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第十五話

 何しに来たのか、とフーティエは厳しく問うた。契約者――相棒を傷つけられたのだから、その怒りは理解できる。

 けれども。

「助けに来たんだよ!」

 智樹(ともき)が吠えた。

「あんたの契約者を、俺らの仲間が傷つけたことについては謝る! けど、今のままじゃお前も死ぬところだっただろう!」

 ぱぁん、と乾いた音を残して、美琴(みこと)は後方を処理し終えた。

「入って!」

「誰があなたたちなんか入れるものですか! 助けてもらったからなんて、お礼なんて言わないわよ!」

「もたもたしてたら、また魔獣が集まってくるよ!」

 食って掛かるフーティエを、美琴が言いくるめる。

「わたしたちならこの辺も詳しい。また魔獣が襲ってきても、わたしたちがいたらあの人の治療だってできるでしょ!?」

「……っもう!」

 ずっと年下に見える少女だが、(とばり)の契約者になったばかりの美琴と比べたら、この世界に慣れているのだろう。帷以上ではなかったが、彼と渡り合える程度には剣さばきが上手かった。魔獣との戦闘に慣れているのだ。

一人――それも、相方が負傷している場合で、戦いきる難しさは経験してきたようだった。

 フーティエは鉄製の扉を開けた。魔獣の侵攻を阻むには、心もとない扉だった。


 薄暗い部屋の中、血を流したコンチュエの姿が見えた。あでやかだった孔雀の羽は、マントを引きずるようにだらりと床に伸びていた。

フーティエを見る目は不安を宿していたが、コンチュエ自身はもう怪我をものともしていないようだった。生概(いきがい)は彼の方なのだろうか。

「この扉は薄すぎる。もう一階上に上がろう。美琴、後ろを頼む」

 智樹が警戒しながら先頭を行く。コンチュエとフーティエの二人も、黙って後をついてくる。コンチュエは立ち上がるときふらりと体が揺れたが、立てないほどではないらしい。フーティエの手を借りているが、立って歩く。

美琴は言われた通り、しんがりを務めた。

薄い扉の向こうで、また魔獣たちの気配が充満してきているのを感じた。




 何階か上がって、当分は安全だろうと思ったところで、コンチュエの手当てをした。

 フーティエが小さく祝詞(のりと)をつぶやくと、傷はみるみるうちにふさがった。どうやら、コンチュエをビルまで運んできたはいいが、血の匂いが魔獣を引きつけてしまったらしい。

「本当にごめんなさい。わたしのパートナーがあなたのパートナーを傷つけたのは、わたしが謝ります。本当にごめんなさい」

 美琴が頭を下げた。

「俺も……謝るよ。俺の仲間が、悪かった」

「コンチュエさんの怪我を治すぶん……少しだけでも、手伝わせてください。わたし一人じゃ大して役に立たないかもしれないけど……」

「いいよ、別に」

 謝る二人を、不満げな響きでフーティエが遮った。

「ノルマのことは気にしなくていい。コンチュエを斬ったあいつじゃないし、本当は許したくないけど、コンチュエが許せって言うから……わたしは、許すけど」

 いかにも気に食わないといった様子で、口をとがらせるフーティエの頭に手を乗せて、コンチュエは語り出した。

「僕には戦闘能力がありません」

 目を見張った美琴と智樹の反応を見て、コンチュエは「空が飛べるんです」と話した。

 フーティエは、まだあどけない少女といった風貌だった。中学生か、下手をしたら小学生かもしれない。それなのに、二本の剣を操るさまはあまりに熟達しすぎている。

 一方、コンチュエは青年に見える。美琴と智樹より少し上、一九歳と言ったところだろうか。

 コンチュエはともかく、フーティエの若さ、否、幼さはこの逆世界には異質なように思えた。

「僕に与えられたのは、空を飛ぶ力だけ。人には過ぎた力ですね――もう、死んでますけど」

 やはり、生概はコンチュエの方なのだ。

「ジャンプ力とかは、人よりありますけど、戦うっていう意味においては全く役には立ちませんね。だから、戦闘の方は、すべてフーティエに任せています。今回は、助けてくださってありがとうございました」

「いつもはわたしが一人でコンチュエを守ってるんだから、今回だって助けてくれなくても平気だったのに」

 フーティエは自分の強さにかなりの自信があるようだ。確か、先ほど帷とやり合おうとした時も「わたしのほうが強いわ!」と叫んでいた。

「でもフーティエちゃん」

「!?」

 いきなり「ちゃん」呼ばわりされたフーティエがびくりと肩を震わせた。

「無理する必要はないんじゃない? わたしはこの世界に来たばっかりで、全然知らないけど、でもやっぱり一人でやるのは無茶だよ。怪我も帷のせいだし、せめてわたしだけでも手伝わせてくれないかな? 今度はフーティエちゃんが怪我しちゃうよ」

「そんなことも分からないと思うの!?」

 フーティエが激昂した。

「馬鹿にしてるわけじゃないの! フーティエちゃんが強いのはさっき見て分かったし、わたしは単に――」

「それにわたし、見かけほど子供じゃないんだからね! あなたと大して変わらないはずよっ!」

「え……わたし、一五歳なんだけど、……」

 美琴はフーティエを見つめた。日本の名前ではない、明らかに異なった音の名前を持つ少女。それでいて、目も髪も黒く、人種の違いを感じさせない。まっすぐな黒髪は、一本一本が細く、透き通るようだ。コンチュエの孔雀の羽も相まって、二人は神話の世界から出てきたような印象を受ける。

 しかし、フーティエはあくまでフーティエで、その姿は年端も行かない少女のものだ。物言いも、美琴と同い年にしては子供っぽすぎる。

 公園で女の子たち数人とはしゃぎ声を上げて遊んでいる姿が浮かんだ。気が強くて自信があるから、リーダー格の女の子かもしれない。

「わたしがここまで強くなるのに、一体何年かかったと思ってるのよ。ね、コンチュエ!」

 ふん、とそっぽを向くその姿はまさに子供にしか見えない。

「フーティエはたくさん努力したからね……おかげで僕は随分と助かっているよ。ありがとう」

 フーティエの言葉を受けて、まだぐったりとしているコンチュエは弱々しくうなずいた。あまり多くの代償は払っていないようだ。

 その様子に見かねた美琴が口を開いた。

「あの、私のパートナーがやったことなんですけど、その傷を治したぶん、しばらく一緒に戦いませんか? 強くはないけど、一人でも多いほうがリスクは少ないし……」

 智樹も強くうなずいた。

「それにその傷、最低限しか手当してませんよね? 魔獣退治ノルマが気になるなら、その傷のぶんは手伝うので、遠慮なく治療してください」

 傷つけたのは自分で、その傷を治すのも自分なんて勝手すぎるけれど、美琴はこの世界がどんな場所か分かっているつもりだった。生概と契約者、二人ともが万全であるほうがいいに決まっている。

 美琴は、コンチュエの目をじっと見つめた。

 コンチュエの瞳が揺れていた。自分と同じ、黒い瞳だ。しかし、ずっと深みがある。どこまでも続いていそうな深淵……。それでいて、表面は、シャボン玉のようにきらめいている。

 美しかった。

 しかし、その目がなぜ揺れているのか、美琴には分からなかった。

 コンチュエがゆっくりと口を開いた。

 しかし、彼が言葉にするより、フーティエのほうが早かった。

「いらない」

「え?」

「手助けなんて、していらない。わたしたちは二人で生きていく。誰の手も借りない。コンチュエも、しばらくしたら回復する」

 それは、きっぱりとした拒絶の言葉だった。

 そんなフーティエに、コンチュエはどこか悲しげに微笑んでいた。

「それに」

 フーティエがぽつりとつぶやいた。

「それに、手伝ってもらったらノルマが減って″昇″っちゃうじゃない……」


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