第一話
「遅刻する! 行ってきます!」
彼女にとっては、いつもより遅い朝。
「もう最悪、弁当家に忘れてきたし、小テストの勉強もしてないし」
そんな風にひとりごちながら、少女は全速力で自転車をこいでいた。
「また智樹に馬鹿にされるよ……」
彼女の名前は、杉浦美琴。十五歳、高校一年生。残念ながら頭は良くない。そんな美琴とは違い、幼なじみの瀬野智樹は、毎回とまではいかないが学年一位さえとってみせる。
「あぁ、もう、むかつく。自分が頭いいからって人のこと馬鹿にして……」
怒りを込めてペダルを勢い良く踏む。あともう少し飛ばせば、始業時間までゆとりが持てそうだったので、美琴は息を切らしながらも全力で漕ぎ続ける。角を大きく曲がって、
その瞬間、時間が静止したようだった。美琴の目が大きく見開かれ、決して小さくはないトラックを認識する。全身から嫌な汗が吹き出した。
やばい、と美琴は思った。トラックのスピードはそんなに速くはなかったけれど、きっとぶつかればただでは済まない。ブレーキがかかって、トラックがほんの少し減速するのが分かった。
だけど、もう遅い。今、美琴はトラックの真ん前にいた。このまま自転車を加速させてやり過ごすのも無理だろうと思われた。ぶつかる。
その瞬間、時間が『止まった』。いや、錯覚かもしれない。けれど、美琴は聞いたのだ、その声を。
「お前、助かりたいか?」
振り向いた美琴を見て、その青年はにやりと笑った。
「このままだとお前、死ぬぞ……まぁ助かるっつっても条件付きだけどな。なぁお前、俺と組まねぇ?」
そしてその刹那の時間、ありえない存在の青年の言葉に反射的に返した美琴の言葉は、
「死にたくない」
生を、救いを求めるその言葉に、青年は目を細めた。
「よろしくな」