第14話 割り振りは計画的に
「テントはこんなもんか」
「中本、何か違うような気がするんだが」
「俺達三人が手を出して失敗するよりいいだろ」
「自分も中本君の意見に賛成ですね。私達三人にあの手のスキルはないでしょう。なら、力仕事に専念すべきですね」
幸運にもリーダーを失った俺達は合同班を形成しテントの設営と早めの夕飯作りを分担して始めた。
「でもよ」
五十嵐は女子メンバー7人の方を見ながら不満そうな声を出していた。
「やっぱり薄い。舞、もっとルー入れようぜ」
「え、でも夢箱にはこれでいいって書いてあるけど」
「あら、濃いほうが美味しいものもありますわよ。ほら」
「はわわ、詩音どうするのこれ塊みたいになったよ」
「あら本当。でも大丈夫、かりんなら食べられそうですから」
「もーそれじゃあ私達はどうするのよ。椎名さんご飯の用はできましたか」
「うん、それが泡だらけで……」
「泡?うわ、洗剤の匂い」
「早瀬さん大変そう」
「由香里も何やってるんだか。愛華はお米の準備ね。瑠璃川さん火の準備できた?」
「ああ、私は大丈夫だが……斎条どう思う」
「なにがですか」
「伊藤の持っているのは人参だと思うのだが小さくないか」
「へ?み、未来皮剥きすぎ」
「あ……しょうがないじゃない。ずっと同じ色なんだし」
「だがジャガイモも大分小さくなってるな」
「う、うるさいなあ。一口サイズでいいじゃない」
「………」
「いやー自分は助かりましたよ。少しはまともな食事にありつけそうですから」
「中本、やっぱり班戻そうぜ」
「そうだな」
「そんなこと言わないでくださいよ。自分と誠君の仲じゃないですか」
仲はともかく南海堂を一人にしては可哀想だ。
それに、今更戻すと言い出したら伊藤に何を言われるか分からない。
さらに、伊藤に泣きついてきた椎名をまた追い出すとなったら良心が傷つく。
「賑やかでいいじゃないか。五十嵐も嫌いじゃないだろそういうの」
「そうだな。斎条たちも楽しそうだし」
「いやー本当に助かります。これでよく寝れそうです」
「?」
「………聖弥まさか」
五十嵐は慌てて二班のメンバー全員の名前を地面に書き始めた。そして、苦虫を潰したような顔をして南海堂を睨み付けた。
「やってくれたな」
「どうしたんだ五十嵐」
「中本うんと言えそうすれば全て上手くいく」
両肩を掴み酷い形相で五十嵐が迫ってきた。
「な、何だよ訳分からないぞ」
「自分がお教えいたしましょう」
南海堂は五十嵐の書いた名前の上に四つの四角を書いた。
「ここには女子八人男子四人がいます。そして、自分達に与えられたテントは三人用のものが四つ、ここまではいいですね」
「ああ」
「自分が見ての判断ですがまず『笹山かりん、神原夢、東詩音』の三人で一つのテントを使うでしょう」
まず一つ目の四角に三人の名前を書いた。
「あの三人は俺と聖弥達よりもたちの悪い集まりでなまず離れて過すことは考えられない」
五十嵐が補足をしさらに聖弥が付け加える。
「ええ、それに厄介者は一箇所に集めた方が警備も楽ですし」
警備って……まさしく獣扱い。
「次に椎名由香里です。彼女は間違いなく伊藤未来と一緒でしょう。また、伊藤未来は斎条愛華を無理やりにでも引き込もうとするのは必至」
まあ、長い付き合いだからあの三人の繋がりが異常なのはよく分かる。
そして、二つ目の四角に三人の名前が書かれた。
「次に自分達男性陣ですが『自分、誠、赤井虎之耶』を一緒にしていただきたい」
「?なんでだ」
「明日からあるイベントの準備だ。まったく、顔見知りだからって使わないで欲しいよな」
キャプテンらしいと言えばキャプテンらしいや。
「でもよ、二人にイベントの内容教えていいのか」
「班に一人仕掛け人がいてイベントを盛り上げる役になって訳だ」
「ふーん、まあいいけど」
「では、了承と言うことで」
三つ目の四角も埋まった。
「で、残った三人『早瀬舞、瑠璃川珊瑚、中本慎也』をここに書いて終了と、いやー本当に助かりましたよ」
これで最後の四角も埋まって………ておい。
「ちょっと待てよ。俺珊瑚と早瀬と一緒に寝るのかよ」
「中本意外と気付くのが遅いのな。焦った振りして嬉しいくせに」
「なら変わってやってもいいぞ」
「結構、第一瑠璃川が心開いているのってお前だけだろ。いいじゃん仲良くしてやれよ」
「それにしても不味いだろ。男女が一緒と言うのは」
「はい、非常に不味いです。本来班は男女三人ずつと決まっていたのですが笹山さんがどうしてもと言うことで自分の班はあんな形になったのです。本当なら自分が二人の女性に挟まれることになっていたのですが……いやー助かります」
「いや、待てよ。それは……やっぱりだな……」
「中本君助けて」
俺の抗議を断ち切るように半分泣きながら斎条が駆け寄ってきた。斎条のずっと後ろの方では湯気が上がり罵声が飛び交っていた。
「ユメちん見損なったぞ。何だこれは」
「元カレーだが何か文句でも」
俺達が現場にたどり着いた時にはかりんと神原の間には只ならぬ空気が流れていた。
「文句?あああるとも。キャンプでカレー?は!馬鹿じゃないのそんな一般人の真似事」
「じゃあ普通じゃないかりんは何を作るんだ」
「あちき?あちきならシシカバブとか豚の丸焼きとかワイルドなものをだな」
「どこのどいつがそんなもんキャンプ場で食うんだ」
「あら、私の家はそうだったけど」
「シオちんナイス」
「詩音は黙っていて、とにかく、あたしが頑張って作ったカレーをよくも……よくも……」
神原が指さしたのはカレーであったであろう物とお米と焚き火が混ざったものだった。しかし、本当にあれはカレーだったのだろうか。円柱状の塊が焚き火の上に乗っているだけにも見える。辺りにはカレーの焦げる香ばしい匂いがするからたぶんカレーなのだろう。
「夢は舞の邪魔をしていただけじゃない」
「うるさいうるさいうるさい。とにかく、かりん責任取りなさい」
「よし分かったのら」
かりんは伊藤達の所へと向った。
「こ、これは伊藤ちゃんが作ったのか」
「ええ、私と愛華で作ったんですけど」
「伊藤ちゃんと斎条ちゃんの手作り、伊藤ちゃんの斎条ちゃんの……」
荒い息遣いのキャプテンは伊藤にジワリジワリと迫り始めた。伊藤は異常なキャプテンから一定の距離を保ちながら後ろに下がっていく。その後ろには俺達の夕食であろうカレーの鍋が。
鍋へ向け猛スピードで駆け寄る獣がいた。その後ろを俺達は必死に追いかけたが追いつくはずも無い。
「未来逃げて」
「!!」
斎条の呼びかけに伊藤はキャプテンを押しのけ鍋から離れた。
その直後、かりんは鍋を勢いよく蹴飛ばしていった。
直前まで沸騰していた鍋の中身はそばにいたキャプテンに容赦なく襲い掛かった。
「熱い熱い熱い、けど……甘口でおいしい。ああ、この痛みもこの苦しみも伊藤ちゃんと斎条ちゃんの愛情があれば耐え……耐えられ……」
キャプテンは自分の太股に付いたカレーを舐めながら涙を流していた。
「はわわ、カレーが」
「かりん先輩なんてことをするのですか」
「けけけ、よいではないかコノちゃんは涙流して喜んでるのら」
キャプテンの足に水がかけられた。流れてゆくカレーを見ながらキャプテンは悲しそうな顔をしていた。
「あ、あ、ああ俺のカレーが……伊藤ちゃんと斎条ちゃんの愛情が……」
「何を言っているのか……痕が残っては大変だろ」
ホースで水をかけていたのは瑠璃川だった。この状況下で一番落ち着いていたのは彼女だった。
「瑠璃川ちゃん分かってないなぁ。その傷跡でさえ愛情の証拠じゃないか」
「……」
「中本、よくあんな人の下で部活できるな。ただの変態じゃあねえか」
「ああ……て、よく考えたら俺達の飯は」
「これですね」
南海堂が見ていたのは泥水とカレーが混ざったものだった。
「カレーカレー、伊藤ちゃんと斎条ちゃんの愛情の塊……」
「キャプテンやめてください。その一線を越えてはいけません」
「放せシンシン、例え人間じゃないと呼ばれようとも俺は女の子の手作り料理を残す訳にはいけないのだ。俺は女の子の悲しむ顔を見たくないのだ」
半分ゾンビ並みのしつこさのキャプテンを押さえ込んだ。キャプテンの優しさは分かるが度を越している。
「ありがとうございます赤井先輩。また作りますから気にしないでください」
「おおそうかそうか斎条ちゃんはどうしても俺に食べてもらいたかったのか。どうだシンシン羨ましいだろ」
「ええ、とても」
「おや、今回のシンシンは素直だな」
「斎条の作ったカレーを食べたいのは本心ですよ。ですが……」
「ですが?」
皆が声をそろって聞いてきた。
「食材はもうないんじゃないんですか」
「あ………」
この事件の張本人を皆で睨み付けた。だが、そいつは指を振りながら舌を打っていた。
「甘い甘い、あちきがそんな無計画に行動するとでも」
「思う!」
皆の大声に驚いたかりんは後退したがそれでもない胸を張って言った。
「それならこれからやるぞコノちゃん」
「まさか………」
「そう、コノちゃん班対あちき班の第一回戦『食材奪い合いバトル』」




