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第十七話

 この色のない逆世界で、美琴(みこと)たち四人以外がいるというのは刺激だった。


 それがなくなった今、美琴たちはまた「平穏」な日々を過ごしていた。




『汝、黄昏の(とばり)を上げし者』


 口元で小さく呟いたとたん、美琴は逆世界にいた。

 周囲からは人がいなくなっていた。


(とばり)、どこー?」


 もうこの世界は勝手知るところで、地面を軽く蹴るだけで、ゆうに5mは飛んだ。

 ふわふわと宙に浮いたまま、周りを見回す。

 いつまでも浮遊し続けることはできないが、「落ちる」イメージを持たなければ、羽が落ちるようなゆっくりした速度で下りることができるのだ。


「こっちだ!」


 帷の声が響いた。

 かなり大きい声だったが、近くには影も見えない。


 これも、彼がスピーカーみたいなものを想像しながら叫んだのだろう。


 左手で、ボンッと土煙(つちけむり)が上がった。


 ぎゅっと焦点を絞ると、眼鏡をかけても見えないだろう倍率で、その場所が拡大される。

 この世界は便利すぎて、現実世界でも同じように意志だけで行動して、思うように体が動かくて失敗するということが最近多い。

 例えば、黒板の字が小さくて見えないな、と思って、今のように集中したところで、見えないものは見えない。

 体育の授業で100m走のタイムを計ると言われた時、ひと飛びだな、と思ってしまった。もちろん、体は逆世界のように浮かず、しっかり100m走らなければいけなかった。その上、スタートダッシュを変な姿勢で始めてしまい、今までで一番遅いタイムになってしまった。


 土煙の中に、黒い影が二つ見える。

 帷と智樹(ともき)だな、と思った。

 すぐそばに、マヤもいるはずだ。


 美琴はまた地面を蹴って、接地三回で彼らと合流した。


「来たか、美琴。最近はお前も、だいぶこっちの世界に慣れてきたじゃねえか」

「そりゃあね。だって、ここに来てもう半年くらい経つんだし」

「半年になるのか」


 帷が刀を鞘に納めた。


 そうだ、逆世界には時間という概念がないに等しい。時計がないからだ。

 一体いつ日をまたいでいるのかも分からない。

 この世界は、いつ来ても薄暗く曇っている。

 多分分厚い雲の向こうには太陽があるはずで、でも、月の光は感じたことがない。




 美琴が交通事故で命を落としかけ、帷に助けられたときは、四月だった。

 現実世界では、今や、十月に差し掛かろうとしていた。

 帷が、美琴と契約してからどのくらいの月日が経ったのか分からないのと同様に、美琴も、自分が逆世界でどれくらいの時間を過ごしているのか、分からなかった。


 逆世界で過ごす時間を入れると、美琴の毎日は三十時間近くあることになる。

 前に一度、逆世界の無限の時間を使って、「ここで宿題すればいいんだ!」、「ここで寝ればいいんだ!」と思いついた。しかし、現実世界のものは衣服以外持ち込めなかったし、睡眠に至っては、完全に生活リズムが狂うという結果に終わったのだった。


「ここら辺はあらかた片付いたし、また移動するぞ」

 帷の言葉に、美琴は驚く。

「この辺の、全部?」

「だいぶ頑張ったからな」

「肩が凝るわねぇ」


 そう言ったのは智樹とマヤだ。

 一番逆世界歴の短い美琴と比べると、三人の戦闘能力は一段階上だが、だからってそれは討伐スピードが速すぎるんじゃないだろうか。


 逆世界で「この辺」と言うと、かなり広い。現実世界での、直径徒歩二十分くらいのところを、隅々まで掃除したようなものだ。

 移動時間はほぼ皆無なものの、魔獣との戦闘は一筋縄ではいかない。

 否、もしかしたら、美琴がいなくても十分はかどっているのかもしれない。


 美琴はふと疑問に思った。


 智樹は一体、逆世界に来てどのくらい経つのだろう。




 前方で帷と智樹が、並んで走っている。

 その次にマヤ、一番最後が美琴だ。

 帷と智樹は、前で二人して何か話している。


 いつもは口を開けば喧嘩ばかりなのに、今日はどうしたんだろう。


 片道二車線の広めの道路を、自動車よりも早いスピードで駆ける。


 誰も邪魔するものはいないし、風を切る音が聞こえるくらいの、現実世界では出せない速度で走るのは、爽快感がある。


 人が多ければ多いほど悪意は集まる。

 だから、繁華街は魔獣が多い。


 しかし、人が通り過ぎていくだけの道にはあまり魔獣がいないのだ。

 人の悪意も、魔獣も、薄暗い場所を好むので、このような開けた場所にはあまりいない。


 そんなことを考えていると、前の二人が止まった。


「どうしたの?」

「事故だろうな」


 道路の真ん中で、魔獣が十匹ほど固まっていた。


 現実世界のこの場所で、何か事件が起きたのだ。

 多分、血が流れるような事件。


 今この場所で、瀕死の人がいるのかもしれないと思うと、美琴は知らぬうちに一歩、後ずさっていた。


「狩るぞ」


 帷が刀を、智樹が剣を構えた。

 二人が同じタイミングで、前に踏み出す。


 それだけで風が巻き起こった。


 否、その風こそが二人だった。



 同じ速度で一閃を放つと、魔獣たちは半分に断ち切れ、次の瞬間には霧散していた。


「は、早い」

 これでは、美琴とマヤの出る幕がないではないか。


「次だ、次。駅まで行くぞ」

「駅って?」

「えーと、あそこだ、ナントカ北口」

桜宮北口(さくらのみやきたぐち)だね」


 確かにその駅は、このあたりで一番大きく、中核となる駅だ。そのぶん魔獣もたくさんいるに違いない。


 しかし、そこはだいぶ遠い場所のはずだ。美琴の家から、最低でも電車で一時間半はかかる。美琴も滅多に行かない。母に買い物に連れて行ってもらう時くらいだ。


 逆世界で、このスピードで走っていたらすぐ着くのかもしれないが……。


「なんでそんなところまで?」


 北口駅まで行かなくとも、魔獣が集まっていそうないかがわしい商店街は近くにある。


 それに、いつもの狩場は?


 疑問に思いながらも、美琴は三人について走った。




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