第六話
「美琴……なんでここに……!?」
「そんなの智樹こそ……」
彼を幼馴染・瀬野智樹として認識した途端、不明瞭な視界の中でも、彼が智樹であると確信できる。
「こいつ、お前の知り合いか」
「まさか美琴ちゃんの知り合いだったなんてねー」
二人の様子から察するに、智樹は随分前から帷とマヤとは顔見知りだったようだ。
「お前が美琴に手を出したのか」
智樹がギロリと帷を睨む。
「トラックに引かれて死にそうなところを助けただけだろ」
ふん、とそっぽを向く帷。帷は確かに人助けをしただなのだが、それでも帷が気に入らないらしい。いきなりの斬りあいといい、今にも二人の視線が交わったところで火花が散りそうな険悪なムードといい、帷と智樹はえらく仲が悪いらしい。
「こんな危険な場所に引き入れて……」
逆世界のことを、少なくとも美琴よりは知っているような口ぶりだ。
「ってことは、やっぱり……」
美琴が自分のパートナーである帷以外の二人を見やる。
「そう。彼が私の契約者よ」
「……俺の、マスターだ」
先程美琴の魔獣を横取りした女性、マヤの契約者。それが智樹だった。
「戦うなとは言わない……この世界に足を踏み入れた以上は。でも無理はするなよ」
ことあるごとに美琴を馬鹿にしていた現実世界とは打って変わって、妙に智樹が優しい気がする。
「お前美琴の保護者かなにかか?」
馬鹿にするように帷が口を挟んだ。
「……そんなつもりはないが」
「なら生憎だが、ここでの美琴の一番の保護者替わりは俺だ。他の生概の契約者が、口を出すな」
逆世界での人間は一人の生概であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。だからその二人の関係に介入してくる存在は、縄張り争い的に排除されうる。
「生概であるマヤはいい。だがお前一人で美琴に接触するのは控えてもらいたいな」
「……ふん」
智樹を憎々しげに睨む。いくら犬猿の仲といえども、これは各自の問題ではない。生概と契約者という、二人で成り立つ関係が必要としていることだった。
「そうだわ!」
二人が少し冷静になったところに、思いついた、という風にマヤが叫んだ。
「智樹と美琴ちゃんも知り合いだったみたいだし、こうして出会ったのも何かの縁だわ。しばらく四人で活動するのってどうかしら?」
「はぁ!?」
「なんでこいつと!」
二人が揃って騒いだ。二人の関係はよくわからないが、喧嘩するほど仲がいい、なんて言葉を思い起こす美琴だった。
「別に常に、とは言わないわよ。ただ人数は多い方が戦闘もやりやすくなるし、リスクも減る。戦闘の幅も広がるし、効率もよくなるんじゃないかしら。悪い提案ではないと思うけれど」
「まあ……」
「理解はできるけど……」
二人は困惑しながら顔を見合わせたが、目が合ってはっとする。
「こいつとは無理!」
「ほ、ほら、俺やっと契約者見つけたじゃん? 二人でパートナーシップをだな……」
「忘れてない?」
マヤが口答えする二人に言い放った。
「私達がしなければいけないこと。一秒でも早く、一匹でも多く、魔獣を狩ること」
契約者を危険に巻き込んでまで戦わせる。それも全て生概が"昇る"ために『してもらう』のだ。
「私達ももう半年は狩ってるわ。それでもまだ足りない……」
「……分かってる」
生概も元は人間だった。生概に命を救われ、その契約者のために、生前戦っていた。
帷とマヤは知っている。二人きりで戦う危なさ。負傷を避けるために気を使って、長引く戦闘。そしていつまで続くのかも分からない、魔獣と戦う毎日――。
まだ生きている美琴と智樹に無茶をさせてはいけない。
帷とマヤの視線が交差する。お互い、考えることは同じなのだ。
「あ、あの」
誰も言葉を発しなくなった重い空気に耐えかねて、美琴が口を開いた。
「確かに私、契約者になりたてで、智樹と比べたら経験も浅いんだろうし、鈍くさいかもしれないけど……足を引っ張らないくらいには頑張れる、と思いますから」
「そうだな」
美琴の言葉を聞いて口を開いたのは智樹だ。
「せいぜい美琴がヘマやからさないように見とかないとな」
「なっ! 失礼な……!」
「決まりみたいね。他の奴らには言うまでもないけど……改めてよろしくね、美琴ちゃん」
マヤが微笑んだ。
「はい。よろしくお願いします」
「ところで美琴、もう今日は帰ったらどうだ? 流石に一日目から無理させようとは思ってないし、色々びっくりしただろ」
「お言葉に甘えて……」
「まだまだ頑張れる!」なんて言える余裕は美琴にはなかった。精神的に疲れてしまった。何もかもがいきなりすぎて、とりあえずは飲み込んでみたものの、理解には程遠い。
ここから帰るのってどうしたらいいんだっけ、と思いながら身じろぎした瞬間。
「うわっ」
周りの風景がいきなり変わった。場所もそうだし、黒と白ばかりの暗い世界から、様々な色がある、現実の世界へ。
目がチカチカして、頭がくらくらした。
帰ろうと思っただけで帰れる、と、確かにあの青年に聞いていたような気がした。