第七話
帷、マヤ、智樹の三人の目の前から突然美琴の姿が消えた。
「うわ、あいつ何も言わずに帰りやがった」
「多分あんまりよく分かってないんだよ。あいつがあんまり頭良くないのもあるけど、お前の説明が悪かったんじゃねえの? 『帷さん』」
美琴がいなくなった途端、いきなり帷と智樹が喧嘩をはじめる。
「っていうか、会ってまだ数時間なんだろ? なんでそんなに美琴に馴れ馴れしいわけ?」
「こらこら智樹、喧嘩ふっかけないの」
「そりゃあパートナーだからな。俺も帷って呼ばれてるし? 信頼関係っていうのかなぁ、こういうの」
「なめられてるだけだろ」
「あ? つーか何? 確かにお前とは前々からソリ合わなかったけどさ、なんか今日当たりキツくね?」
うーん確かに、とマヤが同意。
「あれ? もしかして? 智樹くんは美琴ちゃんのことが」
帷とマヤが顔を合わせ、にやける。
「す?」
「き?」
「ち、ちが、そういうのじゃないし」
「またまたぁ、そんなこと言っちゃってぇ!」
「黙れババ」
「……もう一度言ってご覧なさい」
つい弾みで言ってしまった言葉に、マヤが一瞬で反応していた。智樹の首筋にピンク色のステッキがあてがわれる。それそのものが彼を傷つけるわけではないが、そこから雷撃が放たれるか、火炎放射に見舞われるか、考えるだけで恐ろしいものである。
「なんでもないです」
ふん、とマヤが鼻を鳴らした。
「言っとくけど俺はパートナーでもない一人間の指図なんて受けねぇからな」
「ひょっとして美琴を気に入ったのか? とんだロリコンジジイだな」
「誰がジジイだ。俺は」
「俺『は』?」
「な、なんでもないです!」
年齢の話は、女性がいる限りタブーなのだ。
「なら、早速やってみましょうか。連携プレイ」
帰ってきた場所も、逆世界に入った時も同じ、学校を出てすぐのところだったし、暗い世界にいたせいで感覚が麻痺しているが、時間もそう過ぎていないようだった。
逆世界。
時間が"こちらの世界"とは真逆に進んだ世界。あの青年になんだかよく分からない説明をされて、現実世界での時間の経過はゼロだとかなんとか……
「おい、美琴」
「智樹!」
ついさっきまで合わせていた顔だ。
「大丈夫か?」
何が、と聞きたかったが、多分、先程まで起こっていたこと全てのことだろう。
「まさか、智樹がいるなんて……」
「それはこっちの台詞だよ。まさか美琴が来るなんて……来て欲しくなかった」
え、と聞きなおす。
「歩きながら話そう」
どうせ、帰る方向は同じなのだ。
智樹いわく、美琴が帰ってから、三人で魔獣を狩っていたらしい。帷のことを話の途中でけなしながらも、どうやら狩りは上手くいっていたらしく、楽しそうに話す。
その様子が、美琴にとってはひどく変わったことだった。
当たり前のことなのだが、今まで智樹からそんな話を聞いたことなどなかった。つい今朝まで知らなかった世界のことを、当たり前のように話す。きっと誰かに話したかったに違いない。いきなりあんな世界に入り込んで、戦ったりして、戸惑わないわけが無い。
美琴もこうして智樹に話されて初めて実感が湧いてきた。話をする相手などいなかった智樹は、信じるのにもっと時間がかかったかもしれない。……いや、それも杞憂か。抜群の理解力で、すぐに飲み込んでしまったのかもしれない……。
「あんまりあの男には気を許すなよ」
「ん、なんで?」
「あいつ、今日までずっと一人でフラフラしてたんだぜ。もっと早くに契約者見つけられたはずなのに。なんか信頼に足る人物じゃないっていうかさ」
「私のこと助けてくれたのに?」
「それはまた別だろ。俺たちをあの世界に引き入れるにはそれしか方法がないんだから」
うーん、と美琴は納得しかねている様子だった。
「智樹さー、なんかいつもと違うね」
「どこが?」
「いつもより口が悪い」
「……そうかな」
智樹が居住まいを正した。
「あと、いつもより優しい」
「な……」
智樹がびっくりして美琴を見つめると、彼女はにこにこと笑っていた。動揺して、そっぽを向く。
「気のせいじゃねーの!? なんでお前に優しくしなきゃなんねーんだよっ」
「あ、ほら、やっぱり口悪いよ。帷の影響受けてるんじゃない? あの人口悪かったし」
「一緒にするなっ!」