第3話 嫌なやつ
自転車小屋までの長い道を俺は斎条と伊藤との三人で歩いていた。俺の少し後ろには五十嵐とクラスの男子達がついて来ている。
「愛華ちゃん」
「来た」
斎条は、後ろから聞こえる馴れ馴れしい呼び声に苛立った顔をした。が、松島が横に来るまでには、笑顔に戻っていた。
「愛華ちゃん帰ろう」
「悪いけど今日は中本君と帰る約束してたんだ」
「えっ、」
斎条は俺の手を掴んできた。それを見て一番驚いていたのは伊藤だった。顔は笑っていたが、握る手には凄い力が入っていた。
「そうなんだ。なら、中本君も一緒に帰ろうよ」
意外な要求に斎条の顔は徐々に崩れてきて、笑顔ではなく引き攣った顔になってきた。
「お前の家ってさ、俺と斎条の家と反対方向じゃん。無理言うなって」
「えー、二人とも喜んで一緒に帰ってくれたのに」
「斎条はともかく俺は喜んで帰っていたつもりは無いが、それに、俺もそこまで暇じゃないし」
「そっか……そうだよね。暇な時にまた誘っていい」
「暇な時があったらな」
「うん、それでいい。ばいばい」
松島は手を振って帰っていった。
「凄い、昨日は何言っても聞かなかったのに」
「まっ、経験の差ってことかな」
「で、どうする。本当にこのまま一緒に帰るの」
斎条は小悪魔みたいな笑顔を俺に見せた。すると、繋いでいた手を無理やりに引き離されて、間に伊藤が入って来た。
「駄目、また許可してないって言ってるでしょ」
「あーそうですか。五十嵐、一緒に帰ろうぜ」
「まーいいけど」
男子の集団の横を通ると、一人の生徒が低い声で言った。
「分かったよ。中本がそうするなら俺達は着いて行くまでだからさ」
会合があってから数日がたった。松島は日に日に話し相手を増やしていっていた。斎条ともたまに話している所を見る。見た所みんな楽しそうで全く問題は無いように見えていた。その友達ごっこが続いていたのは、ゴールデンウィークの少し前までだった。
朝、クラスの男女がくっきり二つに分かれた。この時季ゴールデンウィークの計画を立てる。計画と言っても一日集まって映画を見て終るだけだ。もちろんそのことを知らない松島は、チャイムのギリギリまで来なかったのでクラスの異様さに驚いていた。
「なんか凄いことになってる」
松島はいつも通り斎条の横まで行った。
「で、どうすればいいと思う」
五十嵐が相談して来たのはどの映画を見るかという話だ。候補は三つあって、多数決をとっても大差が無い。
「簡単な話し、全部見ればいいんじゃない」
「それだと、金が足りない奴いるだろ」
「この数だと団体割引が効くし、学生割引も付く曜日だったら三話見ても二〇〇〇円ぐらいで済むと思う。それに、見たくない奴はその分安く済むし、待ってる時間もこれだけいれば十分遊べるだろ」
この意見は、みんなが納得できて最後まで楽しめる内容だと思う。
「うん、いいんじゃない」
それでこっちの話は済んだ。が、順調に進んでいたように見えた女子の方は問題ができたようだ。
「だから、そんなの無理に決まってるでしょ」
声を上げて怒っていたのは伊藤だった。その怒りの矛先は予想通り松島だった。
「だって、楽しむなら楽しい方がいいに決まってるじゃない」
「だからって、そんなこと出来るわけないでしょ」
「何口論してるんだ」
複雑な顔をしている斎条に話を聞くと、松島が来るまでは映画を見ることになっていたそうだが、松島が遊園地がいいと言い出したようだ。多数決では遊園地がいいと言っているのは松島だけで、予算の問題でも無理だそうだ。
「そんなに行きたいなら一人で行けばいいでしょ」
「みんなで行くから楽しいんじゃない」
「友達が沢山できたと思って好い気になってるんじゃないよ」
「未来、それは言いすぎだよ」
斎条が止めに入ったが、睨み合いは続いた。
「そっちも映画ならさ、俺達と一緒に行かないか」
俺の誘いにみんな驚いていたが、男子達は楽しくなりそうな顔をしていた。
「でも、遊園地」
「お前は黙ってろ。たまには人に合わせて話せ」
それだけ言うと、松島は黙り込んだ。
「みんなで遊ぶのもたまにはいいんじゃないか」
伊藤達は少し相談をした結果、一緒に遊ぶことになった。喧嘩の仲裁の冗談のつもりが面倒なことになった。
「よくやった中本」
「お前にしてはいいことするじゃん」
よく分からないが、男子達に揉みくちゃにされながら褒められた。
「愛華ちゃん、今日は忙しいんだって」
昼休み、久々に俺の横に松島が座っていた。斎条達は本格的に動き始めたらしく、斎条を含めいつも話をしていた女子達は、誰一人松島の側に寄り付かなくなっていた。その引金になったのは、今朝のあれだろう。実際、伊藤がそんな空気をいくら出そうと、簡単に無視できるわけが無い。でも、あんな状況を一瞬でも作ってしまうとドミノのように次々と広がっていく。もしかしたら、今朝のあれは伊藤の策略だったのかもしれない。
「愛華ちゃんは吹奏楽部に入っていてね、フルートをやってるんだよ。友達も沢山いてね、私にも紹介してくれるんだ」
聞いてもいないのに楽しそうに話始めた。これが、斎条や伊藤が嫌っている松島か。
「愛華ちゃんと出会えて沢山友達ができたんだ。愛華ちゃんは最高の親友なんだよ」
「そうですか」
「うん。でね、愛華ちゃんと同じ部活に入ろうと思ってるんだ。どう思う」
「どう思うって、それはお前が入りたいなら……」
「そうだよね。やっぱり入ったほうがいいよね。うん、そうした方がもっと友達できそうだし」
俺は自然とその場から立ち去ろうとした。
「何処行くの」
「お手洗い」
俺はそのまま屋上へ出る扉の前まで来た。そこには、伊藤と斎条が居た。隠れているようだが、ただ遠慮なく愚痴をこぼせる所を見つけたかっただけかもしれない。
「中本君、どうしたの」
「今朝は助かった。あのまま続けていたら私の方が悪いように見られる所だった」
「どうせ、落としいれるための演技のくせに」
「んー、流石に分かったか。演劇部にでも入ろうかな」
伊藤は珍しく笑っていた。何が面白いのかよく分からないが、俺も少し面白かった。
「で、みんなで遊ぶことに関しては問題ないよな」
「そのことに関しては、散々愛華に頼み込まれた。一緒に遊びたいってさ」
「未来、言わない約束でしょ」
斎条は顔を赤くしながら伊藤を叩いていた。
「でも、駄目だから」
「はいはい、分かってます」
いつもの伊藤の注意にいつもの通りの返事を返した。
「それで、何をしに来たの」
「ちょっと聞きたいことがあって、斎条ってさ、松島の友達なのか」
「何を今更、友達のフリも今日まで、明日からはみんなで無視なの」
即答で否定された。その顔はここ以外では絶対に見せないもので、彼女の印象をガラッと変えてしまうものだった。その顔を俺は初めて見た。小学校からの知り合いだったが、ここまで感情をむき出しにした顔は初めてだった。
「なら、友達になる気は無いんだな」
「無い、全然無い」
「そっか、今度は本気らしいな」
俺は、斎条に手を引かれ教室から一番に出て行った。そのまま玄関を出て、長い道を歩いている。いつもより確実に早足だ。
「愛華ちゃん、一緒に帰ろう」
懲りずにまた松島が斎条を誘いに来た。しかし、今回の斎条は笑顔ではなく感情をむき出しにした顔だ。そんな顔をしていたが、松島が横に来るといつもの顔に戻った。決別を願っているのになぜ受け入れるような顔ができるのだろうか。
「ごめんね、私用があるから」
暗く冷たい声、笑顔が一瞬で氷の仮面を被ったように変わった。斎条の目は真っ直ぐに松島を睨み付けていた。それは、松島からの温かい笑顔を全て受け入れず、その返事に冷たくどこかに突き刺さるような攻撃をしているようだ。
「今日もなの、最近一緒に帰ってないよ。ねえ、今日だけでも駄目なの」
「何で私があんたの都合に合わせて遠回りしなきゃいけないの」
多くの生徒が居るのにも拘らず、斎条は地面を踏みつけながら今まで溜めていた思いを吐き出した。それでも彼女は本性を押し殺すように小刻みに震えていた。必死に押さえようとしても一端出始めてしまったものは止まらず、斎条は今までの不満を吐き続けた。
「あんたは私のこと友達だと思ってるみたいだけど、名前を呼ばれるだけで虫唾が走るの。今までは仕方なく付き合っていたけど、もー嫌、私に付きまとわないで」
斎条はそのまま走って帰ってしまった。俺の横を猛スピードで伊藤が走りぬけた。が、一端止まり松島の前まで来た。そして、俺に聞こえないように小さな声で何か言ったようだ。そして、伊藤も斎条を追いかけるように走っていった。
「何今の愛華ちゃん。それに、伊藤まで」
「さーな、一緒に話しながら帰るか」
「うん、たまにはいいかも」




