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第16話 無理せず話せる人、話せない場所

 バスケはキャプテンの体力切れでお開きになった。

「キャプテン、体力メニューちゃんとやってますか?」

「よく言う。お前の相手しているだけで部活なんてまともに参加できやしねぇよ」

「それにしても中学生の体力じゃないですよあれじゃあ」

「マコマコうるさい」

「ねえ、中本君」

「なんだ斎条」

「あのね、中本君は五十嵐君みたいなのできないの?」

 五十嵐みたいなの?……ダンクとかジャンプ系のアクションのことかな。

「あー無理無理、中本には到底できないよ。この身長じゃさ」

 五十嵐は俺の頭を叩きながら嬉しそうに笑っていた。

「馬鹿にしやがって、見てろよいつかダンク決め手やる」

「本当、中本君。私楽しみにしてるからね」

「おう」


 俺達は北斗七星に戻るため山の入り口に集まっていた。

「遅いのらコノちゃん」

「わるいわるい、あれ、瑠璃川は?」

 先に待っているといっていた珊瑚がそこにはいなかった。

「サンちんなら散歩してくるって先に帰ってくれればいいといってたのら」

 いくら珊瑚でも暗い山道を一人は危ないだろう。

「キャプテン、俺探してきます。先に帰ってください」

「おう、悪いなシンシン」

「中本君、私も行こうか?」

「いいよ、斎条は皆と先に帰ってなよ」

 俺は小走りで珊瑚を探すことにした。


 林に入ってすぐの所に小高い丘がありそこに珊瑚はいた。

 そこからは水平線と沈む太陽がよく見えた。

「珊瑚そろそろ帰るぞ」

「中本……すまないな」

 その時の珊瑚はいつもより俺から距離をとっているように見えた。

「いこうか」


 舗装された山道を俺達二人だけが歩いている。

 空は一番星が見え始めていた。

「久しぶりだな」

 始めに話し始めたのは珊瑚だった。いつもは俺が話しかけないと何も喋らなかったのに。

「なにが?」

「二人きりでいるの」

 凛々しい珊瑚とは思えない女の子らしい声で答えた。

 驚きよりその可愛さに心を奪われそうになった。

「ほら、斎条とか五十嵐がいつも側にいたじゃない」

「珊瑚」

「うん、なに?」

「変なものでも食べた?」

「…………」

 急に赤くなっていく珊瑚は頭を抱えて塞ぎこんでしまった。

「どうしたんだ」

「やっぱり駄目だ」

 珊瑚は左右に頭を振り勢いよく立ち上がって大声を出した。

 その後、体全身で脱力感を表現していた。

「な、なんだよ。いきなり」

「かりんに無理しないで話せないのかと聞かれたのでな。試してみた」

 その声は強さと凛々しさが伝わるいつもの話し方だった。

この話し方の方が馴染みはあるが珊瑚が俺との間に壁を作っているように感じるものだった。

「さっきのが本当の珊瑚なのか」

「そうだが……やはりなあ」

「恥ずかしいのか?」

 首を傾け少し考えていた。

「恥ずかしい……訳ではないのだ。自然に話したほうが楽なのは楽なのだ。ただ、ほら私武道家で話さないと思われているだろ。だから中本も変だと思ったんだろ」

「いや、よかったよ。今のよりずっと」

「本当か?」

「ああ、話しやすいなら自然に話せば」

「それなら……そうしょうかな」

 笑顔だ。俺だけに分かる珊瑚の笑顔ではなく誰にでも分かる笑顔。珊瑚は今笑っている。

「そうしろよ、珊瑚はお菓子も作れるし綺麗だしいいんじゃないか」

「中本って恥ずかしいこと簡単に言うんだね」

「悪いかよ。自分に嘘をつくのは嫌いなんだ」

「そうなんだ。おっかしい」

 笑ってくれている。普通の女の子みたいに笑顔で楽しそうに、

「中本は……?」

「珊瑚?」

 言いかけて立ち止まり考え込む珊瑚は俺の顔を見て不思議そうにしていた。

「中本は私のこと名前で呼ぶのに私は苗字で呼ぶって変じゃない?」

「違和感はあったかな、しかも呼び捨てだし」

「そうだったんだ……じゃあ、…中本君?」

 ぎこちない珊瑚の喋りに思わず笑ってしまった。

「どうして笑うかな」

「ごめんごめん、いっそのこと珊瑚も名前で呼んでくれればいいよ」

「名前で?名前……名前……」

 腕を組んで考え始めた。まさか

「もしかして、忘れたとか言い出すなよ」

「いや、ほらいつも苗字だけだったし」

「慎也だ。中本慎也!」

 そのまま珊瑚を置いて先に進んだ。すると、後ろから

「まってよ、慎也」

「名前でも呼び捨てなんだな」

 呆れて振り返ると当然と言う目が俺を見ていた。

「だって、慎也だって呼び捨てじゃない」

「分かったよ、いいよ呼び捨てで」

「うん。分かった」

「速く戻って風呂入ろうぜ」

 暗くなった山道、空の多くの星と青白く光る月だけが俺達を照らしていた。

 暗闇に潜む不安や恐怖など忘れ俺達は笑顔でいられた。

 その時の俺は珊瑚の本当の心と忘れることのできない笑顔を知って珊瑚のことをすべて知ることができたと過信していた。

 彼女の心の闇の一端すら俺はまだ知らなかったんだと……

俺が珊瑚についた初めての嘘の残酷さもまだ俺は知らなかった…………


「あがったらロビーに集合な。かりん、ちゃんとするんだぞ」

「心配ならこっちに来ればいいのら」

「生憎、まだ犯罪は犯したくないのでな」

 俺達は風呂に入るために北斗七星の大浴場で男女に別れた。

 ここの大浴場は銭湯と同じ作りになっていて壁には夜の富士山が描かれている。これは荒熊さんの趣味だそうだ。

「シンシンはさ」

「なんすか?」

「好きな子いるのか?」

「唐突な質問ですねいきなりなんですか」

「馬鹿を言え、裸の付き合いで話すといったらこれにかぎるだろ」

 キャプテンの声は浴場中に響いて煩かった。

「キャプテンはいるんですか」

「俺か?俺はだな………セイセイはどうなんだ」

 誤魔化しやがった。

「自分ですか、いますよ」

 即答だった。今まで興味がなさそうにしていた五十嵐ですら身を乗り出して聞き出した。

「聖弥誰が好きなんだ」

「早瀬舞さんですよ」

 俺達は南海堂の立て続けの即答にポカーンとしていた。

「やけに素直に教えるな。冗談じゃないよな」

「自分は冗談を言えるような人間ではないことは誠君が一番知っているではないですか」

「知ってるがよ、少しは恥らえよ」

「では、誠君の好きな人は誰ですか?」

「俺?俺は……いねぇよ」

「そうですか。では、中本君は?」

「何で俺なんだよ。キャプテンは」

 必死に誤魔化そうとする俺を五十嵐と南海堂は嘲笑うような目だった。

「何言ってるんだよ。同級生同士のほうが面白いに決まってるだろ」

 いないと一言で言い終わらせた奴に言われたくない。

「いねーよ」

「うっそだー。ぜってぇ斎条のこと好きだろ」

 なにを根拠にそんなことを決め付けるのやら……

 斎条は俺と五十嵐の幼馴染みたいなものだろ。

「お前は違っても間違いなく斎条はお前のことが好きだな」

「何言ってるんだか。なわけないだろ」

「そんなことないぞシンシン。誰がどう見ても斎条ちゃんはシンシンが好きだろうよ」

 五十嵐とキャプテンは顔を見合って頷いていた。

「そうなんですか。でも自分が見る限り瑠璃川さんも中本君に好意を持ってると思いますよ」

「そうか!シンシンは瑠璃川ちゃんが好きだったのか」

「どこをどう聞き間違えばそうなるんですか。それに珊瑚が俺ことを好きだって?南海堂も何言ってるんだよ」

「ですけどね。名前で呼ぶほど仲良しなのは中本君だけではないのですか」

 それはそうだけど、それは成り行きといいますか……

「それに、瑠璃川のお前に対する話し方は俺達と違うしな」

「あーあーあー、この話はこれで終いだ。あがるぞ」

 

 ロビーで待つこと20分。ようやく女子チームが出て来た。

「遅かったな珊瑚」

「慎也……」

 赤く火照った珊瑚は俺と目を背けた。

「おいおい斎条大丈夫か顔真っ赤だぞ」

「あ、ありがとう五十嵐君。私は大丈夫だから、ねぇ未来」

「あ、うん」

「おや、早瀬ちゃんも上せたちゃったのかな」

「いえ、そうじゃないです赤井先輩。実はですね」

「あー、そうだ。皆にジュースを奢ってあげるのら。さ、行くのらよ」

 女子全員を連れてかりんはいってしまった。

「長湯しすぎなのかな」

「だよな。大分赤かったし」

「あーそう言えば言い忘れたことがあった」

 キャプテンが頭をかきながら俺達に衝撃の事実を打ち明けた。

「実はあの風呂、男湯と女湯が繋がっていて話し声丸聞こえなんだ」


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