第二十三話
「嫌だよ。死なせない」
美琴は強く言い張った。
帷の体の上に手をかざし、問答無用で傷を治す。
『我、夜の帷を上げし者――天よ、我に癒しの力を与えたまえ。其は神の御業。夜の世界に瞬く命を救わん』
ふわっと銀色の光が広がり、帷の傷がふさがった。
「くそっ、今ので魔獣何匹分無駄になったと思ってる!」
帷が顔を真っ赤にして怒った。
無言で愛銃を手にして、立ち上がる。
「馬鹿か!」
「帷はまだしばらく戦えないでしょ?」
カーテンを開けると、コウモリ、カラス、ハトといった飛行型の魔獣が押し寄せていた。
「動けるなら、この部屋からは出て行って」
「やめろ、行くな! 死ぬぞ!」
その言葉を聞いて、美琴はふっと口元に笑みを浮かべた。
「死なないって信じとけば大丈夫なんでしょ?」
「んなもんが通じるか!」
「まあでも、わたしが守ってみせるよ。さっきはかばってくれてありがとう――だから今度は、わたしの番だよね?」
「やめろ!」
帷の静止をふりきって、美琴はその場で深呼吸し窓に向かって突進した。
「美琴!」
バリン!
窓が割れ、魔獣たちの中に突っ込む。四方八方から、美琴の体が噛まれ、引っかかれ、裂かれ、傷つけられた。
「やられてばっかりじゃ……ないんだからね」
美琴はめちゃめちゃに発砲した。魔獣がひしめき合っているというのもあり、結構な数が打ち落とされる。
地面に降り立つ前に、ひときわ大きい魔獣の体に足を置いた。タカだろうか。それを足場にして、宙に跳びあがる。
ほとんどの魔獣が、美琴についてくる。数匹だけ窓のあたりに集まっていたので、自分の体が傷つくのもいとわず、そちらを優先して打ち落とす。
痛くない、痛くない。
そう思い込もうとしたが、彼女を襲う痛みはどこまでもリアルなものだった。鳥たちのくちばしが美琴をつつき、容赦ないその攻撃は美琴の肌をえぐっていく。
「っ!」
肉がえぐれて、腕が、脚が、血を流す凹凸のある傷口になっていく。
でも、帷を――帷を守らなきゃ。
マヤさんはいない。智樹もいない。他の生概は? 見たことない。
わたしが――わたししかいない、わたしがやらなくちゃ!
体に群がる魔獣たち。応戦するが、魔獣はどこからともなく集まってくるし、そして分が悪いことに、美琴の武器は銃――遠距離攻撃に長けているものだった。
一匹ずつしか、倒せない。
これが帷や智樹のような、剣だったら。横に薙いだら、複数匹を相手できるだろうに。
「っくぅ!」
ヘビの魔獣が美琴の足を絡め、バランスを崩す。
体が完全に無防備になる。またさっきみたいに、屋根から落ちるだろう。そして下を見ると、同様に無数の魔獣たちが集まっていた。
どこからこんなに。
やっぱり、無理だったのかな。
ざぁっと美琴の全身から血が引いていく。
「美琴!」
帷が窓から身を乗り出していた。
逃げてって言ったのに。
帷が、窓から自分の刀を突きだした。
「これを使え!」
ここから快進撃なんて、始まるのだろうか?
美琴は落ちざまにそれを受け取った。
帷の武器。いつも彼が握っている、彼の命を守るためのもの。そしてさっき、美琴の命を助けてくれたものだ。
それを美琴に、預けてくれた。
わたしがやらなきゃ。
美琴は両手の二つの武器を握りしめた。
ゆっくりと、地面に向かって落下していく。窓辺から帷が見下ろしている。
自分の命も、彼の命も、この手に掛かっているんだ。
美琴が決意を新たにしたとき、右手の中で銃が、左手の中で刀が、ひときわ強く銀色の光をはなった。
「うわっ!」
視界がホワイトアウトし、まぶしさに二人は目を閉じた。
美琴が無事に着地した時、そこにあったのは、
「これは……!?」
全身を銀色の光に包まれた美琴の姿だった。
光が少しずつ弱まる。
中から出てきたのは、いつもと様子の違う美琴。
さっきまでは帷の血に濡れた高校の制服だったのに、今は――女神のような、白く、透けるような薄い布でできたドレス姿だった。そして両手に持っていたはずの刀と銃は姿を消し、代わりに右手に、大ぶりの日本刀が握られていた。
帷の刀とは全くデザインが違う。
まず、サイズが軽く三倍以上はある。
それに、帷の刀は至ってシンプルだったのに反し、つかの部分に何か模様が刻まれている。これは美琴の銃に刻まれていた模様と同じものか。
そして、つかとつばが一体になっている。つかの一部が途中から盛り上がり、銃の模様の形をなしたつばになっている。
極めつけに、ストラップのようにつかから何か垂れ下がっている。きらきらと光る、緑色をした球形のそれは、宝石だろうか。
突然の発光に驚いたのは美琴たちだけではなかった。
魔獣たちの動きも、戸惑ったかのように緩慢になっていた。
今だ。
美琴が腰を落とし、刀を構えた。
「はぁぁぁぁっ!」
目の前に広がる魔獣たちの群れを、横なぎに一閃。
刀と、それの発する銀色の光がひらめき、一瞬遅れて、魔獣が三匹、上下に二分された。
スパッと斬れる、という表現が非常にしっくりくる動き。
帷があっけにとられて見ている間、美琴は魔獣たちを次々と屠っていく。
美琴の放つ光に呼び寄せられ集まってくる魔獣は膨大な数で、斬っても斬っても減りそうもなかった。
しかし、魔獣が集まってくるよりも、美琴の攻撃の方が速い。
そして、一回一回の動作が軽い。
最初の一撃は溜めていたが、それ以降は何の予備動作もなしに、軽々と刀を振り回している。それだけで魔獣はこと切れる。本当に斬ったか? と思うような離れた場所にいる魔獣をも。
美琴は、刀に触れていない魔獣をも「斬った」とみなしているのだった。当たると信じた銃弾が当たるように、斬れると思ったものが斬れるように信じて、否、確信しているのだ。
美琴は集中していた。
帷には目もくれず、自分の家から半円を描くようにして、魔獣を順番に、確実に消していく。
「美琴……」
戦女神のような奮闘ぶりに、帷は息を漏らした。
視界から魔獣が全て消え去った時、美琴ははるか遠くから帷を振り向いた。
ぎゅんっと視界を絞り、自室の窓から身を乗り出す彼の姿を目に収める。
「だいじょうぶー?」
その手にあの刀はなく、衣装もすっかりいつもの制服に戻っていた。




