第11話 馬鹿な先輩
瑠璃川はクラスに馴染んでいなかった。自分から関わることを拒むような態度を取り僕達が差し出した手も振り払うような子だった。
そんな彼女と話すようになったのは彼女も高みを目指す子だと分かった時からだ。
「中本君、今日もバスケの練習?」
「ああ、そうだけど」
僕はバスケ部に入っている。と言っても小学生の部活ではなく中学生の部活に参加させてもらっているだけだ。初めは小学校の方でやっていたがワンマンプレイすぎるのと周りとレベルが違いすぎるという理由で追い出された。今は大会の時に呼ばれるぐらいでそれ以外は中学校で練習している。
「見に行ってもいいかな」
「いいけど伊藤と帰るんじゃなかったのか?昼にそんなこと話していたみたいだし」
「あれは、今日は一人で帰るからって話していたの」
「ふーん、それじゃ行こうか」
中学校への道を二人で歩くことはよくある。斎条とだけではなく伊藤や五十嵐も付いてくるときもある。二人がいれば会話が弾むのだが二人だけだと沈黙の時間が多い。
「中本君ってさ瑠璃川さんのことどう思う」
中学校まで少しのところでようやく斎条が話しかけてきた。距離を開けて歩いていたが僕は足を止め斎条が横に並ぶのを待った。
「どうって、んー僕的には友達にしたいけど話しにくいかな。なんでそんなこと聞くの」
「あのね、私も未来も瑠璃川さんと仲良くなりたいのね。でも、瑠璃川さんあれでしょだから皆で無理やりにでも引き込んで仲良くできないかなって」
「んー仲良くなることには賛成。でも、無理やりは良くないな、今は馴れていないだけだろうしそのうち仲良くなれると思うよ」
「そんなものかな」
「そんなもんだ」
「おや、シンシン今日は彼女連れか」
「あの、私は彼女とかそんなのじゃなくてですね。あのー」
「ただの友達ですよ。それよりキャプテン皆は?」
あたふたしていた斎条がため息を吐き落胆しているのをキャプテンは笑いながら見て武道館の方を指さした。そこにはバスケ部の皆以外にも多くの中学生が集まっていた。
「皆何やってるんですか」
「部活破りが来てるんだってさ」
「部活破りって何ですか?」
「自分の力がどれだけのものか他の部活に勝負を挑みに行くことですよね」
「なんだ、中本君のことか」
「はは、違いない」
キャプテンはハーフ以上ある距離からかっこよくシュートをして見せた。だが、無常にもリングに弾かれた。キャプテンの横にいた僕はすぐにゴール下まで行き何とかリバウンドを決めた。
「さすがシンシン。君の彼氏かっこいいねえ」
「はい」
「おいおい斎条何返事してるんだって、それにキャプテンかっこ悪いうえに無茶しすぎです。ほとんどやけ投げじゃないですか」
「ふん、彼女持ちの野郎に何言われようとなんとも思いませんよ。いいよな彼女、俺全然できねえし……誰か紹介してくれねえか」
バスケ部キャプテンで頼りがいがあって頭もよくて生徒会長もやっていて見た目も悪くない。だけど、キャプテンにはもてない理由があるのだ。
「小学生の僕に何言ってるんですか。中三のくせに」
「でも私キャプテンさん嫌いじゃないですよ」
斎条の一言にキャプテンは異常な反応を見せた。斎条自信は励ますつもりで言ったんだと思うが、キャプテンの耳には告白のように聞こえるのだろう。
「マジで、斎条ちゃんだったけ今からでも遅くない。中本なんか捨てて俺と付き合わないか」「あっあのぅ、……中本く〜ん」
キャプテンに手を握られてあたふたしている斎条は僕とキャプテンを交互に見ながら僕に助けを求めていた。
「いいんじゃないの付き合えば」
ユニホームに着替えて軽くシュート練習をしながら気楽に答えた。
「ええ、でも、私は……中本君の方が」
「あーあーあー羨ましいぞシンシン。俺の愛しの斎条ちゃんの熱い眼差しを独り占めとは」
「いや、ただの友達だから」
「そう………ですよね」
「シンシン女の子を悲しませるのは感心しないな。こうなったら斎条ちゃんを賭けて勝負だ」
「結構です」
ビシッと指を指して宣戦布告したキャプテンを無視してシュート練習に集中していた。
「なあーあシンシン、勝負」
「しつこいですよ。その勢いで斎条に告白すればいいじゃないですか」
「いやーマジな話今日部活できそうなのシンシンしかいないんだよ。だから、一対一で勝負」
「?皆何やってるんですか」
キャプテンは武道館の人ごみを指さして苦笑いをした。
「部活破りの観戦。どうやら女の子が来てるみたいでさ」
「ふーん、ならいいですけど。ハーフコートでいつもみたくやりますか」
キャプテンにボールを渡してゴール下に付いた。
この部のハーフバスケのルールはボールを持っている人以外がディフェンスになってボールを奪う。奪ったらハーフラインを踏んで攻撃になる。これの繰り返しでシュートを決めたらその人の得点になる。スリーポイントラインより内側でシュートをするのが僕専用ルールだ。なぜならハーフラインまで離れていてもどんな体勢でもシュートできるからだ。
「斎条ちゃん見ていてくれ俺の華麗なる勇姿を」
キャプテンは斎条に親指を立てて白い歯を見せた。
「あの……中本君頑張って」
「はーい」
三十分後
「もー駄目、体力の限界」
「キャプテン大丈夫ですか」
「なんとか。て、なんでシンシンは平気な顔してるんだ」
「キャプテンと違って体力ありますから」
「小五の餓鬼に言われたくない」
キャプテンはゴール下で大の字になって倒れていた。
勝負はキャプテンの降参で終った。動きの鈍いキャプテンからボールを奪うのは難しいことではなかった。それより酷かったのはディフェンスだ。動きが重いのに無駄に飛んだり走ったりしていたキャプテンはすぐに体力が尽きた。それにくわえて最後のダンクシュートがあだとなったのだ。
「あの……大丈夫ですか。汗、沢山出てますよ。立てますか?」
キャプテンに近づく斎条。これで水と救急箱を持っていたらマネージャーに見えるんだろうなと思っていると斎条はぴたりと止まった。
「さ、斎条ちゃん。た、立てないからその柔らかい体で……いや、肩を貸してくれないか」
「キャプテン。シュート決めたら頭に直撃ですよね」
ボードにボールを当ててまた自分の手に戻す基本動作をあえて力を強めにやりながらキャプテンに作り笑いを見せた。
「じ、冗談だって、シンシン目がマジだし。ほら立てる立てる」
即座に立ちあがりゴール下から離れた。
キャプテンがもてない理由それはキャプテンが生粋のロリコンだからだ。
「でも、最後はすごかったです。あんなに高く飛んでバーンて」
斎条がキャプテンの真似をしてジャンプをして見せた。
「斎条ちゃん違う違う。うーんこうなったら俺が手取り足取り腰取り」
「え、私そんなつもりじゃあ」
「キャプテンさっきから変な発言しないでください。それより早く保健室行ったらどうですか」
「ありゃ、ばれてたか」
「あたりまえです。体力が尽きたぐらいで倒れこむ人じゃないでしょ」
この部活の人で本気でやりあったらキャプテンだけが僕とやりあえるのだ。今日のキャプテンは明らかにかっこよく見せるプレイをしていたからあんな結果だっただけだ。
「怪我したんですか、早く保健室行かないと」
「おお、さすが斎条ちゃん。肩をいや体全身で傷付いた俺を支えてくれ」
「キャプテン、僕の手には当たると痛いボールがあるんですよね」
「いや、マジでシンシンでいいから肩貸してくれないか」
立つことで背一杯のキャプテンに肩を貸し保健室に連れて行くことにした。
この中学校には多くの小学生が出入りしている。お互い近いこともあるが小学校からこの中学校に入学する生徒がほとんどだからと言うことが一番だろう。放課後になると小中関係なく出入りをしている。僕みたいに部活に参加する小学生も少なくは無い。だが、ここの保健室は少々変わっている。
「早瀬先生馬鹿なキャプテンお願いしまーす」
「シンシン俺は馬鹿ではない。ロリコンなだけだ」
しばしの沈黙。いつもなら早瀬優雅先生の鋭いツッコミが来る所なのだが今日は何も飛んでこなかった。
「あれ?」
机の前に座っていたのは白衣を着た早瀬先生の妹、早瀬舞だった。
彼女は不思議そうな顔をしてキャプテンに一つ質問をした。
「赤井さんロリコンって何ですか」
「んー早瀬ちゃん、『さん』じゃなくて『先輩』って言って」
「と言う発言をするキャプテンのこと」
「赤井……先輩?」
早瀬は小首を傾げながらそう呼んだ。キャプテンは身悶えながら満面の笑みを見せた。
「先輩元気になったみたいですね」
斎条のふとした一言にキャプテンは異常なまでの反応で斎条に近づいた。
「斎条ちゃんまで『先輩』と呼んでくれるか。羨ましいだろシンシン『さん』とか『君』には無い憧れのまなざしを感じるこの響き」
「赤井虎之耶先輩、早く足見てもらったらどうですか」
キャプテンの足首を軽く蹴った。
「いっ……たくない。そう、俺は今幸せなんだ。可愛い後輩二人から『先輩』と言われて幸せなんだ。だからこんなの全然痛くない」
キャプテンは痛みか感激か分からない涙を流している。
「うわ、この人本物の馬鹿だよ」
「赤井先輩怪我しているのですか?ならここに座ってください」
早瀬はソファーを叩きながらキャプテンを手招きした。
「はいはーい」




