第1話 苛立つ女
中本の目線で書かれたお話です。
松島という女の子とであった彼の中学生の時の思い出
俺は一時間前に登校している。朝の清々しい空気、誰も居ない教室、静かな朝を楽しむために早めに登校している。これは、一年生の時からの癖で三年生になってもやっていることだ。俺の席は最前列で窓際だ。そこに座って陽射しを浴びているだけで楽しいのだ。
俺の席より前にある机、黒板のすぐ横にあり名前も書かれていなくチョークの粉が積もっている余った机だ。本当なら使われているはずの机は、卒業が近いのに一度も使われたことが無い。使われても蛍光灯を換える時や窓を拭く時の踏み台ぐらいにしか使われなくて、誰かが勉強のために使うことはこの一年間無かった。俺の目の前にはいつも余った机があった。二年生の時にも一年生の時もほとんど置かれていた。その机に誰かが座ったのは、一年生の夏休みに入る前日までだ。
俺はその机を使っていた子を良く知っている。良く知っていると言っても、クラスの他の奴らより少し親しかっただけだ。その証拠に名前を知らない。苗字しか覚えていない。それに、まともに呼んだことも無い。ただ、短い休み時間につまらない話をするだけの仲だ。
その子に会ったのは中学校一年生の時だ。俺の学校は小学校のメンバーがそのまま中学校に上がるので九年間同じ友達だ。だから俺は三年間友達には困らなかった。でも、その子は小六の三学期それも卒業式間近に転校してきたらしく、クラスの空気に馴染んでいなかった。その時はまだその机は窓際最後列の隅に置かれていて、俺の机もその横だった。
三年前……ぐらい?
「一番後ろか、見難いんだよな」
俺は空っぽで大き目の鞄を持ちながら、教室の一番後ろまで歩いた。教室には、親しい友達が二,三人いて軽く挨拶をした。
俺の机の上には、中学で使う新しい教科書が詰まれていた。それを鞄に詰め込んで、ただ外を見ながら今後の中学校生活の夢を見ていた。新しくできる友達、初めての学校行事、そしてなにより女の子との恋愛。最後のは無理だろうだけど楽しくなりそうだ。
机に座っているだけで小学校からの友達が集まってくる。その友達の繋がりで全く知らない友達もできた。俺の名前は良く知られているようで、名前を言えば何人かすぐに友達ができた。
チャイムが鳴りみんなが自分の席に座っていく。それでも俺の横の席には誰も座っていなかった。チャイムが鳴り終わって、埋まっていない席はそこだけだ。すると、教室に女の子が走って入って来た。
「初日早々遅刻、ドジキャラですか」
そんなことを呟いて、若干の期待を持って窓際の席を見た。その子と目が合って三秒。俺の友達リストにその子は、良くて話をするだけの友達止まりのリストに入った。悪くは無いが良いとも言えない普通の子。普通じゃ面白味が無い。何か面白味がある子がいいのだ。
「おはよ」
声をかけてきたのはその子からだ。小学校が同じでも新しいクラスメイトで何処かぎこちない空気を無視して挨拶をしてきた。
「おはよ」
「私の名前知ってる」
「松島さんじゃないの」
「なんで分かるの、初めて会ったと思うけど」
「だって、名札」
「そうか」
ただそれだけのつまらないやり取り、それだけでその子は笑っていた。静かな教室で騒がしいのはこの子だけだ。場の空気が読めない子なのか。それにしても見覚えの無い子だ。小学校の時は、頻繁にクラス替えがあったから大体の顔と名前は分かるのだが……確か、卒業式間近で転校してきた無謀な奴が居るって聞いたことがある。多分こいつがそうなのだろう。
教室に担任が入って来た。担任は自分だけ自己紹介をして今後の説明をし始めた。確かに自己紹介は不要だが、この子は必要じゃないのか。
「ねえねえ、中本君の趣味って何」
始業式も終わって自由な時間。立つのが面倒な俺は、自分の席に座っていた。するとまたその子に話しかけられた。同じ女友達の所に行くつもりは無いのだろうか。
「趣味なんて無い」
俺はそのまま黒板の方を見ながら肘を着いていた。
「無いって、休みの日は何してるの」
「知ってどうする」
「話しの切っ掛けにでもなるかもしれないし」
「話をする気なんて無いんですけど」
そのまま廊下の方を見た。教室に居るみんなは、男同士女同士で話している。俺もその中に入っていた方が良かったようだ。
「じゃ、私に聞きたいことって無い」
「無い」
「そんな、趣味とか好きな食べ物とか好きなドラマとか好きな人とかあるんじゃない」
俺はしばらく考えてこの会話が終わる方法を考えた。
「どんな質問でもいいんだな」
「うんうん、なになに」
「なんで、女同士で話さないんだ」
予想通り、それ以来その日は話しかけられることは無かった。
朝、自転車小屋から生徒玄関までの長い道、早い時間だから車も人も無く気持ちのいい所だ。
道の先にある学校の後ろから太陽が昇ってきて美しい景色になっている。
教室に入っても誰も居なくてただ外を見ていた。そんな時間を三〇分位味わっていると、友達が来る。その友達とゲームの話やテレビの話をしているだけでチャイムが鳴る。そしてまた鳴り終わってから松島が入って来た。
「おはよ、早いね」
「正確には、お前が遅いんだ」
「いいじゃん、間に合ったんだから」
「そうですか」
授業中にも何度か話し掛けられたが簡単にあしらって終らせている。話し掛けてくる内容も昨日は何をしたかどの部活に興味があるかなど、どうでもいいことで授業中に聞くことではないことばかりだった。
「中本君、どの部活に入るの」
昼休み、食後でゆっくりしていると、また松島に話し掛けられた。
「なんで一々報告しなきゃいけないんだ」
「いや、だって知っている人と一緒なら楽しそうだし」
「じゃあ女友達でも作りな」
「中本、ちょっといいか」
教室の真中に男の集団ができていた。クラスの男子の半分ぐらいの団体で、昨日までにできた友達だ。いつもくだらない話で盛り上がる仲で、俺はその中で盛り上げ役をしている。正直、馬鹿騒ぎをするのは嫌いじゃない。
「中本は部活何か決めたか」
仕切り好きの男が話してきた。どうやらどの部活に入るかで話しているようだ。
「まだ決まってないけど、みんなはどんなもんなの」
「大多数がバスケだってさ」
「それじゃ、みんなバスケでいいんじゃない」
「そうだな」
放課後、みんなで帰る約束をして自分の席に戻った。戻った直後に質問攻めにあった。
「中本君って友達沢山いるんだね」
「いるんじゃなくて、作ったの」
「部活バスケにするの」
「すごい地獄耳だな」
「私もバスケにしよう」
「お好きにどうぞ」
「止めないの」
「俺に止める権利はないし、お前がしたいならすればいいじゃないか」
「そっか」
放課後、部活の入部届けを出した。部活の入部は、強制なのに参加は自由だそうだ。俺達にとっては、好都合の部活だった。俺達はそのまま自転車小屋へ向かっていた。校庭の後ろにある自転車小屋までの道には、他学年組の生徒が混ざっていていたが俺達の集団は目立っていた。馬鹿みたいな話を団体でして恥ずかしくないのだろうか。俺はその団体から一歩引いてついて歩いていた。
「中本君」
後ろから聞きなれた声に呼び止められた。そのまま歩いていってくれれば良いのに集団は良くできていた。俺が呼ばれたのに集団の男全員こっちを見て止まっていた。
「中本君、一緒に帰ろう」
「断る」
「そんなー困る、せっかく走ってきたのに」
困ると言われても約束した記憶は無いのだが……後ろの集団からからかう声が聞こえる。
「直接のご氏名だな」
「帰ってやればいいじゃないか」
こいつらは面白いからからかっているだけだ。面白い話のネタができて喜んでいるだけだ。
「じゃーな、また」
そして、そいつらは俺と松島を置いて帰っていった。俺はそのまま自転車小屋に行き自転車の鍵を開けた。その間ずっと松島は俺の後ろをついて来ていた。
「帰らないのか」
「だって、一緒に帰るっていったじゃん」
「他の友達と帰れよ」
「だって、中本君しか友達いないもん」
知らない間に友達にされていた。にしても、友達がいないんじゃなくて作らないだけじゃないか。日は沈み辺りは薄暗くなってきている。ここは男として送る必要があるのだろうか、そんな疑問を持ちがなら松島が危険な目にあっては後味が悪いと思い送ることにした。
「分かったよ、チャリ持って来いよ」
「私歩きだよ」
ため息を吐き自転車を押しながら自分の家とは反対の方向へ歩き出した。