第23話 お見舞いは十人十色
星に願ってみたが何も起きなかった七夕から数日後、プロテクターが外されて自由になった左腕の関節を動かす練習を始めていた。肘と肩しか動かないが固定されているより幾分ましだ。
「失礼するわよ」
昼食中汚れた白衣を着た女性が来た。飴を舐めながら俺と凛の顔を見て変に頷いていた。
「ふーん、なるほどねえ。かっこいいじゃない」
人の顔をじろじろ見て第一声がそれか。次に俺の昼食を見て笑われた。
「最近は美味しくなったって言われているみたいだけど私は要らないわ」
「何かようですか」
唯一の暇つぶしの昼食を邪魔された俺は少々不機嫌だ。この後は凛の教育が控えていて俺の時間なんてほとんどないと同じだ。まったく、夏休みが2倍になってよかったなって五十嵐に言われたが外れたようだ。
「そんなにムキにならないの。そんな所は似てるんだから…娘の彼氏の顔ぐらい見に来てもいいじゃない」
娘の彼氏?まさか…こんなニート直前オーラを出している人が?
彼女は首からかけていた五枚のIDカードから一枚を俺に見せた。
「精神科医の斎条桜、今日から慎也君の担当だから桜先生って呼んでいいよ」
精神科医?どうしてそんな人が?
「どうして精神」
「あら、凛ちゃん元気?この前の外泊はどうだったの?彼氏といいことしていたんじゃない」
無視された。
凛は俺が目を覚ました七夕の日に外泊をしていた。次の日の夜には帰ってきた短い外泊だったが凛はそれからしばらくはご機嫌だった。
「彼氏なんかじゃないですよあんなの。それより桜先生が来るなんて珍しいね」
「大学のついででね。ああ、そうだ凛ちゃんに飴あげなきゃね。慎也君もほしい?」
「斎条先生探したんですよ」
慌てた看護師さんがやって来た。理由もいわずに桜先生を連れて行こうとしたが当の本人は動く気は無いようだ。
「何があったの?私が働くことなんて無いでしょうに」
仕事放棄!駄目だこの人。でもこの人が愛華の母親なんだよな。
「娘さんが急患で運ばれたんです」
その日の夜、俺達の病室に愛華が加わることになった。
愛華の顔は青白く生気を感じるものではなかった。それでも俺に笑顔を向けてくる。
「慎也君」
「どうしたんだよ入院なんて」
「料理の時に手を深く切っちゃって…」
左手首から肘付近まで包帯が巻かれている。どのように怪我をしたか知らないがあのような所を料理中に怪我をするのだろうか。
「もー愛華あなた料理で怪我をするような子じゃないでしょ」
「ごめんなさい」
桜先生が怒ってる。本当に母親だったんだ。
「あなたが家事をやらないと私はどうすればいいのよ」
「ごめんなさい」
自分でやろうと思わないのだろうか。そこは文句を言っていい所だぞ愛華。
「もういいわよ。跡も残らないそうだし一週間で退院できるように頼んでおいたから」
「それじゃ困るの!入院が長くなってもいいの」
急に大声を上げて拒んだ愛華を桜先生は呆然と見ていた。俺も驚いた。生気がないくせに迫力だけはすごかったからだ。興味のなさそうだった凛ですら愛華の顔を見ているぐらいだ。
「はあ、ああそう分かった。御波にはそう伝えておくわ」
新しい飴を舐めながら部屋を出る時俺だけに聞こえるように愚痴を言った。
「面倒臭いなあ。私の仕事増えちゃった」
愛華も入院することになって俺たち三人は暇な時を共有する仲となった。
比較的会話が多いとはいえないこの面子だ。会話があったとしても
「もう少しで夏だね」
「そうだな」
「慎也君は退院したら何がしたい?」
「そりゃもちろんバスケだろ。夏の大会には出られないけど秋の大会には出たいからさ」
「そっか……頑張ってね」
「おう」
こんなもんだ。ちなみにこの会話は今日一日だけで三回目だ。
凛が会話に入ってくれば少しは盛り上がると思うがいつも図々しい凛は昨日から譜面に向ってうなっているだけだ。
Pineapple社の音楽プレイヤーで何かを聞きながら書いては消してを繰り返している。
「凛、何してるんだ」
「……」
無視された。分かっていたさ、こいつは自分以外のことは考えない奴だって。勉強の時もそうだ。散々質問したあげく理解できないと言い答えを丸写しするような奴だ。俺のことなんて眼中にないようだ。
「凛さん何をしているのですか」
「アリスドールの歌に似たものを書きたくてね。さっきから考えてるんだけど難しくて」
「アリスドールですか。私大好きです」
「へー意外。あなたこっち系の歌聴くんだ」
愛華には即答ですか。まあ、女の子同士というのは大きいでしょうよ。
ちなみにアリスドールとはダークな歌詞を多く出している人気の三人グループだ。ゴシックロリータの服を着ていて人形のような女の子達だそうだ。だそうだと言うのは誰も素顔を見たことが無いからだ。噂だと素顔を見ると呪われるとか記憶喪失になるとか言われている。じつは俺も隠れファンだったりもする。
「入りますよ」
愛華が入院して初めて見舞いに来たのは伊藤ではなく東詩音だった。大きな花束を二つ持っていることから俺達の見舞いに来てくれたのだろう。あまり交流があったとはいえないのにそこまでしてくれるのは彼女の良い所なのだろう。口は悪いけど。
「あら、斎条さんに雑巾ではないですか」
「雑巾?」
愛華は凛を指さしてから俺を指さして首を傾げていた。
「斎条さんお気になさらないでください。場を和ませるただの冗談ですから」
東は俺の所に来て……
「そうですね、雑巾は言いすぎですね。これからは初心に戻って犬と呼ぶことにしましょう」
犬?ああ、そういえばそれが始まりだったような。
「って、名前で呼べばいいだろうが」
「ワンワン吠えられても分からないです」
花束を置かずに180度回って凛の所へ行ってしまった。
「はい凛。これが私から、こっちは拓馬からです」
あの二人知り合いだったのか。
「拓馬のはいらない愛華にあげて」
「そうですか」
本来受け取られるはずのその花束は愛華の方へ贈られることになった。
「いいんですか?」
「いいのいいの。花なんて貰っても嬉しくないんだから」
東に貰っておきながらそれを本人の前で言うかよ普通。
「長い間入院しているとね。100回花束を貰うより1回会いに来てくれる方が嬉しいものなの」
「そうなんですか」
「そういうもんなの。だから遠慮しないで貰ってよ」
二人の隣には花が飾られることになった。俺はもらえなかったけど好きじゃないし俺が貰っても花なんて似合わないだろ。
「そうだ、犬にも何かあげなきゃね」
手提げ鞄をあさりながら何かを探しているようだ。
「いいってそんな気を使わなくっても」
「いいから手を出して」
嬉しさを隠せずほころんだ顔をしながら右手を出した。
広げた手に置かれたのは百円硬貨だった。
「なにこれ?」
「『百円あったらミャックに行こう』野郎は花より団子でしょ」
ミャクドナルト。ファーストフードなのに鳴門を扱っていて低カロリーで有名なチェーン店だ。俺も部活帰りにキャプテンとよく行ったりもする。
「俺入院中の身なんですけど」
「あら、そうでしたわねえ。なら、これはいりませんわね」
俺の手に置かれていた百円玉を奪い取り東は病室の出口へと逃げた。
「それでは皆さんお大事に」
その日の夕方伊藤たちが見舞いに来た。今日は日曜日と言うこともあってみんな私服での登場だ。昔からの付き合いとはいえそれは学校内でのこと五十嵐となら休みでもよく遊ぶが伊藤と休日に会うのは意外と新鮮だ。
「愛華大丈夫?どこか痛くない?」
「もう、未来は本当に心配性なんだから。ちょっと切っただけじゃん」
「ちょっとじゃないでしょ、入院までして」
やっぱり伊藤と愛華が話しているのを見るといつも通りって感じで落ち着ける。
「中本、もう歩けるのか?」
五十嵐だ。バスケの帰りなのだろうかボールとスポーツバックを持っている。
「歩くだけならな。走ったりするのはまだ無理かな」
『まだ』ではなく『もう』に近いとも言えるかもしれない。
「ふーん、なら秋の大会には出れるのか?」
「まーな、他校との練習大会だろ復帰戦には丁度いいと思ってるからな」
勝っても負けても誰にも迷惑はかけないからな。自分の限界を知るには丁度いい。
「慎也、二人だけで話したいんだけど…歩けるか?」
いいぜと答え立ち上がり久々に会った凛々しい珊瑚についていくことにした。




