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最終話


 あの時のことを美琴本人に聞くと、「え? あんまり覚えてないんだよね」と返される始末だった。

 帷は、あれも逆世界の何か――神のようなものの力なのかもしれないと思った。

 しかし、あれ以降美琴があの姿になることもなく、帷にもそのようなことになる兆候はなく、改めて検証、などということはできそうになかった。


 死の脅威に発動する何かだろうか。

 戦うという意志か。

 あるいは、帷を守るという美琴の意思がなした業なのか。

 なんにせよ、帷には分からなかったし、知る由もなかった。



 あの時の美琴の働きで、おそらく帷の治癒に使った討伐数の埋め合わせができたのではないだろうか。

 しかし、あれから三カ月が経った今でも、二人はまだ”昇”れず、逆世界にとどまったままだった。




 ここ一週間ほど、美琴が来ていない。

 何か事情があるのだろうが、耐えきれずに、帷は美琴を呼び出すことにした。


『汝、夜に瞬く命を救わん』


 唱えたとたん、帷のすぐ横に美琴が現れた。

 現れ、バランスを崩す。

「うおっ!? 大丈夫か!?」

 あわてて手を貸し支えた美琴の体は、熱かった。

「風邪、ひいちゃって……」

 美琴がへらっと笑う。

「そりゃ悪かった。最近来ねーから、どうしたんだろうなって気になっただけだから。呼び出して悪かったな」

「ううん。わたしも伝えそびれてたから……。でももう、治りかけだから大丈夫だよ!」

 大丈夫なわけあるかと、帷は美琴を帰らせる。

「治ってからでいいって」

「でも、たぶん、もうすぐだよね」


 美琴が変身してから、毎日二人だけで魔獣を退治していた。

 この世界に来てから、もうすぐ一年になる。

 おそらく、“昇”るのはもうすぐだ。

「……ああ」

「だから、終わらせるならさっさと終わらせちゃいたいなーって」

「そんなに俺との契約関係を終わらせたいってか?」

 帷は意地悪く笑い、美琴の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。

「もー、そういう意味じゃないってば」

 美琴が髪を直しながら、上目遣いで帷を見、口をとがらせた。

「急ぐほどのもんでもないさ」

「うん」


 二人とも、もうすぐこの日々が終わることが、なんとなく分かっていた。

 だから、この話をする時はいつも目が合わない。


「風邪治ってからまた来い」

「うん。じゃあ今日はもう帰るね。帷も、わたしがいない時に無茶しないでね」

「美琴に言われたくねーよ。……あんま心配かけんなよ」

 そう言って、帷が美琴の頭に手を置いた。

 さっきかき混ぜられた髪が、帷の手ですかれ、整えられる。

「……うん」

 美琴は顔を赤らめた。

 帷の顔をちらりと見るが、彼は前を向いていて、ちょうど表情は見えなかった。


 帷と一緒にいられるのも、あと少し。

 具体的な日数や、魔獣討伐数が分かるわけではないが、なんとなく、その時が近づいているのはわかっていた。

 この三カ月でしっかり戦力になった美琴は、ノルマ達成に大いに貢献していた。


 あと少し。


 最初は意味が分からなくて、手の中にいきなり銃が出てきたりして、魔獣は怖いし、どうなることかと思っていたけど。


 あと少しだけ、このまま戦い続けるのも悪くないかもしれない、なんて。


「じゃあね」


 一歩踏み出した美琴は、次の瞬間、色の洪水に飲み込まれた。



完結まで3年間もかかってしまいましたが、駆け足ながらも無事に、プロット通りに完結させることができてよかったと思います。


ここまで読んでくださったみなさん、本当にありがとうございました。

特にブックマーク、ポイント評価してくださった方には頭が上がりません。

励ましをありがとうございました。


現在更新中の『フェアリー・キス』は女性向け甘々?恋愛小説となっております。

よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。

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