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第12話 苗字と名前の違い

「捻挫ですね湿布貼っておきますよ」

 さすが早瀬妹、兄の優雅とは違い判断と処置が早い。もしかしたらあの人より保健室が似合っているかもしれない。でも、保健室にぬいぐるみが増えていくのはいただけない。

「ねえねえ、中本君あの子……」

「斎条は初めてだっけ、早瀬舞さん早瀬こいつクラスメイトの斎条愛華」

 早瀬は持っていたキャプテンの足を床に落とし斎条の前で一礼した。

「初めまして斎条さん」

「こちらこそ初めまして」

「早瀬ちゃん……助けて」

 悶えるキャプテンの助けの声を遮るように意外な奴が来た。

「早瀬いるか」

 五十嵐だ。メモを持って現われた彼はどこかやる気のない顔をしていた。

「なんだ、中本もいたのか」

「いちゃ悪いか」

「いや、はあ……それより早瀬いないのか」

「はいはい、あ、五十嵐さん」

「あ、五十嵐君」

「斎条……だからか……」

 斎条を見た五十嵐は少し嬉しそうにしかし疲れたような顔をしていた。

「五十嵐さん私に用ですか」

「ああ、そうだった」

 メモを広げため息を吐き嫌そうな顔で読み始めた。

「『早瀬舞へ貴様の兄優雅は預かった。返して欲しければバニーガールの格好をして武道館へ来い。さもないと優雅をサッカーゴールに貼り付けにする』と、笹山かりんからの伝言だ」

 なんだ今の伝言は、そのへんてこ伝言を五十嵐に読ませる笹山かりんとはどんな奴なんだ。

「簡単に言うと優雅が手伝いに来て欲しいと言っていたってことだ」

「柔道部の人の怪我はそこまで酷いものではないと聞きましだが」

「そうだったんだがな弱っている柔道部員の関節を片っ端から外していった馬鹿がいるんだ」

「笹山さんですね」

「ああ」

 二人そろって重いため息、笹山かりん。いったい何者。

「よく分からないけどそいつ捕まえなくていいのか」

「捕まえてもらったけど見る?」

「なんだか珍獣扱いだな」

「珍獣の方が可愛いかもな。入って来いよ」

 小学三年生ぐらいの女の子が羽交い絞めにされて連れてこられた。連れてきたのは瑠璃川だった。


「あちきを怒らせたら国際問題になるぞ。いいか、あちきの力でお前らを日本から追い出すことなんて簡単なんだからな。放せ放せ放せ放せ放せ」

「瑠璃川放してやってくれ、これ以上騒がれると頭痛がする」

 五十嵐は頭を押さえていた。瑠璃川は絞めるのを止めただけだと思う。それなのに笹山は突き飛ばされたように床に倒れこんだ。

「あう、なにをする。いきなり突き飛ばすなんて」

「いや、私はただ」

「保健室に連れてきて何をするつもりだ。もしかして……あちきは知らないぞ学校を爆破する非常ボタンがどれかなんて知らないぞ」

 笹山はカーテンに包まって隠れてしまった。

「何だよあれ」

「それより早瀬早く行ったほうがいいぞ」

「はい、それでは失礼します」

 早瀬は救急箱を持って武道館へと走っていった。

 キャプテンは部員に話をしてくると言い残し保健室を出て行った。本人は気付いていないと思うが置いてきぼりにされて寂しい顔をしていた。

 しばらくするとカーテンは左右に揺れ始めた。

「あれなに」

「なにって物扱いはよくないよ」

「斎条悪いが俺も中本の意見に賛成だ。怪我人にトドメを刺すような奴だしな」

「そう言えば柔道部員の関節外したんだっけ、瑠璃川そんな奴よく押さえられたな」

「別に、バット振り回して疲れたのを捕まえただけだし」

「バットまで使ってたのか」

「ああ、関節技をかけられないとそいつのケツをバットで叩くんだ。でも、瑠璃川なら簡単に押さえることできるだろあれだけやれるんだから」

 瑠璃川は答えずそっぽを向いていた。相変わらずのクローズドハート。

「そうだ。あの笹山かりんだっけ、あの子が部活破りに来た子なのか」

「いや、部活破りは瑠璃川だぞ」

 意外だった。背は僕より高いけど筋肉質には見えない。話を聞く限りでは瑠璃川一人で柔道部員全員を倒したそうだ。それだけやって何もなかったような顔をしている彼女はそれなりの実力者なのだろう。

「瑠璃川って強いんだ」

「強くなんかない」

 それだけを言い残して瑠璃川は保健室を出て行った。

「あいつ怪我してたのにいいのかな」

「怪我してたのか」

「笹山に噛まれたときに左肩ぶつけていたからな、本人は大丈夫って言っていたけど相当やばそうな音してたから」

 音?もしかしたら骨が折れた?いや、それなら笹山を抑えることはできないはず。とにかく確認はしておいた方がいいな。

「瑠璃川が心配だから帰るな、じゃ」

「それなら私も」

 僕に付いて帰ろうとする斎条を五十嵐が呼び止めた。斎条は気まずそうな顔をして振り返った。

「斎条、伊藤が探してたぞ。放課後の約束はどうなったんだって。お前を見かけたら連れてきてくれって頼まれてたんだ」

「なんだ斎条、伊藤と帰る約束してたのか?さっきはそんなこと言って無かったよな」

 別に責めるつもりは無い。斎条が本気で嘘を付いたことは今まで一度も無いからだ。ただ、斎条は何かと他愛も無い嘘を付くことが多くこれぐらいの小さな嘘は日常茶飯事だ。そのことを反省してもらうつもりで責めるような質問をした。

「えっ、あのーそんなこと言ってたけっけ?きっと未来の勘違いだよ」

「でも伊藤の奴全校放送で呼び出してたぞ」

 斎条は赤くなってどんどん小さくなってった。それでも否定し続ける斎条が少し可愛いと思った。

「まあどっちでもいいや、伊藤が用事あるんだったら行ってやれよ」

「でも、でも、……」

「瑠璃川のことなら僕一人で十分だから心配しないでいいからさ」

「………分かった」

 斎条は僕にさようならと言い残し保健室を出て行った。その背中はどこか寂しく小さく見えた。

「じゃあ俺も帰ろうかな」

「なんだよ五十嵐、あれの相手しなくてもいいのかよ」

 左右に揺れるカーテンを見た五十嵐は苦笑いをした。

「あはは、当然じゃないか謹んでお断りします。それに、ここに長くいると先生達に共犯だと思われそうだし」

 五十嵐は逃げた。

「結局一人で帰るのか」

「あちきが一緒に帰ってやろうか。途中でアイス奢ってくれるなら手繋いでやってもいいぞ」

 カーテンの隙間から顔だけを出して笹山かりんが話しかけてきた。身長は低く小学三年生だろう。性格も明るくて変わったところもあるけどそれを帳消しにするぐらい可愛いと思う。なのに、なぜキャプテンの反応はあんなに薄かったのだろう。

「まあ紳士な僕としては家まで送るのが礼儀なのだが……すまない。先生達が来たようだ。これ以上君に関わると面倒なので失礼するよ」

「こら待て、あちきを生け贄にするつもりか、お前の犯した罪を全てあちきに擦り付けるつもりだな。ふ、まあいいさ、あちきがこの血肉でお前の罪を全て償ってやろう。そして、あちきの屍を見て己の罪の重さを知れ!」

 一つ訂正させてもらおう。僕は何一つ悪いことなどしていない。

 瑠璃川に追いつくため急いで中学校を後にした。


「あれが中本慎也か……マコちんの言っていた通り本当に鈍感で馬鹿な奴」

 カーテンから出て埃を払った。まだ手にはあの感触が残っている。確実にやった。やったはずだったのにあの瑠璃川とか言う女は平気な顔をしている。あんな女がユメちんのライバル。正直ユメちんに勝算は無いと思う。確かにユメちんも強い。でも、リュウちんを倒せるのはあの女だけだと思う。

「にしてもあの中本とか言う男」

 保健室の窓から中本が走っていくのが見える。その先には瑠璃川。

「中本慎也って……最低だな」

 保健室に入ってきた教師一同を睨みしマコちんの様子を見に行くことにした。


「おい、待てよ」

 校門を出た所でようやく瑠璃川に追いついた。左肩には竹刀が入っているであろう長い袋、左手には柔道着を持っており怪我をしているようには見えなかった。その柔道着を縛っている帯びは黒帯で金色の刺繍で名前が書かれていた。

「何か用か」

「いや、五十嵐からお前が怪我をしたって聞いたから」

「…………」

 心配しているのに睨まれた。怪我のことには触れられたくないのだろうか。無言で歩き出してしまった。

「おい、無視するなって、お前無理してるのか」

 瑠璃川は立ち止まりさっきよりも鋭い目付きで睨まれた。武道家としての彼女の気迫は僕の動きと声を止めた。まるでガラスの破片を突きつけられたような緊迫感と冷たさが僕の目の前にあった。

 先に動いたのは彼女だった。ため息を吐いた彼女からは先ほどまでの鋭さは感じないが近づけない間合いを作られたようだった。

「心配してくれるのは感謝する。だが、人を呼ぶときは名前を呼ぶものだろ」

 そのまま歩いていってしまう。

「待てよ珊瑚」

「なっ!」

 止まった。しかも今度は睨まれていない。けど、………すっごい見られてる。

「今なんと言った」

「だから待てって」

「違う!その後だ」

「はあ?珊瑚?」

 赤くなった珊瑚は地面に向ってブツブツ呟いていた。よく聞こえないのですぐ近くまで寄った。すると、今までとは違う喋り方で何か言っていた。

「そりゃ、名前で呼べって言ったけど普通苗字だろ。いきなり名前でなんて……」

「苗字の方がよかったのか」

「!!」

 後ろに跳び竹刀を向けられた。

「い、いつの間に近づいた」

「独り言を言ってるときに、苗字で呼んだほうがいいのか」

 珊瑚は空を見上げてどこか嬉しそうな顔をしていた。

「そうだな、名前で呼ばれるのも悪くない」

 その時僕は初めて珊瑚の笑顔を見た。その笑顔は斎条の笑っている顔とは違って微笑んでいるだけだがとても綺麗で心が温かくなる笑顔だった。


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