第九話
しかし、隣町は予想していた以上にひどい有様だった。
美琴たち四人が総力をあげて狩り続けていたおかげで、あまり見かけなくなっていた魔獣が、路地裏や物陰に隠れるでもなく、道路にあふれかえっていた。
しかも美琴たちの姿を捉えた途端に、攻撃してくる。
帷と智樹、二人だけの手には負えそうにもなくて、美琴も地上に降り立って銃で迎え撃っていた。マヤも、三人を傷つけないように小さな雷撃を放っている。
けれど、どこから湧いてくるのか、魔獣たちはちっとも数を減らさない。気が付けば、路地裏に押し込められていた。
「ったく、どんだけいりゃあ気が済むんだっ!?」
「無駄口たたくな!」
帷の日本刀と、智樹の剣が銀色の軌跡を描く。しかし、それでは全然足りない。周囲は魔獣に囲まれたままだ。
三人を傷つけないように落としたのだろう、少し離れたところの魔獣が、雷を受けて数匹まとめて黒こげになった。
「美琴、援護!」
「はい!」
せめて、足手まといにはならないように、帷の背中を借りて銃を撃つ。
しばらく撃ち続けて、ようやく前が見えた、と思ったら、
「美琴、こっち!」
「はいっ」
今度は智樹からのヘルプだ。
智樹の銀色の軌跡を縫って、背後まで駆け寄って、背中合わせになる。
美琴は銃を撃ち続ける。当てるのは簡単だが、当てるのと魔獣を倒すことは違った。魔獣にも心臓は存在する。美琴もそこを狙ってはいるが、動物が瀕死の重体を追ってもしばらくは意識が残るように、心臓を撃っただけは、すぐに効果は現れない。
他の三人とは違い、点でしか攻撃できない美琴は、多くの銃弾を撃ち込む必要があったが、銃弾は今まで、一度も切れたことはなかった。
「美琴、ジャンプ!」
智樹の声に合わせて、高く跳躍する。逆世界では現実世界の何十倍にも身体能力が引き上げられているらしく、低いビルなら軽く飛んだだけでビルの屋上に着地することができた。
宙に浮かぶ美琴の足元で、智樹が姿勢を落とした。
「……うらぁっ!」
智樹の大きな掛け声に、思わず美琴はびくりと肩を揺らした。
彼は、剣を横に構え、くるりと体を一回転させた。その一瞬で、智樹の剣に触れた周囲360度の魔獣が倒れた。
そこに美琴が降り立って、智樹を援護する。
普段から剣を振り回している智樹だが、この技は格別に力がいるらしい。
魔獣たちをなぎ倒した今も、剣を地面に突き立て、支えにしてなんとか立っている。苦しそうな呼吸。あと十秒くらいは動けなさそうだ。
初めて先ほどの掛け声を聞いたときは、美琴も驚いたものだ。いつも平然とした彼が、大きく掛け声を上げる必要があるくらいのものなのだ。
「それにしても、減らない……っ!」
「本当に。このっ!」
智樹が近くの魔獣を一掃しても、その奥からどんどん来る。
逃げようにも、周囲を囲まれているのだ。美琴と智樹は現実世界に帰ればそれだけでこの状況を脱することができるが、そんなことをしてしまえば帷とマヤが二人で対処しなければいけなくる。
この状況もかなりキツい。気がつけば帷とは距離が離れてしまい、彼の援護に回れない上に、魔獣との距離がどんどん近づいてくる。銃は近距離戦には有利とは言えない。
そういえば、この世界で怪我をしたらどうなるのだろう。美琴はふと考えた。もしこの状況で魔獣を一匹でも撃ち漏らせば、確実にその牙を剥かれる。しかし、今までそこまでの事態に陥ったことはなかった。
今日まで安全に魔獣を狩れていたことで、美琴は忘れていた。
初めて魔獣と対面した時の、恐怖を。
じわり、と手のひらに汗が滲んできた。銃が手の中で滑る。持ちづらくなった銃に気を取られ、魔獣との距離が狭まっている。後ずさるうちに、智樹の背中にぶつかった。
「美琴?」
「だ、大丈夫」
そういえば、魔獣に当たる銃弾の数が減ってきたように思う。
しっかりしろ。
美琴は己を鼓舞する。
当てろ、当たると思え。
しかし、銃を持つ手が汗で滑って、なかなか集中できない。それに、撃っても撃っても供給される銃弾が不安になってきた。いつまでこれは撃ち続けられるのか。銃弾の装填はしなくていいのか?
武器の信用性が低くなり、美琴は知らぬうちに焦りを促進させる。そして。
カチリ。
「えっ」
それは、トリガーが銃弾の未装填を示す音だった。ついに銃弾が切れたのだ。
何度もトリガーを引くが、その度にカチカチと鳴るだけで、一向に銃弾は発射されない。
「う、嘘っ!」
その叫びは悲鳴に近かった。
「美琴!?」
智樹の声も、パニックに陥った美琴には聞こえない。
「嘘、うそ、なんでっ」
何度打とうとしても、発射されるものは何もない。
魔獣たちが詰め寄ってきて、美琴の前一メートルほどまで距離が縮まった。異変を察知する智樹も、眼前の魔獣の相手に追われ、美琴を助けることができない。
「美琴!」
「いやぁ――っ!」
猪に似た巨体の魔獣が、口をあけ、牙を覗かせながら突進してきた。恐怖に支配された美琴は、銃さえも取り落として悲鳴をあげた。