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第32話 笑顔と夢を天秤にかける

「慎也、ありがとうね」

 全種目を終えて珊瑚は俺のところへ来た。首から提げていたのは小さなメダル一つだけだった。珊瑚は龍真と戦える種目だけ出ていて勝てたのはあの試合だけだった。それでも珊瑚は満足した笑顔を見せてくれた。

「俺のおかげじゃないぞ。珊瑚が頑張ったからだろ」

「ううん、慎也の応援が無かったら勝てなかったと思う。だから、ありがとう」

「そんなことで負けたなんて、俺は認めたくないがな」

 首から4つもメダルを提げた龍真はそれでも不満そうだった。珊瑚が今かけているメダルで過去最多の記録を塗り替えるほどの快挙だったようだ。

「お〜い、中本、そろそろ試合始まるぞ」

「おお、今行く。それじゃな珊瑚」

 珊瑚にしばしの別れを告げ俺は五十嵐の背中を追った。

「慎也は約束守ってくれたんだね。私も絶対に応援に行くからね」

「ああ、待ってるからな」


「ねえ、慎也君、私のこと好き?」

 ユニホームに着替えて五十嵐とストレッチをしていると、愛華がベンチまで来た。選手以外は来てはいけないがそれを無視して愛華は俺のところへ来た。先生も他のメンバーも愛華を止めることはできなかったようだ。

「わざわざこんな所で確認することか」

「することなの。私のこと好き?」

 五十嵐や他の生徒が見ているここで言いたくはなかったが、まっすぐ見ている愛華からは逃げられなかった。

「好きだよ」

「どれだけ、どれだけ好きなの。ねえ、どれだけ?」

 迫ってくる愛華にたじろぐ俺は五十嵐に助けを求めた。

「男らしく本当の気持ちを言ってやれよ」

 答えを待っている愛華の可愛い顔を見た。笑顔が似合うこの顔、可愛くて一緒にいると暖かくなる。それが好きな理由だ。

「一緒にいたい。ぐらいかな」

「未来や神原さんや凛さんよりも私が好き?」

「もちろん。愛華が一番好きだよ」

 答えずにいると変な誤解をされそうだ。それにしても、五十嵐が聞いているここでそんなことを言わされるとは思ってもいなかった。

「瑠璃川さんよりも私のことが好き?」

 なぜ、珊瑚だけ分けたのだろう。やはり、珊瑚は俺にとって特別な存在に愛華は見えたのだろうか。たしかに、最近は珊瑚とばかり話していたし愛華と一緒にいたのは少なかった気がする。だけど、それでも愛華は俺の彼女に変わりない。

「ああ。もちろんだろ」

「今度は即答じゃなかったね」

 五十嵐が笑う横で、俺は何も言えず愛華の前に立っている。なんだか変だ。愛華は何を思っているんだ。

「私たち付き合っているんだよね」

「あたりまえだろ」

 前にも同じ質問をされたことがあった。愛華は俺が愛しているか確認したいのだろうか。それだけ俺の愛情表現が弱かったのかなと反省をして、今後もっと優しくしようと思った。だが、質問は続き、愛華への愛が確かなものか揺らぎそうになった。

「それじゃ、私を愛しているの?瑠璃川さんとは何が違うの?」

 なにがって、愛華は隣で笑っていて欲しい大切な存在で、珊瑚は……あれ?一緒?いや、違う。珊瑚は心から話せて、信じられる大切な人だ。珊瑚の笑顔も隣にずっとあって欲しくて…

「ねえ、何が違うか答えてよ」

「そ、それは……」

「それは、なに!」

「斎条、落ち着け。試合が始まる。試合が終るまで待ってやれよ」

「うるさい、五十嵐、放せ」

 五十嵐は無理に愛華を観覧席へ連れて行きその場を落ち着かせた。ベンチを出て行くときの愛華の顔は俺が好きだった愛華の笑顔ではなく違う愛華が見えた。愛華は俺に本心を隠していたんだ。珊瑚とは違って……

「中本、お前は後半に投入するぞ。俺もそれに付き合う。それまでよく考えておけよ」

「作戦は五十嵐の担当だろ」

「斎条への返事のことだ。形にこだわるのか、自分に正直になるのか良く考えておけ」

 五十嵐にはすべて分かっていたようだ。今の俺は前半の試合に集中できそうにない。そんな親友の気遣いを俺は気付いていないかのように振舞って、悪いことをしたと思った。

「試合始まるぞ」

 五十嵐は、挨拶だけを済ませまた俺の隣に戻ってきた。


 試合はお互い同じ実力と言ったところだ。差を付けることができても4点止まりで圧倒的な差ではない。その差も埋まったり広げたりを繰り返すだけだった。七ヶ橋小学校とは夏の大会で負けたところだ。それも、今とは違い五十嵐が指揮するチームでだ。それも30点と大差をつけられたそうだ。このチームが強くなったのか、向こうが弱くなったのか、分からないが俺と五十嵐が入れば勝てる見込みは十分にあった。

「これなら余裕だな」

「あいつがいない」

 俺が安心した横で五十嵐は不安そうな顔をしていた。五十嵐は相手チームのメンバーを一人一人確認してゆきため息を吐いた。

「やはりだ。奴がいない。手を抜いている…そんなはずはないんだが」

「何か問題か?」

「心配してもしょうがないな。で、どっちにするんだ」

「どっちって……愛華と珊瑚のことか」

「それ以外に何がある」

 愛華と珊瑚。愛華は俺の彼女で珊瑚は俺の友達だ。それ以上でも以下でもない。だから、どちらを選べといわれても選ぶ基準が違いすぎる。同じ石でも宝石と岩と同じで比べるもの同士ではない。

「五十嵐が俺だったら、彼女と親友。どっちを選ぶんだ」

「それ以前に、斎条も瑠璃川も普通の女の子だったらお前はどう思うんだ」

「普通って」

「斎条は彼女でも幼なじみでもない。瑠璃川は転校してきたクラスメイトだ。お前はそんな二人をどう見てるんだ」

 彼女や親友という固定された関係がなかったら、俺は二人をどう見ているのかだと。

「愛華は、可愛いと思う。それは五十嵐も認めるだろ」

「まー、否定はしないな」

「それに俺、愛華の笑顔がすごく好きなんだ。あの笑顔を見ていると心が温かい。それは、あの時と変わってない俺の思いだ」

「あーそうですか。で、瑠璃川は?」

 五十嵐は興味がなさそうな欠伸をしていた。五十嵐にとってはただの惚気話にしか聞こえないのだろう。

「瑠璃川は、俺に夢をくれた存在だ。お互い夢を叶えるためお互いを支えあって夢を掴もうとしている。夢を諦めようとした時は励まされて、夢を叶えたら二人で喜び合う仲だ」

「で、お前にとってどっちが大切で一緒にいたい存在なんだ」

「それを決められないから困ってるんだろ。両方、って駄目だよな」

 俺の理想を話すと五十嵐は鼻で笑って俺の顔を見た。

「今更なに言ってるんだ。それすら言い出せないからお前は苦しんでいるんだろうが。そうだな、斎条のあの反応では許してくれないだろうな」

 五十嵐は立ち上がり体をほぐし始めた。

「そろそろ行くぞ。点差10点を埋めなきゃならないんだからな」

 五十嵐が見つめるボードには10点の差がはっきりと示されていた。互角、もしくは少し上を行っていたうちのチームが負けている。

「お前がうじうじ話している間に、向こうのエースが登場したってことだ」

 五十嵐が指さす先には、俺と同じぐらいの小さい選手がいた。俺はそいつの実力と名前を知っている。

「天美屋海斗。夏のリベンジといきますか、な、親友の中本よ」

 差し出された手。ボールを俺へ投げる時に使われるそれを俺は掴み、気合を入れた。そうだ。愛華にプレゼントがあったんだ。それを届けよう。そして、答えは試合の間に考えればいいんだ。辛く長い20分、それだけあれば十分だ!


 俺と五十嵐はコートへ入った。そこには、汗一つ流していない海斗がいた。2クオーター目の2分前に入ったばかりだそうだ。それであの点差、海斗の実力はあの時よく見せられたから知っている。だから、夏の大会で負けたことも頷けた。

「やあ、五十嵐。と、……あの時のロングシューターだね。夏の大会では見なかったけど、今度は本気ってことだね」

「中本、頼みがある」

 五十嵐は海斗の声をすべて無視して俺に話しかけてきた。話しかけてきたけど、その鋭い目は海斗を見ていた。

「10分でこの点差を埋めてくれないか。海斗は俺が止める」

「いいけど、どうしたんだ」

「奴とは一対一で決着をつけたい。わがままを言ってすまないが頼めるか」

 親友の頼み。今まで俺の悩みも沢山聞いてくれた。アドバイスをしてくれた。一度ぐらいでは返しきれない恩を受けた。だから、断る理由なんてどこにもなかった。

「了解。けど、残り10分は期待するなよ」

「承知!」

 俺と五十嵐は再び気合をいれ海斗を睨みつけた。その海斗は俺達を見て嘲笑っていた。

「舐めてもらっちゃ困るなあ。熱いやつは嫌いだよ」

 背筋をゾクッとさせるその深い声は他のメンバーを怯ませていた。が、俺と五十嵐はその程度の冷たさなんか受け付けていなかった。

 そして、俺達の20分が始まった。


 五十嵐の話によると、海斗以外の4人はうちの3人で十分抑えられるほどの実力らしい。ので、俺と五十嵐で海斗を相手することになった。五十嵐は今日このために苦手としていたトリックやダッシュの練習をつんできたそうだ。五十嵐の動きは俺ほどとは言えないが、海斗は相当めんどくさがっている。小回り重視の俺や海斗にとって体の大きく動きの遅い五十嵐を避けることは容易だった。が、小刻みな動きができるようになった五十嵐は動く壁として、俺達の超えることのできない障害として立ちふさがることができるようになっていた。

「くそ、誰か取りに来い」

 一端、ボールを預けて体勢を整えるつもりだったのだろう。だが、その判断は正解ではなかった。海斗と比べると劣る奴の持ったボールを奪うことなど今の俺でもできることだった。

「下手くそが!戻れ。俺が阻止する」

 海斗は俺がロングシューターだと知っている。だからだろう。自分しか止めることができないと理解した海斗は俺が距離を掴む前に俺のところへ来た。

「入れさせねぇ」

「悪いね。俺も成長しているんだよ」

 俺は、シュートの姿勢から真横へパスした。タイミングを計ったかのように五十嵐がそれを受け取りシュートを決めた。

「なるほど、一人で相手するには厄介なコンビだな」

 俺のシュートを塞げば五十嵐が入れる。五十嵐の相手をしていては俺が決める。海斗一人で成り立っているこのチームでは俺達を止めることはできなかった。


「はあ、はぁ、や、約束の同点だ。これでいいだろ」

 残り10分で俺は戦力外通告をした。予想以上に体力を消費した。残り10分中半分も動ければ上等だ。

「ああ、ありがとな」

「こ、これで負けたらジュース奢れよ」

「おう、ジュースどころか、ミャクドで好きなだけ食わせてやる」

 俺と五十嵐は拳をぶつけて約束をした。

「くそ、役立たずども。4人がかりでも止められないのか」

「そう怒るな。これからは俺が一人で相手してやる」

「ふん、いい気になるなよ。今までのはこいつらが悪いだけだ。俺の実力じゃないからな」

 強がる海斗を五十嵐は何とも思っていない。そうだ。俺も海斗と同じだった。自分ひとりでやれる絶対の自信、諸刃の剣だ。だが、その諸刃の剣では一度折れてしまっても磨き上げられた五十嵐の剣には勝てそうにないと俺には見えた。

「なら、始めるか」


 表ではみんな試合に参加しているが、実際に戦っているのは五十嵐と海斗だけだった。俺達はその二人について走っているだけだ。その間、俺はあのことについて考えていた。

 観覧席には愛華と珊瑚がいた。珊瑚はちゃんと約束を守ってくれた。俺を応援してくれている。心の中でありがとうと伝えた。

 愛華も応援してくれている。何一つ変わらないかのような二人。でも、俺は一人を選ばなきゃいけないんだよな。

 一人で夢を目指すのは辛い。一人だったらあの時夢を諦めていただろう。そして、今ここに立っていなかっただろう。

 あの笑顔があったから俺は癒されていた。頑張れた。約束を守るために必死に練習もできた。

 どっちも俺にとって必要なものだ。

 珊瑚の支えてくれる励ましの声。

 愛華の愛おしく暖かい笑顔。


 ……あれ?


 無意識に走っていた俺は立ち止まった。一人ボールとは違う動きをした俺に視線が集まった。

 だが、そんなこと気にすることなく俺は、彼女を見た。そこには、俺の見たい彼女はいなかった。

「そうか、だから即答できなかったんだ」

 俺は笑った。コートのど真ん中で大声を上げて笑った。不気味がられても良かった。散々苦しんでいた原因がようやく分かった。自分の答えがようやく見つかったからな。

「そうか。そうだったんだ」

 残り15秒、同点のままじゃねえか。

 俺は歪んだ笑顔で海斗の持っているボールを奪って全力でゴールへ走った。


 そうだよ。どうして気付かなかったんだ。

 大好きなあれを、近頃、見ていないだろうが、

 

「これが俺のプレゼントだ」


 高い。高い。リングへと飛んだ。五十嵐にもキャプテンにも無理だと言われたけど、血反吐を吐きながら練習しだんだぞ。


「遅くなった約束だ!」


 ダンクシュートを五十嵐以上にかっこよく決めた。


 これを見て、最後に笑ってくれよ。……な、斎条。


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