第15話 自由時間のすごし方
「各自一つ取るのら」
かりんは大小黒い袋を12袋出してきた。
「中にはクマちんから貰った食材が一種類入ってるのら。それからこれも」
手渡されたのはエアガンだった。
「さあ、己の欲を満たすために戦え。敵の屍を越え食材を奪え。さあ、戦うのら」
「いただきまーす」
俺達11人は美味しいカレーにありつけた。
予定されていたカレー以外にもサラダや手作りのプリンまで付いた。
「斎条ちゃんのカレー……美味い。はあ、よかった生きてて」
「ありがとうございます先輩。お代わりどうですか」
「もちろん」
「五十嵐君美味しいですか?」
「これ早瀬が作ったのか」
「はい……どうですか?」
「美味いよ早瀬ちゃん」
「ロリコンは黙ってなさい」
キャプテンは神原にカレーを奪われた。
「返して、早瀬ちゃんのカレー返して。でも、これが神原ちゃんの愛情ならそれもいい」
「キモ!なにこいつ」
周囲から見ればキャプテンは二人のカレー二つを交互に食べて嫌らしい顔をしている変態だ。
「あら、素敵な人じゃない。全身で愛情表現をするなんてまるで獣みたい。私は嫌じゃないわ」
「おお、東ちゃん」
「ただの野蛮人か変態じゃない。愛華気を付けなさいよ」
「未来の言うとおりです。その目付きその手付き何をとっても嫌らしい人です」
椎名とキャプテンはほとんど初対面のはずのだがそこまで思われていると言うことは相当酷いのだろう。
「キャプテン言われたい放題ですね」
「よいのだよシンシン。これが彼女達の愛なのだから」
「いや、無いから。絶対に微塵も無いからそんなの」
「神原さんすごい否定ですね」
「セイセイ分かってないなあ。神原ちゃんはツンケンキャラなのだよ」
「そんなんじゃねえっていってんだろ」
「皆少しうるさいぞ」
珊瑚のぼやきに笑いが起こった。そんな和やかな夕食を俺達は送っていた。
「あちきにも食わせろ!!」
近場の大木に縛り付けられたかりんが騒ぎ始めた。かりんの目の前にはキャプテンが置いたバナナがあるだけだ。
「無計画馬鹿はバナナでも食ってろ」
キャプテンの言うとおりかりんは無計画の塊だった。
無計画もとい無謀な計画とはエアガンで打ち合って食材を奪い合おうと何とも危険な遊びだった。
もちろん、全員猛反対にくわけ荒熊さんにバレてエアガンを没収。
その後、罰としてかりんは貼り付けの刑となったのだ。
「たく、何を考えているのか。後先考えないで行動するからこんなことになるんだ。反省しろ」
「けけ、仕事がてら取材に行ってネタを沢山見つけて調子に乗って書いていたら前回の話と繋がりがなかったことに気付いた小説家気取りの誰かさんじゃああるまいしあちきはそこまで無計画じゃないのら。それよりお腹すいたのら」
「おおそうだっな、俺が食わせてやる」
キャプテンはバナナをかりんの顔に擦り付けた。どこかで見たような光景だ。
「おら食え食え」
「はうう、コノちゃん貴様もしかして、あちきのようなかわゆい女の子をヒイヒイ泣かせるのが好きなペドフィリアだな」
「何とでも呼べ。今の俺はそんなのではへこたれないぞ。今の俺は愛情に満ち溢れているからな」
「馬鹿、変態、ロリコン、スケベ、このペド野郎め」
「おらおらおらもっと食え」
「はぷぷ」
二人のやり取りを見ながら食事も終わりデザートのプリンを一口頬張った。
「これ美味しいな。これも斎条が作ったのか」
「それは私だが」
いつもの変化の薄い顔で珊瑚が答えた。いつもと同じ表情に見えるが俺には少し喜んでいるようにも見えた。
「珊瑚が……意外だな」
「そうか?食事よりもお菓子の方が得意なのだがな」
「うん、美味しい。市販のより何倍も美味しいぞ」
「あ、ありがとう」
凛としている珊瑚の声ではなく女の子らしい照れた声だった。
その声に異常に反応したのはやっぱりキャプテンだった。
「瑠璃川ちゃんのプリン!俺も食べる」
「あちきもら」
騒がしい二人が輪に戻ってきた。
後ろに服を引っ張られた。振り返ると斎条だった。
「中本君、私のカレー美味しかった?」
「斎条のカレー?美味かったけど」
「そう……ありがとう」
斎条の表情は喜びともう一つまったく逆の表情二つをあわせたようだった。
「それじゃあ自由時間なのら」
夕日が辺りを茜色に染め始めた頃俺達はひと時の落ち着いた時を迎えることになった。
しかし、それは臨海学校で起きる小さなとても小さな出来事の前触れを呼ぶものだった。
自由時間に入るなり南海堂がテントの割り振りを発表し始めた。瑠璃川は特に反論もせず早瀬だけが困ったようなことを言い出した。
「私は女の子同士がいいのですが」
「ですがね早瀬さん代わってくれそうな人がこの中に居ますでしょうか」
周りを見渡して早瀬は潤んだ瞳で皆に助けを求めた。そこまで必死に拒まれると正直へこむ。
「私が代わりましょうか」
斎条だった。伊藤たちは反対していたが斎条が自分が代わると言い張り早瀬と代わることになった。早瀬より斎条の方が親しんでいるからまだマシだろうと俺も腹をくくった。
「問題も解決したことだし皆で海に行こうぜ」
キャプテンの誘いで皆で海に行くことにした。
山を降りること10分。夕日が海を赤く染め空は青と赤が混ざり幻想的な紫色をしていた。
俺達はしばらくその景色を黙ってみていた。あのうるさいかりんでさえこの神秘的な空気に飲み込まれているようだった。
それでも先に騒ぎ出したのはかりんだった。
「ユメちんシオちん走るのら。青春なのら」
「かりん一人でやれば」
「私は結構です」
「二人ともそれでいいのらか?今夜の下見に行くのらよ」
まあそれならと三人は浜辺を走り始めた。
「三人ともどこに行くんだ」
「ほら、あそこにある小島だろうよ。有名な所らしいからな」
キャプテンの指さす先には小さな島があり浜辺から赤い橋が架かっていた。
「荒熊さんの話では有名なダイビングポイントらしい」
「海水も綺麗できっと素敵なんでしょうね」
伊藤は波打ち際で遊ぶ二人を見て言った。
早瀬と斎条は海水に足をつけ波と戯れていた。
「私は他の所を見てくる」
珊瑚が一人で山と海の境目付近を目指して歩き始めた。
「一人で大丈夫か?」
初めてキャプテンが班長らしいことを言った。
「大丈夫だ。少し一人になりたいだけだ。山の入り口付近で待っている」
そう言い残すと珊瑚は砂浜を出てコンクリートの道を山へ向けて歩いていった。
伊藤と椎名も海に足を付け四人で遊び始めた。
するとずっと後ろから生きのいい声が聞こえた。
砂浜の終る付近にフェンスに囲まれた小さいバスケのコートがあった。そこで高校生と小学生だろうか四、五人がゲームをしていた。
「シンシン見に行くか?」
「キャプテンもしかして勝負を挑みに行くとか言い出しませんよね」
「と言う中本自身が言い出したり」
「誠君もそういうの好きではなかったですか」
「聖弥バスケ得意だっけ」
「貴方達三人と比べられるとたいしたことないですが、フリーシュート率七割って所です」
「よし、当たって砕いてくるか」
キャプテンの気合の入った声に久々に戦闘態勢になった。俺達四人の即席チームがどんなものかは分からない。南海堂はそこそこできるようだ。バスケが上手いが部活に入っていない趣味でやっているぐらいの上手さだろう。
五十嵐の実力は良く知っている。俺が速さで奪って確実な3Pシュートタイプだったら五十嵐は力で奪って高さで入れるタイプだ。
五十嵐はバスケ部のキャプテンだ。本当なら俺だったのだが俺が小学校の方に顔を出さなくなってから五十嵐がキャプテンをすることになったのだ。
そして、赤井キャプテン。ディフェンスには絶対の自信がある人だ。動きが重い時があるが確実にボールを奪う技術の高さは俺以上だ。
「キャプテンお互いマジでやりましょうね」
「おうよ、シンシン」
この時のキャプテンが一番かっこいいから俺はこの人と一緒にバスケをしている。
「中本君達バスケットするの?」
斎条たちが海から上がり俺達のところに来た。
「うん、斎条ちゃん応援してねえ」
「は、はい。中本君頑張ってね」
こんな時のキャプテンは好きになれない。
頭二つ分も高い高校生は快く受け入れてくれた。
一番背の低い小学生でも俺と比べると頭一つ高い。俺達三人は身長で圧倒的に負けていた。
「そんじゃあまあ始めますか」
ジャンプボールはキャプテンと小学生だった。
ボールは投げられたがその小学生は飛ぶことすらしなかった。
「ボールは譲るよ」
小学生を含め相手は俺達を甘く見ているようだ。
その態度にイラつき始めたキャプテンは俺にボールを渡した。
「舐めやがって、シンシン見せてやれ」
「たく、口だけキャプテン」
コートの真中、いつもやっているコートより二周りより小さい。ここからのシュートなら少し力を抜いて投げた方がいいな。
軽く投げたボールを見た高校生は驚くより呆れたような目をしていた。
そんな中唯一慌てた声を上げたのは小学生だった。
「ヤルミ飛べ」
「はあ?」
パスッと軽い音がしボールがコンクリートを叩く音が響いた。
ゴール近くにいた高校生は何もできず突っ立てるだけだ。
「まぐれだよな。ヤルミ、ボール」
「ああ」
ボールを受け取った高校生は軽くドリブルをしながら近づいてきた。両脇にいた小学生と高校生はその前を歩き三角形を書くような形をとっていた。
「中本、久々に行くか」
「転ぶなよ。五十嵐」
ボールを持った高校生に一気に近づく、パスする相手を探した彼だが両脇に控えていた二人の前にはキャプテンと南海堂が着いていた。
「くそ、海斗頼んだぞ」
高校生はあえて背の高いキャプテンの張り付いている小学生に無理やりパスをしようとした。
「馬鹿」
海斗と呼ばれた小学生は無理矢理キャプテンの前に出ようとするがボールは一向に飛ばない。
「考えすぎ」
ボールはすでに俺の手の中にあった。周りを見渡している時にドリブルの合間を抜いたのだ。
「打たせない」
高校生が覆いかぶさるように立ちはかった。
「五十嵐頼むぞ」
視界を奪われたがゴールの位置は分かっていた。その方向に力強く投げた。
「馬鹿が、ゴール下にはヤルミがいるんだぞ」
ボードに弾かれる音、そこに五十嵐が猛スピードで駆け寄り飛んだ。
「高い!」
海斗が防ぎに入ろうとするが五十嵐のジャンプはリング側まで届いていた。
そして、そのままボールをいれリングにぶら下がった。
「小学生のジャンプ力じゃねぇぞ」
それよりも海斗のスピードは異常なほど速かった。俺でも追いつけないほどに。
「五十嵐君カッコイイ」
「ありがとうよ。斎条」
五十嵐が俺達の所に戻った所でゲームが再開された。
「どいつもこいつも俺一人でやる」
海斗はボールを持つなり俺達に切り込んできた。
五十嵐、俺、南海堂、と順々に抜いていく。速い。速さには自信があった俺が簡単に抜かれた。そして海斗は最後の守りのキャプテンの前までにいた。
「見ていてくれ斎条ちゃん」
腕を広げてディフェンス態勢になった。
しかし、その脇を簡単にすり抜けた。
それを予測していたキャプテンは右足を軸に周り海斗の目の前に立ち続けた。
「これで終いだ」
カットしようとするがキャプテンの手は空を裂いた。
海斗はキャプテンの股を抜いたボールをキャッチしてゴールに入れた。
「相手の行動を予測する判断力、それに対する対応力、相手を罠にかける技術、それらが君には足りない。そして何より」
キャプテンを指さした海斗は胸を張っていった。
「速さが足りない」
海斗に散々言われたキャプテンはブヂギレた。
「舐めくそ回しやがって、完膚無きまで叩きのめしたる」
その後俺達はいい汗をかきながら己の技術を披露し続けた。




