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第30話 今自分がすべきこと

 大会前日の土曜日、体育館は多くの生徒が部活動に精を出していた。

 俺達バスケ部は練習の仕上げとして紅白戦をすることになった。俺のチームには五十嵐がいるもののそれ以外はベンチ入りもできなく実力が低い奴らばっかりだ。五十嵐いわく、圧倒的な実力差の時にどのように対応するか試してみたいそうだ。つまり、五十嵐の中では俺もこいつらと同じ扱いだと言うことだ。見くびられたものだな。

「試合と同じルール。45分でやる。選手の交代は自由。それじゃ始めるぞ」

 監督が高くボールを投げてゲームが始まった。

「まずは軽くいってみるか。左に1人、中央を2人が抜け、中本は右で待ってろ」

 ボールを持った五十嵐はコートの真中で指示を出していた。今回はあくまでも五十嵐の指揮能力の向上とレギュラー陣の特訓である。俺達は五十嵐の指揮に従うのが第一条件だ。

 レギュラーは中央の2人に一人ずつ、俺には2人、左に1人ついた。

「中央二人。中本のカバーに入れ」

 俺の隣に1人と向かい側に1人入った。もし、シュートが外れてもリカバリーができそうだ。

 それにしても敵が4人も張り付かれる状況では打ちたくても打てたもんではない。少し走るしかないか。と、そんなことを考えているとボールがリングを揺らした。

 がら空きになった中央を五十嵐が1人で抜いてきめたようだ。

「中本なんかに束になって張ってるんじゃねえよ。1人でボールを奪う気持ちでかかってこい」

「はい!」

 五十嵐の喝を素直に聞いたレギュラー陣は攻める態勢に入り始めた。

「2人で取りにいけ。後は、守りだ」

 俺は五十嵐の隣まで下がった。正直イライラしていた。俺をおとりにして自分がきめる。たしかに策としては成功したがチームを信頼していない感じがする。

「なぜ、俺にボールをくれなかった」

「あの状態では決められないと判断したからだ」

「俺を信じてくれなかったのか」

「お前に無理をさせたくなかった。かっこよく言うとこうなるな。さ、くるぞ。目立ちたいなら自分で奪ってきめてみろ」

 言われなくてもそのつもりだ。チームの守りは雑なものでボールはすぐ近くまで迫っていた。

「中本かよ」

 苦い顔をしたそいつは俺からボールを守るため体で隠した。だが、俺にそんな守り通じることもなく容易にボールを奪うことができた。

 すると、相手は俺からボールを奪うそぶりすらせず一斉にゴール下を堅めに向かった。

「いいポジション取れ」

 指示を出した五十嵐は少し開けた場所へ向かっていた。五十嵐得意の立ち位置だ。ゴール下はいい場所を手に入れるためにみんな押し合っていた。

「まったく、どこまで信じてもらってないのだか」

 コートの真中で1人ボールを持って立っている俺は自分の限界ギリギリのラインでシュートを打った。得意なロングシュートは綺麗に決まった。が、五十嵐は何事なかったようにゲームを再開させた。

「俺と中本交代。次2人はいれ」

 俺は五十嵐に言われるままコートから外れた。

「どうだ五十嵐。技術は落ちてないぞ」

「技術には10点満点をやってもいいな。だが、チームワークは相変わらずの1点だ」

「どうしてだよ。チームに貢献したし、お前達のおとりもちゃんと利用できただろ」

「……あいつらどう思う」

 五十嵐が見ている先、そこにはボールを持っている1人に対して3人で奪いかかっている。5人もいるにも係わらず1人だけに張り付くのは異常だ。3人は息が上がっていて今後の試合のことなんて考えていないだろう。

「あの3人何考えてるんだ。あれじゃ、半分もやっていけないだろ」

「あいつらは1クオーターで交代だ。それを知っているから10分に全力を出しているんだ」

 10分、今にして思うと本当に短くて何が出来ると思ってしまう。それが昔の俺の限界だった。あいつらは昔の俺と同じ状況にいるってことか。

「あいつらは試合に出れない。だから、レギュラー陣には自分達の分も戦ってほしいと思っている。あいつらは自分なりに伝えようとしているんだろうよ」

「俺も、どこからシュートが打たれるか分からないって伝えたかったんだが」

 俺はその場しのぎの嘘を付いてしまった。しかし、これは俺のプレイスタイルで相手の意表をつくのが俺のやり方だ。

「馬鹿か。レギュラー陣はお前のシュートなんて見飽きてるんだ。お前がどこからでも打てることも、それを止めることもできないって良く知っている。もし、レギュラー陣のことを考えていて、俺を信頼していてくれたならアリウープを仕掛けても良かったんじゃないのか。ボールだけを考えるなってさ。まっ、中本には分からない領域だろうがよ」

 レギュラー陣のことを考えて……レギュラー陣に俺は何を伝えたいんだ。俺の強さ?俺の技術?そんなもの伝えたって明日の試合に役立つのか。そんなことしか伝えられないなら紅白戦にすら出られないほかの奴に代わってやったほういいんじゃないのか。

 1クオーターが終って五十嵐が前に出た。

「よし、3人下がれ」

 10分間全力でプレイしていた3人はコートから出るなりその場に座り込んでスポーツ飲料を一気に飲み干していた。

「どうだった」

「五十嵐の言ったとおりだった。二人が下がった途端、格段に上手くなった」

「やっぱりか、あの時の後遺症といったところか」

 五十嵐は、克服させるかと呟いて俺を指さした。

「よし、俺と中本とあと1人誰かはいれ」

「五十嵐、俺」

 断ろうとしたら間髪いれずに五十嵐の本音が飛んできた。

「勘違いするなよ。中本じゃない。今、あいつらに必要なのは俺やお前みたいな数段上のプレイヤーだ。夏の大会でお前の知っている奴が出てきて散々な目にあったんだ。少しでも上の奴に対する対処法を身につけておきたいからな」

「でも、俺は何をすればいい」

 すると、ずっと真剣な顔をしていた五十嵐の顔が緩んで分かりやすく言ってくれた。

「な〜に、全力でやってボコボコにしてやればいいだけだ。俺とお前にパス回すようにしてもらうから好きに暴れればいい。倒れないように今みたいに休みいれてやるからさ」

 全力で、ボコボコに…それならできそうだ。

 結局、思うような試合はできなかったけど、五十嵐以外からもパスを回してもらえるようになって部活内のわだかまりが減ったのかなとその時は思った。


 紅白戦を終え部活を終了した。疲れて動けなくなった俺は五十嵐と共に体育館の隅に座っていた。俺達の部活が終った後の体育館は卓球部とバトミントン部が活動を始めていた。

「五十嵐、珊瑚知らない?」

 体育館に柔道着を着た神原夢が来た。今の神原の質問だと珊瑚が学校に来ているのか?

「いや、ここ数日見てないな。瑠璃川学校に来ているのか」

「うん、部員が見たって、知らないならいいや、じゃあね」

 神原が見えなくなってから五十嵐が俺の顔を見た。そして、含み笑いをした。

「なんだよ」

「なんでもない。それより、探しに行かないのか」

「なんだよそれ」

「お前、いつも何かあると走り出していたからさ。瑠璃川が来ていると聞いたときのお前の顔、面白いぞ」

 珊瑚が来ていることを聞いてすぐにでも会いたいと思った。でも、俺は自分から珊瑚を探しに行くことはしないと誓っていた。

「で、探しに行かないのか。もしかしたらもう会えないかもしれないぞ」

 笑顔混じりでからかうように言った。

「冗談でもそんなこと言うなよ。それに……」

「それに?」

「明日、珊瑚は絶対に来る」

 珊瑚が約束を守る保障なんてどこにも無い。ただ、来てくれると信じなければ来てくれないと思った。



 どうして来ちゃったんだろう。明日まで来ないでおこうって思っていたのに…自分の試合が終ったらすぐに帰ろうって思っていたのに……

 体育館の前で私は中に入ることも無く立っていた。

 夢は…武道館かな。竹刀も柔道着も持ってきて…部活やる気満々じゃない。

 帰ろ。今は慎也に会いたくない。

「ぷよ?サンちんなのら。どうしたのら、そんな所に突っ立って」

 後ろからの声に肩を震わせ振り返った。そこには小さな先輩、かりんさんがいた。

「中に入らないのら?たぶん、シンちんがいるのらよ」

「いいんです。私、帰ります」

 帰ろうとする。が、腕をつかまれた。大人の人につかまれても振り払えれるのにかりんさんからは逃げることができなかった。

「放してください」

「そんなことを言っていいのらか?無理矢理にでも体育館に連れて行くのらよ」

「うぅ」

「あちきは何があったかよく分からないのら。だから、少し話してほしいのら」

 私は、かりんさんに連れられるまま校舎の中に入って行った。


 かりんさんに連れてこられたのは屋上に出るための階段だ。ここにはいい思い出はないので来たくなかった。

 かりんさんは鎖の巻かれた扉を見て不服の声を上げていた。

「誰なのら、こんなことしたのは。これでは屋上に出られないのら」

「慎也が怪我をしたからですよ」

「うー、屋上には青春が詰まっているのに…しょうがないのら、ここで話すのら」

 二人並んで階段に座った。隣にいるのはかりんさんだけど、慎也と最後に話したあの時を思い出させる。

「で、シンちんと喧嘩でもしたのらか?付き合っていると良くあることなのら」

「つ、付き合ってなんか無いです。それに、慎也は斎条と付き合ってるんですから」

 そうだ。だから私は慎也から離れるんだ。

「サンちんは固いのら。あの時はアイちんから奪ってやるって、意気込んでいたのに。強いサンちんらしくないのら」

 慎也にも同じことを言われた。慎也と会わなくなってからもずっとそのことを考えていた。

 負けたくない。それは本当の気持ち。でも、傷つけたくないのも本当の気持ち。

「だって、私がいると慎也が困るから」

「シンちんがそういったのらか?それならあちきが殴ってきてやるのら」

「慎也は優しいからそんなこと言わない。だけど、分かっちゃった。もし、私が斎条だったら他の人が慎也と楽しそうに話しているのを見たくない。それに慎也だって、私を傷つけたくないって苦しんでいると思う」

 かりんさんの緩い拳が私の頭を叩いた。全然痛くなかったけど、私の意識はかりんさんに集中した。

「サンちんは弱いのら。そんなことでくよくよ考えるんじゃないのら。いいか良く聞くのら、誰かが幸せになると誰か悲しむのら。アイちんが幸せになるとサンちんが苦しんだのら。勝負もそれと同じなのら、勝つ人がいると負ける人がいるのら。でも、今のサンちんは自分の幸せのために戦ってすらいないのら。アイちんと戦ってみるのら」

「だって、慎也が」

「だってじゃないのら!シンちんに会いたくないと言われていないのら。シンちん最後に何か言っていたんじゃないのらか?」

 最後に?慎也の最後の言葉?

「約束を守ってほしいって、大会を見に来てほしいって」

「だったら、見に行ってあげるのら。約束したのらね」

 大会を見に行く…それぐらいならいいかも。

「サンちんも大会頑張るのらよ」

 そうだ。慎也が見に来るって約束してた。恥ずかしい試合を見せては駄目だ。

「うん、頑張ってみる」

 私は夢を探しに武道館へと走った。


「サンちん、笑うと可愛いのら。頑張るのらよ、女の子達」


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