第18話 確認と下準備
臨海学校二日目。今日は一日自由時間。そして、夜は楽しみにしていたキャンプファイヤー。
大丈夫、この日のために何度も練習したんだから。
私達は海で遊ぶことになった。海に入るにはまだ早いけどみんな楽しそうに遊んでいる。
だけど私は一人で日陰に座っている。
中本君を待っているのだ。
中本君と瑠璃川さんは海に来るのを嫌がっている五十嵐君を説得してくれている。
本当は中本君と一緒に来たかったのに……五十嵐君の馬鹿。
「そんな所でなにやってるんだ」
中本君だ!……と、瑠璃川さん……。
「夜遅かったからまだ眠くて」
中本君を待っていたなんて言えるはずもなく咄嗟の嘘をついた。
「ふーん。なら珊瑚行こうか」
「うん。慎也」
えっ、私置いていかれちゃうの。まって、行かないで。
「私も行く」
立ち上がろうとすると中本君の手が私の肩を押されて座らされた。
びっくりしたけど、すっごく嬉しかった。
初めてだ。臨海学校で初めて中本君が私に触れてくれた。
「無理すると夜までもたないぞ。今は休んでおけ」
中本君と一緒にいられない。だけど、今夜は大切な…………
「うん、分かった。そうする」
悔しい。また中本君を取られた。また瑠璃川さんと二人きりだ。
「それじゃな」
見送りたくも無い瑠璃川さんにまで笑顔で手を振ってあげた。
「ふうー、自分が嫌いになりそう」
その場しのぎの嘘なんてつくもんじゃないな。
嘘をつくたびに思う。後先考えないで簡単に嘘をついて……
平気に嘘をつける自分が嫌い。
「嫌いになってもいいんじゃないか」
五十嵐君だ。もうどこかに行ったと思ってた。
独り言を聞かれて恥ずかしいより怒りが湧いてきた。そうだ、五十嵐君が全部悪いんだ。
「なに言っているの?」
「無理して自分を好きにならなくてもいいだろ。自分に満足している奴なんていないって」
「そうだけど……」
自分に満足していない……か。私は自分に満足できなくてもいい。それでいいから中本君に満足してもらえるようになりたい。
「自分が自分を嫌いな私を中本君は好きになってくれるかな」
波打ち際で楽しそうに遊んでいる中本君に目線が行く。
もし、あそこにいるのが瑠璃川さんじゃなくて私だったら……もしそうだったら私が今感じているみたいに未来たちは見てくれるのかな。
「ずっと中本しか見てないよな。斎条はやっぱり中本が好きなのか」
「うん、好きだよ」
中本君がいなければこんなに簡単にいえるのに彼の前では話だけで胸が苦しくなる。
それが恋なんだって未来は言っているけど昔みたいに素直に話せないのは嫌だな。
「はあ、どうしよう」
「そんな顔辞めろよな、頼むから笑顔でいてくれよ」
「なに言ってるの?五十嵐君らしくない。中本君に言われたいよそんなこと」
「あの二人を見ているときいつもそんな顔するよな」
ただ私は中本君を見ているだけなのに、どんな顔をしているのだろう。
怒ってる?
泣いてる?
笑ってる?
どんな顔をしているか私は分からないけどどれも私の気持ちと違うのは分かる。
「そんなの知らないよ。私がどんな顔していようが五十嵐君には関係ないでしょ」
「それが関係あるんだな」
「どうして?」
「中本、気付いてるぞ。お前がそんな顔していること、斎条には笑顔でいて欲しいってさ」
中本君が私の笑顔を……そう言われてみると本当の笑顔をしたのはいつだったけ?
「本当?」
「ああ、よかったら手伝ってやるよ」
「手伝うって?」
私の前でひざまずいた五十嵐君はナイトみたいでドキッとした。
「姫の笑顔は私が取り返してまいります」
五十嵐君はよく分からないことを言い残して立ち去ろうとした。
「な、何それ」
「さーな、伊藤たちと楽しく遊んでいてくれってことだろ」
「よ、楽しそうだったな」
珊瑚と分かれた後、日陰で休んでいる所に五十嵐が来た。
「そう見えたならそうだったんだろうな」
「おや、楽しくなかったと」
楽しかったのだろうか自分でもよく分からない。もちろん五十嵐と遊ぶとは違った感じだったし斎条とも違ったと思う。自分が感じたことを言葉に表現できない。
「なんだろうな、珊瑚といるのは嫌じゃなかったんだよな。ただ……」
「ただ……なんだよ」
「普通じゃない感じなんだよ。珊瑚は斎条とは違うんだよ」
「あたりまえだ。瑠璃川は瑠璃川、斎条は斎条だろ」
「そうじゃなくて」
頭をかきながら斎条と珊瑚のほうを見た。俺に一番近いのはきっとこの二人だろう。
でも、俺にとっての二人はまったく違う存在に感じる。
「珊瑚は普通のクラスメイトなんだよな。斎条は……んー、妹かな」
「お前にとって瑠璃川はただのクラスメイトなのか」
「そうだけど」
よく話すクラスメイトだろう。彼氏彼女の関係からは程遠いと思う。仲のいい女友達止まりだろう。
「で、斎条は妹だと言うのか」
「五十嵐もそう思ってるだろ」
小さい時から一緒にいた五十嵐なら分かるだろう。いつも俺達の後ろを伊藤に手を引かれてついてきていた斎条を妹のように感じていただろう。
「昔はそう思っていた頃もあったさ。でもな、今は違うだろ」
五十嵐の目線の先には伊藤たちと遊ぶ斎条がいた。
「俺はもう普通の女の子だと思うぞ。そりゃもう恋愛対象としても十分すぎるほどにな」
真剣だ。いつも冗談しか言わないような五十嵐が真面目なことを言っている。そんな時は対外奴の本心だ。
「五十嵐…お前……斎条のことが」
「ばーか、ちげぇよ。俺が好きなのは他にいるんだ」
「いるのか。誰だ」
五十嵐は軽い笑い声を出して俺に背を向けた。
「何を必死になっているのだか、そうだなあ、俺の質問に答えたら教えてやるよ」
何かを企んでいる五十嵐の顔だ。嫌な顔だけど退屈しない顔だ。
「もし、俺と斎条が付き合うことになったらお前は祝福してくれるか」
「はあ?」
「いつもは四人で遊んでいたのに俺と斎条だけで遊ぶようになったりいつもはお前と帰っていた斎条が俺と帰るようになったりお前から斎条が離れていっても俺達を温かく見守ってくれるかって聞いてるんだよ」
斎条が俺の側からいなくなる。側にいてあたりまえだった斎条が急にいなくなるなんて言われてもよく分からない。
斎条が五十嵐と楽しそうにしている光景を俺は温かく見ていられるのだろうか。
俺に見せてくれていた笑顔が五十嵐だけの物になっても俺は……
「俺は……できないかもしれない」
「俺なら見守ってやれるぞ」
俺がどう答えるか知っていたかのように即座にそういった。
「お前と斎条が付き合うことになったとしても俺はお前達を温かく見守ってやれるぞ。それが斎条とお前の本当の気持ちならな」
「いいのかよそれで、お前も斎条のことは妹みたいに可愛がっていただろ」
「いいんだよ。それが『兄』ってもんだ」
かっこよかった。そして、到底敵わないと思った。五十嵐がとても大きく見えた。
その時の五十嵐からは昔の珊瑚に似たオーラを感じた。
「お前は口で『妹だ』とか言ってるけど心ではそう思ってないんじゃないか」
「俺は…斎条のことを……」
彼女じゃない。だけど、ずっと側にいて欲しい。俺に笑顔を見せて欲しい。楽しく話して欲しい。そう思うのは妹だからじゃなかったのか。
「分からないなら斎条と話してみろよ。妹としてではなくクラスメイトとして」
「五十嵐、俺」
「あー、もういいからさっさと行けって」
五十嵐に背を押され斎条を探すことにした。
「あっぶねー。もう少しで好きな人教えなきゃいけないところだった」
俺の好きな人……か。ごめん、ごめんな。すぐに答えられなくて。ごめんな。
斎条は一人でどこかに行ってしまったようだ。しかなく辺りを探していると昨日のバスケコートに斎条がいた。そこには他にバスケ部の奴がいた。
そいつは斎条にシュートする所を見てもらっているようだ。
「…………」
「………」
何か話しているが聞こえない。俺は息を殺しながら近づいた。何をしているんだ俺、堂々と近づけばいいものを
「どうだった俺のシュート」
「かっこよかったですよ」
「なら、俺と付き合ってくれよ」
告白!それを聞いて悔しくなった。もし、斎条がOKしたら……悔しさの次に怒りが湧いてきた。
「ごめんなさい」
即答!相手には悪いけど安心した。
「そっか、いや、いいんだ。うん、それじゃあ」
苦笑いで走っていってしまった。
帰ろう、今会うのは気まずい。
「おや、シンちんこんな所でなにやってるのら」
こいつはどうしてこんな時に現われやがるんだ。
「誰かいるの」
「やば、あちきはずらかるのら」
かりんは逃げた。一帯あいつは何がしたいんだ。
「中本君」
「よう、斎条」
平常心、そう平常心を保つんだ俺。
「見てた?」
どうしょう笑って誤魔化すことしかできない。
「見てたんだ」
「うん」
「はは、困っちゃうよね」
「どうして断ったんだ」
「好きな人いるから」
小さな声、顔を伏せて見せてくれない。
「それって五十嵐か」
安心が欲しかった。五十嵐はあんなこと言っていたけどもしかしたらと言うものがある。
「五十嵐君?違うよ」
「そっか、なら行こうぜ」
斎条の手を取って砂浜へ出ようとした。
「あ、中本君。手」
「?嫌なら放すけど」
「ううん、このままがいい」
斎条が笑顔になってくれた。笑顔になってくれればそれでいい。そう自分に言い聞かせた。
この繋がれた手は斎条を笑顔にするためだ。
斎条は妹……。だけど、離れて欲しくない。自分だけのものにしたいという気持ちが握る力を強くした。




