第17話 メンバー不足の肝試し
気まずい。珊瑚と斎条に挟まれて寝ることになった俺は眠れない時を過していた。
もう、何時間も経ったような気分だ。今、何時だろう?だが、時計は見ない。
挟まれてからずっと羊を数えていたが千を越えていない。30分がいいところだ。
キャプテンがあんなこと言わなければとっくに夢の中だ。
今まさに隣にいる子が俺のことが好き?その真偽はともかく、その話を聞かれていたことで変に意識してしまう。
「駄目だ、外に出よう」
テントから出て星空を見上げた。いつもなら落ち着いた気持ちになれるのだが今はもやもやした気持ちがまったく晴れない。
「慎也……外にいるの?」
目を擦りながら珊瑚が出て来た。
「悪かったな。起こしちゃったか」
「ううん、私も起きていたから」
「そうか……」
「うん……」
話が続かない……沈黙のまま二人で星空を見ていた。
この空気を打破するために何か話さなければ。
「珊瑚って龍真って男探してるんだよな」
「そうだけど」
「もし会えたらなにをするつもりなんだ。目的もなしに探しているわけでもないだろ」
「そうだなあ……」
空を見たまま珊瑚は考えていた。ただ会いたかっただけなのだろうかそれとも何か言えないことでも考えていたのだろうか。
「まずは手合わせを願いたいな。自分がどれだけ兄さんに近づいたか聞きたいし」
自分の握りこぶしを見つめながら珊瑚は楽しみにしている笑顔を見せた。
「それから話もしたい」
「話?」
「兄さんと龍真はライバルで親友だった。龍真は私より兄さんのことを良く知っているみたいなんだ。だから、兄さんの事を聞きたい」
「兄妹のことで知らないことなんてあるのか」
名前で呼び合ってから初めて……いや、転校してきて珊瑚に初めて会ったあの日から今まで見たことない。珊瑚は悲しい顔をしていた。
「私が小さいころに兄さんと離れて暮らすことになったの。まだ小さかったから兄さんの記憶で残っているのは強かったことと龍真のことだけ。それと、兄さんの遺言かな?『俺より強くなれ。俺を超えてみろ。そこで俺は待っている』て、言い残したのが最後だったの」
「そうだったのか……にしても難しいこと言う人だったんだな」
「うん、でも私はそんな蓮兄さんが好きだったんだ」
星空の下。俺達二人の静かな時間はいつもとは違った空気をかもし出していた。
その時の俺にはもうあのもやもやした気持ちはまったくなかった。
ようやく落ち着けたのも例のあいつがぶち壊してくれた。
「忘れてたのらーーーーーーーーー」
テントから飛び出てきたかりんは俺達のところへ駆けてきた。
「シンちんにサンちんラブラブしている場合じゃないのら。速くみんなを起こすのら」
「はあ?なんで?みんな寝てるのに」
「いいから起こせるだけ起こすのら、今から肝試しをするのら」
「クマちんごめんなのら。すっかり忘れていてぐっすりだったのら」
「いいのだよ。君はそういうやつだって良く知っているから」
かりんに連れてこられたのはダイビングポイントとして有名な離れ小島だった。
「しょうがないのら、皆起こすのに時間が掛かったのら」
結局、早瀬と椎名とキャプテンは起きなかった。伊藤は起きたが二人が心配だから残ってくれた。
「うーん、人数が合わないのら。しょうがないのら、適当に三人組になるのら」
「ごめんごめん、私も入る」
赤く塗られた橋を伊藤が走ってきた。
「未来、残るんじゃなかったの」
「ああ、それね。赤井先輩が起きてくれたから行ってくればいいって言ってくれたから」
「ええと、うん。ちょうど三人組で割れますね」
南海堂が確認する前に既に組み分けはできていた。
かりん、神原、東組
俺、斎条、珊瑚組
伊藤、南海堂、五十嵐組となった。
「よし、組み分けできたのでクマちんよろしくなのら」
「おうよ。わしゃあこれが楽しみでの」
荒熊さんが話してくれたのはこの離れ小島にあるとあるお話だった。
この島にはね。ある決まりがあるんだよ。それはね、絶対に左回りにしか回ってはいけないというものなんだ。そして、何があっても振り返ってはならない。
それはね、この島にある女性の霊がいるからなんだよ。
その女性がまだ生きていた頃にはまだ橋なんてなくて本当の離れ小島だったんだ。
その頃この島に来るには舟で来るしかなかった。見て分かると思うけどこの島の周りは流れが激しい海流がいくつも入り組んでいて入ったら最後生きては出れないからね。
この島にその女性と男性がやってきたんだ。彼女は彼のことが好きだった。だけど彼は彼女とは身分が違った。しかし、彼女は諦めなかった。だから彼はこの島に彼女を誘ったのだ。
彼は彼女と競争をしようと言ったんだ。
「君は左から、僕は右から回るから先に真中にある神社に着いたほうの勝ちだよ」
「もし私が勝ったら付き合ってくれる」
「ああ、僕を捕まえられたらね」
そして、彼女は左回りに走り出したんだ。だけど彼は彼女を置いて島を出て行ってしまった。
三年ほど経ったある日、彼は彼女に酷いことをしたと罪悪感に終れ彼女のお墓を作ってあげようと思ったんだ。そして、彼はまたこの島に訪れたんだ。彼は、左回りに島を回ったんだ。
だけど、さがしてもなかったんだよ。
彼女の骨がさ。
鳥が運んでいったのかと思って彼は神社に簡単なお墓を作ったんだ。そして、右回りに帰ろうとしたんだ。
すると、目の前にボロボロの服を着た女性が現れたんだ。
女性が男に近づいてこう言ったんだ。
「みーつけた」
彼は女性に背を向け必死に逃げたんだ。だけどすぐ後ろで自分を呼ぶ声が聞こえるんだ。
だけど彼は振り向かず逃げたんだ。そして、なんとか逃げ延びることができたんだ。
その後、何度もこの島を調べたんだが骨もその霊も見つからなかったんだ。
ただ、生きて戻ってきたのは左回りに回ったものだけなんだ。右回りに回ったものは一人も戻ってこなかったんだ。そして、そのいなくなった者の骨も見つからないんだ。
「そっ、そんなのあるわけないのら」
「それで、つい最近の話なんだけどな」
荒熊さんは続きの話を始めた。
このように立派な橋ができた頃、ある大学のサークルで君達みたいに肝試しをしようと集まった人たちがいたんだ。
当初は皆右回りで回ろうと話していたのだがある男女二人だけが左回りで回りたいといったのだ。結局、その二人だけ左回りをすることにしたんだ。
二人は先に待ち合わせの神社に着いたんだ。だけど、何時間待っても他の人は来なかった。
不思議に思った彼は彼女と一緒に先に進むことにしたんだ。
そして、一周したけど誰一人として見つけることはできなかった。
彼は彼女を残してまた回り始めたんだ。彼女の忠告通りに左回りで、別れる直前彼女はこう言った。
「絶対に振り向かないでね」
神社まで来た彼だけどやはり見つからない。
そこで彼は仲間の一人に電話をしたんだ。だけど、一向に出なかった。
すると、後ろの方で彼を呼ぶ声がした。
正直彼は嬉しかったのだろう。聞きなれた友の声を聞いて何事もなかったのだと安心したのだ。彼女の忠告など忘れて彼は振り返ってしまった。
そこには誰もいなかった。
突然、彼の携帯がなった。
友からの電話だと喜んだ彼は急いで出た。
「おい、大丈夫か、今、どこにいるんだ」
必死にそう叫んだ彼だが返事は驚くものだった。
「何言ってるんだよお前、俺はお前が待ち合わせ場所に来ないから電話しただけだぞ」
悪寒に襲われた彼は助けを求めようとしたが携帯が切れてしまった。
すると、後ろから声が……
「だから、振り向かないでって言ったのに」
彼は、左回りに逃げた。だけど、疲れていた彼は転んでしまった。死を覚悟した彼だが彼女は捕まえに来なかった。そのまま彼は島を離れ公衆電話を見つけ友達に電話をした。そして、受話器から聞こえてきたのは……
「あなたも私を置いて行くの?」
「それじゃあ行ってみるか」
荒熊さんは固まって動けないでいる俺達に陽気に話しかけてきた。
「そ、それじゃあ、じゅ、順番を決めるのら」
ガチガチに怖がっているかりんが出してきたくじを代表が引いた。
順番は五十嵐組、俺達、かりん組となった。
「それにしても有名なダイビングポイントなのに怖い話があるんですね」
斎条の問いに荒熊さんは明るく答えた。
「そんなこと誰が言ったんだ。ここは飛び込み自殺の名所として有名なんだぞ」
一同沈黙。のち苦笑い。
「そ、そんなのきにしないで二人とも行くよ」
「い、伊藤痛いよ。もう少し力緩めろよ」
伊藤は二人を連れて行ってしまった。
「10分たったら次が出発するのら」
島を一周できる砂利道を俺達三人は進んでいた。
両脇には林が生い茂っていて暗かった。
空の青白い月の光もほとんど届かない道だ。明かりは懐中電灯一つだ。
「斎条もう少し離れられないのか」
斎条に右腕を抱かれている。傍から見れば中のいい二人に見えると思うが実の所斎条は体重の半分以上を俺の右腕にゆだねている状態だ。歩きにくいことこの上ない状況だ。
「慎也、辛くないのか」
珊瑚は二人きりの時だけあの話しかたをするようだ。
「まあなんとか。もし肩が外れても珊瑚が直してくれるだろ」
「そうするが初めては痛いぞ」
「十分気をつけます」
「ねぇ、中本君」
下から見上げる目が俺を見ていた。
「なんだ斎条、幽霊でも見つけたか」
「うんん、なんでもない」
ため息を吐いて斎条は俺から離れた。
「あれって……未来?」
神社に着いた俺達に背を向け仁王立ちしている女性、伊藤がいた。
「おい伊藤一人でなにやってるんだ」
肩を震わせ驚いていたが伊藤はこっちに振り向かなかった。強がっていたが意外と信じているようだ。
「もう、中本、後ろから呼びかけないでよ」
「悪い悪い、で、二人はどうしたんだ」
伊藤は暗い林を指差した。
「トイレだって、なに考えてるんだって本当にデリカシーの欠片もない二人ね」
「だな、俺達は先に行くけど伊藤もいっしょに行くか」
斎条と珊瑚を見た伊藤は首を横に振った。
「私が消えたって騒がれると困るからここに残ってる」
「そうか、じゃあな」
歩き始めようとすると伊藤が二人を呼び止めた。
「斎条に瑠璃川、何があっても振り向かないでよ。もしかしたら本当に出るかもしれないか」
「伊藤は大げさだな。だが、心配してくれて嬉しいぞ」
「あ、うん。じゃあね未来」
伊藤を置いて俺達は先に進むことにした。
島を一周してようやくもといたところに戻ってきた。そこには五十嵐と南海堂がいた。
「遅かったな。あれ、伊藤は?」
「なに言ってるんだよ。伊藤なら神社でお前達を待ってたぞ」
「待ってるって……なあ」
南海堂と顔を合わせた五十嵐がおかしなことを言い出した。
「伊藤ならお前達と一緒に回りたいからお前達が来るのを待つって言って残ったんだぞ」
まさかな…という空気が流れた時、かりん組が戻ってきた。
「ふぅ、何も出なくて物足りなかったのら」
「とかいってずっと騒いでいたじゃない」
「そうそう、おかげで耳が痛くなったし」
「かりん、伊藤見なかったか」
「ミラちん?見なかったのらよ」
次に言うことを悩んでいると斎条が脅えながら言った。
「あのね、さっき会った未来ね。私のこと『斎条』って呼んだの」
「それがどうしたんだよ」
「上手く言えないんだけど……えっと……」
斎条が答えを見つける前に答えが来た。
「おいおいかりん、俺をおいてなに楽しんでくれてるんだよ」
キャプテンと早瀬、椎名が来た。その中には伊藤もいた。
みんなの視線は伊藤に集中していた。当の本人は気味悪がっている。
「なに、皆で私を見つめたりして」
「未来、今までどこにいたの?」
「なに言ってるの愛華、ずっとテントにいたに決まってるじゃない。あまりに帰りが遅いから今来た所じゃない」
俺達は、苦笑いしかできなかった。悲鳴を上げようにももしかしたら見間違いだったかもしれない。そんな見間違いをするはずはないがそう信じたかった。
「あれ?おいマコマコ右腕どうした。あざができてるぞ」
「あざ?」
五十嵐の右腕には手の形をしたあざが残っていた。そこは伊藤に捕まれた所だった。




