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第35話 過去の夢と思い出

『道化師になりたい詐欺師』は五十嵐の小学生時代の思い出話です。

前回の話の裏側や新しい登場人物をお楽しみください。

「おはよう誠君」

「おはよう愛華」

 俺は自然と彼女の手を取って朝の道を歩いた。小さい時からいつも一緒で小学校も一緒になれて嬉しい。兄貴は俺を海外の学校に行くように進めていたが愛華がいない学校には行く気はなかった。

「私、誠君がサッカーしているのが好きなの。誠君かっこいいんだもん」

 幼稚園の頃からやっていたサッカー。はじめは運動をするためだったけど、今は愛華が喜んでくれるからやっている。シュートを決めると愛華は笑顔で喜んでくれる。元々、運動は得意ではないが愛華が喜んでくれるから辛くても練習した。真夜中までボールを蹴っていたこともあった。

「誠君、一緒に帰ろう」

 小学校のサッカーチームの誘いがあったけど断った。その時の俺にとってサッカー選手は将来の夢となっていたが、愛華と一緒に帰ることと天秤にかけると圧倒的に愛華の方が強かった。

「誠君、この問題教えて」

 勉強は嫌いだった。でも、たくさん勉強した。愛華にすごいと言ってもらいたくて、多くの知識を手に入れた。テストで満点を取ると愛華が拍手してくれる。難しい問題を解いて兄貴に褒めてもらうより、愛華に掛け算を教えて『ありがとう』と言ってもらう方が何倍も嬉しかった。サッカーと勉強の両立は大変だった。でも、寝る時間を削って時間を作った。

「誠君、一緒に遊ぼう」

 俺にとって愛華は何よりも優先される存在だった。友達と遊ぶ約束をしていても、愛華を選んでいた。たとえ友達がいなくても愛華がいてくれればそれでよかった。

「ケホッ、ま、誠君。辛いよぅ」

 体の弱い愛華が風邪を引いたら一晩中看病してやった。愛華の親は仕事でいないときが多かった。だから俺が代わりに愛華の看病をした。タオルを何度も濡らして、汗を拭いてやって、一晩中起きて手を握ってやった。例え、自分が病気になっても看病してやった。風邪をうつされても注射や薬で誤魔化して平気な顔で愛華と会った。

「誠君、指切りしょう」

「指切り?何の」

「告白の約束」

「はぁ?」

「あのね。私、誠君のことが好きなの。だから、告白するの。でもね、まだ駄目なの。だから、4年生になるまで待っててね。だから、指切り。告白する約束」

 差し出された小指に俺も小指を出した。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本の〜ます。指切った」

 指切り、それだけでもう告白された気分だ。愛華も同じ気分なのだろうか、これほどになく可愛い笑顔を見せてくれた。

「指切りしたから絶対に守らなきゃ。針千本も飲めないからね」

「守れなくても、俺は愛華にそんな酷いことしないって」

「ありがとう。やっぱり誠君は優しいね」

 3年生の時の話だ。その時から早く4年生になりたくてたまらなかった。

 ねえ、誠君。誠君教えて。誠く〜ん。待ってよ誠君。誠君。ま〜こ〜と。


「五十嵐君、紹介すね。中本慎也君」

 心待ちにしていた4年生。その時あいつがやってきた。

「中本君はね。バスケットをやっていてね。すごいんだよ。中学生と一緒に練習もやっているんだって」

 俺は真夜中までやってるぞ。

「それにね。頭もよくてもう5年生の勉強しているんだって」

 俺はもう高校卒業できる学力を持ってるぞ。

「それに、とても優しいんだよ」

 優しさなら俺の方が上だろ。

「五十嵐君も中本君と仲良くしてね」

 愛華のお願い。俺はそれを断ることができなかった。

「五十嵐誠だ。よろしく」

 作り笑いをして手を差し出した。だが、中本はその手を見て嘲笑った。だがすぐに笑顔になって俺の手を握った。

「中本慎也。長い付き合いになるだろうな」

 中本は俺の耳元まで顔を近づけた。

「止めた方がいい。君にその笑顔は無理だよ」

 俺は強く握られた手を振り払った。

「五十嵐君。今から中本君の練習を見に行くけど一緒に行く?」

「あ、ああ」

 俺はその日から誠から五十嵐になった。すべてはあいつが来て変わってしまった。

 俺は愛華のために数多くのものを犠牲にしてきた。それをあいつは全て帳消しにしやがった。

 海外留学も諦めた。もし、外国の学校で勉強していたら今頃大学生になってるだろう。

 時間をサッカーに費やした。もし、サッカーをしていなかったらもっと別のことに時間を使えたのに。

 友達も将来も諦めた。友達を増やしてたくさん遊べた。サッカー選手になることもできた。

 嫌いな勉強もした。勉強なんかしなかったらサッカーに時間を使えた。辛い思いをする必要もなかった。真夜中起きて走る必要もなかった。

 薬や注射の痛い思いもしなくて済んだ。体が悲鳴を上げるほどボロボロになった。

 

 指切りをしなかったらこんなに悔しい思いをしなくて済んだ。

 中本を受け入れなかったら変わっていたかもしれない。

 4年生のあの時何かあったかもしれない!


「くそ!……最悪な奴だな。俺」

 目が覚めた。夢だった。あの時の辛い思いはもうしたくなかった。夢で本当によかったともう。

 布団の中で汗ばんだ体を起こす。両手と首に汗が滲んでいた。息苦しさもあった。悪夢から目覚めるのは助かるけど、この蒸し苦しさが嫌でたまらない。時計の緑の文字盤は朝5時を指していた。数年前はこの時間に起きて走っていたんだと思うと馬鹿らしく思えた。

 結局、4年生になっても告白されることはなかった。愛華の中ではあの指切りは無いことになっていた。それだけならよかったのだが、愛華の中で俺はただの友達になっていた。それに、俺が『愛華』と呼ぶと苦い顔をされた。そんな顔を見たくないから俺は『斎条』と呼ぶしかなかった。

 その頃には俺だけに笑顔を見せてくれることはなかった。笑顔が見られたのは中本のための笑顔を少し見られるだけだ。

「悔やんでいても仕方ないな。小学生の約束なんて引き摺るもんじゃねぇな」

 俺の練習場、早朝や夜は暗くゴールやボールはよく見えない。だから、兄貴に頼んで照明を付けてもらった。早朝でも真夜中でも練習できるようにだ。前までサッカーだったこの場所は今はバスケのコートになっていた。

 軽くボールをついて、ゴールに入れた。

「よし、学校に行くか」

 俺は朝早くに学校に行っている。1人で練習をするためだ。スタート地点が違うなら速度を上げればいいだけだ。算数と一緒だ。と、昔の考えが高校生になった今でも少し残っていた。そのせいだろう。こんなに早くに登校してしまうのは。


 リクセリア学園。綺麗な校舎だが、山奥なのはいただけない。本当なら別の学校にするつもりだったのだが、斎条が行くからついて来たみたいなものだ。

 俺は、体育館で1人バスケの練習をしていた。高校になってからバスケはしないことにしていた。でも、日課だろうか。体育館で数時間過すのがあたりまえになっていた。俺は体育館の真中に寝そべって昔のことを考えていた。

「マコマコ、な〜にやってるんだ。こんな朝早くに」

「先生こそこんな早く来て馬鹿じゃないですか」

「ちげーよ。当直だよ当直。それに、相手がかりんだぞ。まともに寝てられるかって」

 赤井虎之耶先生は俺の隣に寝そべった。初め見たときは驚きだった。虎之耶とかりんは高校を卒業してすぐにそろって外国へ留学、ずば抜けた学力でたった2ヶ月で大学を卒業して日本に戻って教師になっていたのだ。滅茶苦茶な話だ。それに、虎之耶は納得できたがかりんがそんな芸当できるわけがないと今でも思っている。

「で、なに考えていたんだ。エロいことでも妄想してたんだろ」

「違いますよ。ただ……」

 俺は黙って目を閉じた。虎之耶も察してくれたのか黙って眠りにつこうとしていた。俺は思い返していた。俺が詐欺師として生きた時代を。


 5年生になってすぐにそいつはやってきた。全身から冷たい空気が出ているような女の子だった。黒板に名前を書いていた。綺麗な字だ。チョークであそこまで綺麗に描けるのは先生でも無理だ。達筆に黒板に書かれたのは『瑠璃川珊瑚』と書かれていた。

「よろしく」

 隣には難しい顔で黒板を見る斎条、きっと読めないのだろう。中本も同様のようで、俺は冗談交じりに教えた。

 その後は色々あったけど瑠璃川は俺達を避けているのがよく分かった。だが、彼女がもたらしたのは俺にとって大きなものだったのはみんな知っているだろう。

 その時俺は中本問題と同時に別の問題も抱えていた。すべては瑠璃川が転校してきた日に始まった。



 瑠璃川が転校してきた日、俺は中学校に行った。中本が小学校ではなくこっちで練習をしていると知っていたからだ。あまり俺は中学校に出入りしていないので緊張していた。

 下校する中学生を吐き出す校門前から進むことができず俺はただ立っていた。中学生に対して恐怖はない。だが、中学生の実力を知るのが怖かった。聞くところによると、中本は中学生を負かしているそうだ。その中学生の実力を知って絶望したくなかった。

「帰ろう。また今度来ればいいや」

 帰ろうとすると後ろからバスケのボールが飛んできた。

「待て、かりん。会議があるだろうが!」

「コノちゃん怖いのら。あちき難しい言葉分からないのら」

 ギャーギャー騒ぐ声が聞こえたと思ったら、背中に小さなものがぶつかって押し倒された。

 そこには、中学の制服を着た小さな女の子がいた。

「捕まえたぞ、かりん。お仕置きしてやる」

「や、やめてなのら。コノちゃんのお仕置きという名の調教はとてもこの小学生の前ではできないような嫌らしい手つきで」

「誤解を招くようなことを言うな!」

「はぷぷ、そこのちみ、あちきを助けてくれなのら!助けてくれないと、あちきの大切なものが!あちきの操が!」

 俺が初めて出会った中学生の女性は見習いなくない人だった。


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