第十二話
帷の治療により、二人の魔獣討伐数がゼロに近くなってから、それまでをしのぐペースで二人は魔獣を狩っていた。時間軸のねじれた逆世界にいくら籠っても現実世界の時間には影響しないから、一日中魔獣狩りをしていても何ら問題はない。
もちろん、二人の体力は別の話だが。
二人の討伐に付き合う智樹とマヤも短期間でかなりの数の魔獣を倒しているはずだ。学校にいる間も、智樹と魔獣の倒し方を相談する始末だ。四人が集まることで戦闘にも幅が利く。近距離から遠距離まで、四つも武器が集まれば思いのままだ。
「智樹はどのくらいで帰るつもり?」
「今日は三時間……いや、二時間くらいかな。昨日は帰ってから何もせずに寝ちゃったよ。そろそろ定期テストもあるしさ」
「うわ、テスト、せーっかく忘れてたのに」
美琴が大げさに顔をしかめた。
逆世界にいる時とは違って、智樹のしゃべり方は柔和だ。あんな風に乱暴な言葉遣いをするのは、彼の機嫌が悪い時くらいだ。思えば、智樹が中学生くらいまではあんなしゃべり方だったかもしれない。今の彼とはギャップがあるが、幼いころから智樹と一緒にいた美琴は、彼の粗雑なしゃべり方も普段と同じように受け入れられた。
こうして教室で話していると、安全すぎて逆にどう腰を落ち着けたらいいのか分からなくなるくらいだった。逆世界では、ゆっくり話をすることもできないからだ。こうして美琴と智樹がのんきに話をしている間にも、帷とマヤは危険と隣り合わせになって魔獣を狩っているのだろう。
「やあぁっ!」
「っ……らぁ!」
「やあねぇ、男ってばむさくるしくって」
「聞こえてるぞ、マヤ!」
魔獣に斬りかかっている帷と智樹がそろって叫ぶ。こういう場面に出くわした時、二人は似た者同士じゃないんだろうか、と美琴は思う。そんなことを言えば全否定されるのだろうが、その様子も二人同時に食って掛かるのが想像できて、気がつけば笑みを浮かべてしまう。
「しゃべってねぇで練習しろ!」
「分かってるわよ。誰に向かって命令してるの」
マヤが眼を細くして帷をにらむと、帷は彼女の視界から消えるように離れた場所に跳んだ。
「ふん、全く……。じゃあ、美琴ちゃん、お願いするわね」
「はいっ」
男を激しく叱咤するマヤに返事をして、彼女の背後に回る。無防備になるマヤに群がってくる魔獣を倒すための配置だ。この前、銃弾が出なくなって帷に救われて怪我をさせてから、美琴は単独行動をさせてもらっていない。いつも誰かが周りにいるのだ。もう銃に不調も起こりそうにないし、逆に射撃の制度も良くなったくらいなのに、と美琴は思っている。
今日はマヤの魔法の使い方の練習だ。誰よりも用途の広い魔法は、マヤが好んで雷撃を使うものの形が決まっていない。今日はすでに水を檻のように見立てて魔獣をとらえ、その水の檻を小さくしていって魔獣を圧殺する技術を練習した。といっても、まだできるのはコウモリ型やイヌ型といった小さめの魔獣くらいで、まだ実用化には遠かった。
マヤがピンク色のステッキを、無言で前に突き出した。飾りの部分から、蔓が伸びてくる。先端のとがった蔓で、魔獣を射貫くのだ。ところが、出てくる蔓はスピードこそ速いが、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしている。マヤの前に魔獣が現れたが、全く攻撃になっていない。
「おいマヤ、できてねぇぞ」
帷はからかっているが、もしもの時のためにマヤを守れる体制でいる。
「うっ、うるさいわね!」
マヤがステッキを一振り、さっきまでとは違って、蔓がマヤの意志に従って動く。乱れのない動きに、美琴はおお、と声を上げた。
「って、おい、それ使い方違うだろ」
「いいのよっ、別に」
成功したのか、と思いきや、目の前の魔獣は串刺しではなく、蔓にからめとられていた。
「さっきのイメージのほうがやりやすいかな、と思って……」
マヤが美琴を上目遣いに見た。その間にも、魔獣は蔓にギュウギュウと締め付けられている。上目遣いのフリルをまとったマヤと、その力の暴力とのギャップに恐怖を感じる。
蔓は魔獣の体に食い込み、最終的に魔獣は肉片をまき散らしながら消えた。グロい。美琴は顔を引きつらせ、マヤも帷も、青ざめた顔をしている。
「……あんまり、良い光景じゃねぇな」
「そうね……」
三人が微妙な反応を見せている中、叫び声が聞こえてきた。
「マヤ!」
智樹の声だ。しかし、なんだかいつもと様子が違う。
「ごめん、マヤ……」
智樹がぴょんぴょん跳ねながら三人に接近してくる。
「俺……」
その後ろから、のっしのっし、大地を揺らしながら近づいてくるものがある。
「とんでもないもの持ってきちゃったよ!」
紫色にぬめる皮膚。魔獣だ――それも、とてつもなく大きな。
動きは遅いようで、逃げてきた智樹のずっと後ろをついてきているようだが、それほどの距離をおいても分かる巨体。周りのビルと比較して、五階建てのビルと同じくらいだから――」二十メートルはあるのだろうか。
「何、あれ……」
あまりの大きさに、美琴は口を開けることしかできない。一方、帷とマヤはすでに眼を鋭く光らせている。
息を切らせながら智樹が合流した。
「どんな感じ?」
すかさず聞いたのはマヤだ。かなり雑な質問だが、それで伝わったらしい。智樹は話し始める。
「とりあえずデカい。動きは遅いけど。ただ、背中に何百個ってくらい、びっしり目玉がついてて、メチャクチャ気持ち悪い。何のためのものかは分からないけど、いくら斬っても全然ダメージになっていないみたいだ」
「とりあえず、その気持ち悪い目玉を先に潰しましょう。何をされるか分からないものね。私はさっき試した……」
美琴と帷は顔を見合わせた。
「そんな顔しないでちょうだい。やってみるけれど、きっとあの大きさだと動きを止められるくらいだわ。攻撃は三人に任せるけれど、大丈夫かしら?」
三人は大きくうなずいた。
魔獣が近づいてくる。動物といった形ではない。ヘドロかたまりのように見える。ただでさえぬめりを帯びた魔獣の紫色の皮膚が、さらにどろどろと流れている。周りにほかの魔獣はいない。
「いくぞ!」
帷が巨体に向かって走り出した。その数メートル後ろを智樹がついていく。マヤはステッキを掲げて、蔓を生成している。
マヤの周りにも魔獣の気配はない。
「美琴ちゃんも行って!」
マヤの声を受けて、美琴も二人の後を追う。
帷は抜き身の日本刀を片手に、姿勢を低くして走っている。速い。すぐに距離を詰めて、もう魔獣の目の前だ。美琴に聞こえたのはザンッ、という衝撃の音だけだった。瞬きの間に帷は魔獣よりも高く跳びあがっていて、その魔獣の前面はぱっくりと縦に割れた傷があった。
智樹が突っ込み、剣を振るう。帷のつけた傷と交差するように、横に薙いだ。
「すごい……」
思わず美琴は感嘆の声を上げていた。
そこでようやく、マヤの蔓が到着する。巨大な体をぐるぐると巻いていく。もともと突き刺すためのものだったそれは、帷と智樹のつけた傷にはまり、キリキリと魔獣の体に食い込んでいく。
「やった……」
それで動きを止められた、そう思った。
「えっ!?」
マヤが驚いた声を上げた。
魔獣は、動きを止めない。魔獣を絡めとるはずだった蔓が、液体状のその体に沈んでいた。
「やれ!」
絶句するマヤに気が付いて帷が叫んだ。智樹も攻撃を続ける。
二人の攻撃は、確実に当たっている。縦に、横に、薙がれた柔らかい体の表面は、しっかりと傷を残したが、体を覆う体液がその傷を隠していく。ダメージは与えられているのだろうか。同じ場所を斬りこんでも、傷が深くなるような感覚もない。
美琴は側面に回って目玉を撃つ。ぎょろり、と目玉が美琴を捉えた。
「気持ち悪っ……!」
自分のほうを見た目玉を瞬時に潰す。
目玉の形をしているから、役割もその役割のはずだが、魔獣が攻撃を仕掛けてくる様子もない。
そして、
「撃っても撃ってもキリがないよ!?」
銃弾が小さいのも、確かにあるだろう。
けれども、潰したはずの目玉が、上から流れてきた体液に呑まれた瞬間、その場所から、ぽこっと新しい目玉が浮かんできたのだ。
「もしかして、これ……」
「マヤ、一発でかいの、落とせ!!」
切羽詰まった帷の声が聞こえる。
「回復してるの?」
マヤが、心ここにあらずといった風につぶやいた。
「マヤさん!」
美琴の声も、届かない。