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第十一話

「この世界で、私たちは生きているとも死んでいるともつかない存在……生概 (いきがい) だから、怪我しても死ぬことはないの。現実世界では、もう死んでるからね。時間はかかるけれど、放っておくだけで傷がふさがるのも事実なの。でも……すぐに治す方法も、ある」


 マヤはここで言葉を切った。深呼吸をして、心を落ち着けているようだった。


「私たちも、一度、こんなことがあった。怪我をしたのは、智樹のほう。さすがに人間には、放っておいても治る、なんていう私たちみたいな超回復も無理だから、この方法を取らざるを得なかったわ」


 ここは神の領域だ、とマヤは言った。


「不可能なことなんて、多分ないわ。……私は、それまで倒してきた魔獣の討伐数 (とうばつすう)と引き換えに、智樹を救った」


「それって……」

「そう、生概が "昇る" ためには、魔獣をたくさん――ある一定数、倒さなければならない……その努力を、水の泡にしたの」


 マヤのまっすぐな視線が美琴を射抜く。


「だから、この方法はお勧めしたくないの。(とばり) をこの方法で救っても、彼はきっと喜ばないわ。今まで二人で協力して倒してきたのに、また同じ数だけ倒さなくちゃいけない。その大変さは美琴ちゃんだって理解できると思うの。今一番いいと思うのは、このまま帷を連れて撤退して、怪我が治るのを待つことと、私は思うわ」


「でも……」


 マヤの言いたいことはよく分かる。初めて魔獣に対峙 (たいじ) した時の恐怖、先ほど牙をむかれた時の恐怖。突然足を踏み入れてしまった逆世界で、慣れない銃を扱う毎日。現実世界では感じることのない、死の恐怖。

 それぞれ、生概はここから"昇る"ために、契約者は現実世界に戻るために、魔獣を倒している。とても安全とは言えないそれを、引き延ばす行為なのだ。


 (かたわ) らで横たわる帷を見る。今は気を失っているが、美琴の前で見せた苦しそうな様子が忘れられない。腹部の血もその怪我が軽いものではないことを物語っている。


 美琴は、この状況を引き起こしたのは自分のせいだという自覚があった。それなのに、放置しておけば治るだなんて。


「私のせいなのに……放っておくなんて、できません」


 美琴が、同じように鋭い視線でマヤを見据えた。

 彼女の言葉を受けたマヤは、残念そうに目を伏せた。


「……いいの、決めるのは美琴ちゃんだから。美琴ちゃんと帷の問題であって、私たちは口を出すべきじゃないから……」


「それで、私はどうすればいいんですか」


「この世界に入ってくるときに口にする、呪文みたいな言葉、あるでしょう? さっき私が唱えたような。あれには、特別な力があるの。祝詞 (のりと) って言うのかしら。あれを自分の祈りに合わせてアレンジするの。大丈夫、難しくないわよ。――祈って」


 マヤは言った。


「ここは、神に一番近い場所よ。願いも現実世界より届きやすいの」





『我、夜の帷を上げし者――天よ、我に癒しの力を与えたまえ。其は神の御業。夜の世界に瞬く命を救わん』


 言葉が発せられて、帷の体が銀色に輝いた。特に、重傷を負っていた腹部が強い光を放っている。

 美琴は(なか)(ほう)けた状態で、智樹とマヤは注意深くそれを見つめていた。


 しばらくすると、その光も消えた。


 残されたのは、横たわる帷の体。赤い血は見る影もなく、腹部の傷はおろか、着ていた服まですっかり元通りだ。

 帷のまぶたがピクピクと動き、ゆっくり目が開かれる。成功したのだ、と美琴は顔に笑みを浮かべる。


「お前……」


 帷がうめいた。


「なんでこんなことしたんだ!」


 怒りだった。彼が発していた、それは。驚くほどの剣幕に、美琴はたじろぐ。智樹とマヤも息をのんだ。


「なんでって……帷が怪我したの、私のせいだし」

「放っておけって言っただろ!」


 その言葉に、美琴はカチンと来た。


「でも苦しそうにしてたじゃない! 怪我だって私のせいなのに、放っておけって言われても無理だよ! 本当に放っておいてほしいならもっと平気そうにしてなさいよ!」


 帷が大けがをして、ひどく狼狽(ろうばい)した。


 きっとこうやって怒られることが分かっていて、最初はマヤも帷の回復に努めようとしなかったのだろう。それを押し切って彼を助けたのは美琴自身だ。自己満足とはいえ、人に助けられておいて、こんなに怒ることもないだろう。


「怪我させた側の気持ちも考えてよ! あんなに血流しながら放っておけって言われても困る! 帷が死んじゃうんじゃないかって……怖かった」


 そう、怖かった。しかもその原因が自分となると、余計にどうしていいのか分からなくなった。

 そんな人の気も知らないで。そう、思ってしまうのだ。


 帷に劣らない剣幕に、彼も我に返る。


「……悪かった」

「いいよ……わたしの、自己満足だし」


 視線をそらす美琴の目がうるんでいた。


「ちゃんと代償の話もしたのよ」


 マヤが美琴をかばうように言った。


「なら、やることは分かってるな。俺の傷の回復で、多分今までの討伐した数はチャラになった。これから忙しくなるぞ」


 ふぅとため息をついてからそういった帷は、兄が妹に、仕方ないなと言うような笑顔を浮かべていた。

 その顔を見て、美琴は安心した。


「そろそろ結界がやぶれるわ」


 マヤのその言葉を合図に、四人はそれぞれ武器を持った。





 それからの戦闘は、やはり苦戦はしたが、順調に進んで、結構な数の魔獣を倒せたはずだ。美琴の銃が、再び弾切れを起こすこともなく、そこら一帯の魔獣を一掃した。一週間もすれば、また魔獣が跋扈(ばっこ)するのだろう。


 先の戦闘で弾が出なくなったのは、恐怖を感じたからだろうと美琴は思った。

 帷が回復してからは陣形を乱すこともなく、そのおかげか、狙いも正確に撃つことができた。


 できると思えば、できる。


 それがこの逆世界のルールだ。


 裏を返せば、『できないと思えば、できない』なのだろう。


 そのことを念頭に置いておけば、これからはきっと上手くいく。


 上手くいくと思えば、上手くいくのだ。




 ここは、神に一番近い場所なのだから。


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