるそうだ。その夢と詩音は仲が良くよく2人で他校へ入り浸っているようだ。伊藤の話しでは詩音に負けないぐらい自分が正しいと思っている奴で、その話し方は荒々しいけど真っ直ぐに話すそうだ。しかし、その夢の声は裏返っていて焦っているように聞こえた。夢は何か言いたそうに口ごもっていたが俺が電話しているのを見つけたかりんが俺のケータイを奪い取った。

「あーもちもちぃ?ユメちん?いい度胸してるのら。あちきの呼び出しを無視してどうなるか分かっているのかな」

「はぁ?あのね、あたしの家は中学とは反対方向。いつも、ようがあるならそっちから来いって言ってるだろうが」

「ユメちん。あちきを歩かせようと、外の世界を歩けといっているのかね。か弱い女の子をこの日差しが強い中歩かせようと」

「てめぇ、あたしも女だ。それに、何がか弱いだ。野良犬追いかけてげらげら笑っているくせに」

 ケータイから聞こえてきた夢の声は飾り気の無い彼女の本当の声だった。その声に花は無いけど真っ直ぐ届くいい声だった。

「あーあのねぇ、ユメちん。今の話全部マコちんに聞かれてたよ」

「えっ、あ、ああ、……」

 かりんの一言で電話は途絶えてしまった。かりんは勝ち誇った顔でケータイを俺に返した。

「ふん。たわいのない奴め、あいきを無視したバツなのら」

 かりんがソファーに座りグラスに注がれたオレンジジュースを飲み干すと生徒会室の扉が開いた。そこには早瀬舞が立っていた。

舞は小学校で部活をしている人で知らない人はいないほど有名な保険委員の子だ。部活に関係なくどの試合にもいて救急箱片手にベンチに座っているのが星川小学校の常識になっている。舞は運動部のマスコットのような子で中学校の先輩にも人気がある。舞の兄が星川中学の教師なのも含め、中学校で保険委員として手伝いもしているようだ。

「ご、ごめんなさい。委員会の仕事があって遅れました」

 入り口で頭を下げる舞の前に虎之耶が膝を着いてひれ伏した。

「いいのだよ。早瀬ちゃんが来てくれただけで十分なのだよ」

 舞に手を差し出そうとした虎之耶の背中をかりんが蹴った。地面に虫のように倒れこんだ虎之耶は舞を見上げるように顔を上げてしばらく固まっていた。少しずつ笑顔になっていく虎之耶を見たかりんは頭を踏みつけて舞の手を引いて生徒会室を出て行った。

「かりん、貴様。俺を何だと思ってるんだ」

 虎之耶の怒鳴り声にかりんは冷めたような目で振り向いた。夢との電話を済ませてからずっとこの目で冷めているというよりかは怒りを通り越している状態だ。

「小さな女の子のスカートの中を見て興奮している馬鹿なペド野郎なのら」

 ぷい、と頬を膨らませ舞を無理矢理引っ張っていった。状況がよく分かっていない舞はどうすればいいかあちこち見ていた。

「あ、あの、かりんさん?」

「変態のコノちゃんなんてどうでもいいのら。マコちんも一緒にユメちんの所に行くのらよ」

 俺はかりんにズタズタにされた虎之耶に肩を貸しながらかりんについていった。


 かりんに連れてこられたのはファーストフード店のミャクドナルトだった。中学校の近くということで店内は学生が多くにぎわっていた。その中、壁際の隅を独占した小学4人組がいた。俺達に気付いた4人は手招きをしていた。虎之耶と舞はその手招きに誘われ、俺は何か買うために列に並んでいるかりんの側にいた。

 かりんが列に並んでいるのに気付いた学生達がかりんのために前を譲っていった。そして、待つこと無くかりんは店員の前に立った。すると、かりんはポケットからクーポン券を出してカウンターに叩きつけた。

「これで買えるだけ出すのら。それと、スマイルを5つなのら」

 クーポン券を見た店員は注文に反して苦笑いをしてマニュアルどおりの対応をした。

「お客様、こちらの期限は昨日までとなっております」

 ニコッ、と彼女は笑顔を見せたがかりんもそれに対して微笑み返した。

「だから何なのら?一日遅れただけで駄目なのか?」

「はい、駄目です」

 かりんのアホな質問に当然ですと店員が答えた。しかし、かりんは納得していないようだ。

「まったく、小さい奴なのら。広告のクーポン券で誘ってそれ以外でもうけようという裏システムを知っていながらその策に乗ってやっているのに。店長を呼べ店長を!」

 カウンターをバンバン叩くかりんに店員の女性は困りきっている。俺はかりんとは他人のふりをしていた。店員は困った顔でかりんを説得しようとしていたが泣きじゃくる子供よりかりんは手がつけられなかったようだ。騒ぎを聞きつけて奥から店長らしき人が来た。

「店長、どういう教育をしてるのら!あちきはこんな奴をアルバイトに認めたつもりは無いぞ」

 かりんの身勝手な主張に店長は平謝りしていた。身勝手で滅茶苦茶なのになぜ店長はかりんの説教じみたクレームを黙って聞いているのだろう。

「はあ、ご指導ご意見ありがとうございます。かりん様には頭が上がりません」

「うっすい頭なんか見たくないのら。こいつをクビにするのら」

 かりんは店長の下げた頭をぺちぺちと叩いていた。

「で、ですがかりん様。このように人手が足りない状況で彼女に辞められると売り上げに」

「ふん、そんなのお客の動きを読めばいいだけなのら。ここは学校の終了時間から夕食の間までの下校時間での売り上げが6割なのら。だったら、そこに人を割けばいいだけなのら」

 かりんなりの経営学を語ってかりんはため息を吐いた。

「もういいのら。これで適当にそろえてくれなのら」

 かりんはカウンターにお札を数枚叩きつけるとメニューを言うことなく席に向かった。小さな足でわざと足音を立てていた。俺はかりんの耳元にささやいた。

「かりんって、ここの経営者か何かなのか?」

 かりんに対する店長の対応やかりんの発言。こことかりんは客と店以外の関係があるように俺には見えた。しかし、ご立腹だったかりんはいつもの腑抜けな声を上げた。

「ぬふふ、マコちんあちきに興味があるのかな?ふ、残念ながらあちきの正体は教えてあげないのら。なぜならあちきは魔法美少女かりんちゃんなのらよ。秘密があったほうが萌えるのらよ」

 かりんは甲高い笑い声を上げながら虎之耶たちのところへと歩いていった。本当、変な先輩だ。


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