第十八話
逆世界に一番不慣れな美琴のために休憩をはさみながら、二十分ほどで桜宮北口駅に到着した。
知らない町。
片道三車線の道路と、それをまたぐ大きな横断歩道。歩道橋もある。
すぐ横に、美琴も行ったことがある、デパートと併設の大型ショッピングセンターがある。
駅の向こう側には、よくテレビでCMをやっている、また別のショピングモール。
地元にあるドラッグストアの大型店舗や、バスのターミナル、進学塾の大きな看板も見える。
しかし、全然見覚えがない。知っている店でも、知らない土地にある店舗は全く別の店に見えた。
まず帷と智樹が、次いでマヤが跳躍する。歩道橋の上に降り立った。
「待って!」
美琴も一歩遅れて、三人の隣に立つ。
「よし、今日はここで狩りだ!」
帷がマヤに頼んだぞ、と声を掛ける。
マヤが魔法のステッキ風の杖を構え、祝詞を唱え始める。
開けた場所なので、まだ魔獣はいない。魔獣は入り組んだ暗いところを好むから。
それなのに、どうして攻撃態勢に?
それとも、結界でも張るのだろうか?
「俺と智樹と美琴は援護。マヤの身が一番だ」
「了解」
帷と智樹が抜刀した。
「え、もう?」
美琴が出遅れる。
「ほら、出てきたぞ」
ビルの角や、ショッピングモールの中から、魔獣が這い出してきた。
自分たちを害する神の呪文に、反応したのだ。
マヤを排除しようと、こちらへ集まってくる。
こういうことか!
美琴は愛銃を顕現させた。銀色のボディに、絡み合う蔓のような植物の彫刻が施されている。
マヤが詠唱を始める。
『我、闇の森を駆けるもの。されどそれは静かならず、荒れ狂う風。悪を引き裂き、霧散させる神の御業――』
聞いたことのない祝詞だ。
しかも、なんだか物騒だ。
道路沿いに植えられた木々が、風に吹かれて揺れた。
「一体何を始めるの?」
地に足を付けた魔獣は、帷と智樹がやってくれている。
美琴は、空からマヤを狙うものを打ち落としていくのが役割だ。
マヤは詠唱しなければいけないので、美琴に返事できない。
しかし、やはり大技だ。
こんなに長い祝詞は聞いたことがない。
マヤを中心として半円を描くように魔獣を倒しながら、帷が答える。
「この辺全部、マヤの力で一掃するんだよ!」
「一掃って?」
「でっかい竜巻起こして、町ごと破壊するんだよ!」
「ええっ!?」
町ごと破壊!?
確かに、この祝詞の長さなら、それくらいできるのかもしれない。
逆世界での行動は、現実世界に影響を及ぼさない。町一つ破壊したところで、現実世界に帰れば、何事もなかったかのような町の姿に戻っている。だから、問題はないはず――だが。
本当に大丈夫なのだろうか。
今見えるビルも、全て瓦礫になってしまうのだろうか?
とりあえず魔獣は全て消えると仮定して、美琴たちは竜巻に巻き込まれないのか?
早速、風が吹き荒れてきた。
マヤの髪が、風にはためく。
美琴が相手をするはずの、コウモリやカラスのような魔獣が、突風に流されている。
「これ、本当に大丈夫なのー!?」
声を張るが、びゅうびゅうと吹く風で、おそらく帷と智樹には聞こえていない。
『無色の世界から、悪を追放する。汚れた地上から、天上へ。今、代理者が風を起こす。神よ、願わくば解放を。偽りの生を全うし、次なる段階へ。贄は悪。天へと通じる、風の通路を開く!』
マヤが、ステッキを頭上に振りかざした。
唱え終わったのだ。
風が渦を巻いている。
周辺一帯、という程度では済まない。
直径1.5kmほどの、「桜宮北口」と呼ばれる地帯一帯が、マヤの竜巻に飲み込まれつつある!
竜巻に乗せられた魔獣が、紫色のかたまりになって見える。
風の渦は、周縁から魔獣を吸い上げながら、徐々に半径を小さくしている。
このままだと、最終的に、中心にいるマヤたちも同じ結末を辿ってしまう!
トンッと音を立てて、そばに帷が降り立った。
「わたしたちはどうするの!? このままじゃ、魔獣と一緒にわたしたちも吸い上げられちゃう!」
美琴が焦ったが、帷が「大丈夫だ」と制した。
「見てみろ、建物も大半は壊れずにそのままだろ? この竜巻は、現実のものとは違って、見境なく全部壊すわけじゃない。一応、魔獣にターゲットを絞ってるからな」
言われてみれば確かに、最初に「竜巻」と言われてイメージしたのは、この中核都市の建物すべてが中ほどから折られ、瓦礫へと変貌した、変わり果てた姿だった。
しかし、実際の景観はほとんど変わっていない。
魔獣の紫色の間に、コンクリートと思われる灰色が混じっているのは、少しは魔獣と一緒に破壊されたビルがあるということなのだろうが。
「俺らもよっぽどヘマしない限り、魔獣と一緒にお陀仏、ってことにはならねーよ」
帷のその言葉にほっとした。
けれど、竜巻はどんどん中心に寄ってきている。
同じだけ風は強くなり、もし傘を差してたなら一瞬で壊れるだろうという強さだ。
美琴が腕で顔を覆う一方、マヤは無言のまま、直立の姿勢で竜巻を見つめていた。
「もうすぐなのね」
マヤのつぶやきは、風にかき消された。