その2
何本かのイチョウが立つ小高い丘の上で、フローラが待っていた。
「来たね。さあ、今日もやってもらうよ」
「はい」
ハヤトは、木に手をついて“魔力”を錬りだした。
一行の修行が始まって一週間が経った。
ハヤトは、フローラの手ほどきで“魔力”の扱いを一から学び、ほかのメンバーは現在の力をのばすための訓練をディアナから受けている。
「さあ“波動”を体に纏わせるのよ」
ハヤトは目を閉じて“魔力”、彼女の言う“波動”を体の周囲に持って行く。
体全体が、“魔力”に包まれるようになった。
「そう。ようやくできたわね。初歩的なものだけれど、それが『結界』。外国では『障壁』だとか、形を変えたものを『うぉーる』とも呼ぶわね。忍はこれができて初めて、戦いの場に立つことができるの。戦闘中は無意識にでも維持できるようになさい」
目から鱗が落ちる思いだった。
マヤらはこれを圧縮したものを魔法「ウォール」としてピンチの際にのみ生成することで、“魔力”のロスを抑えながら防御に活用しているそうだ。この「障壁」はベルスタで戦った魔王軍のビンスが使っていたそれである。
マヤから簡単な説明を受けてはいたが、正直、自分の“魔力”程度ではどうにもならないと思っていた。
これが最初からできていれば、どんなに楽だったろう。
「次はそのまま、蒼き“波動”を流しなさい」
ハヤトは頷いて、集中する。
彼の体から、蒼い“魔力”が溢れる。
しかしハヤトはそこで悪寒を覚え、すぐにそれをやめた。
フローラは息をつく。
「ふむ、やはりまだ併用は難しい……か。やはり蒼き“波動”は通常の“波動”とは異なる力のようだ。いいかいハヤト。“波動”はあんたの生命力を引き出し、錬成することで生まれる。対して蒼き“波動”はそれを吸収することで生まれているようだ。どういう原理かはわからないけれど……これをうまく使い分けることが、あんたの今後の戦いを大きく左右するだろうよ。さて、そろそろ本格的に実感できる頃だろう。結界なしで、蒼き“波動”だけを出しなさい。そうね、あの剣を出してみて」
ハヤトは剣を抜いて、「蒼きつるぎ」を呼び出す。
フローラは、彼に聞いた。
「……どう?」
「……なるほど」
ハヤトは思った。
“魔力”の技術を得たからこそ、わかったことがある。
これはなんと、燃費の悪い力なのだ。
“魔力”が無尽蔵に減り続けている。
今まで、こんなものをふり回していたのか。
「今まで、こんなものをふり回していたのか……」
フローラが心を読んだかのごとく言ったので、ハヤトはびっくりした。彼女はいたずらっぽく笑う。
「そう、思ったろう?」
「はい」
「でもね、それは勘違いよ。これは少し練り方というか、気の持ち方を変えればいいの」
フローラは“魔力”についてのいくらかの指示をした。ハヤトがそれを実行すると、簡単に“魔力”の減りが大きく減少した。
「これを意識しているだけで、あなたの力は今までよりワンランク以上上がったことになるわ」
「ほ、ほんとですか? こんなに簡単なことで?」
「あなたが“波動”について知らなさすぎただけとも言えるわね。この蒼き“波動”の力は強大よ。まず“波動”の絶対量がけた違い……つまり、威力がとても強い。この剣をぶつけて無事でいられる人間や魔物は少ないだろう。現にソルテスちゃんは最初にここに来た時、私たちが倒すのに苦労していた魔王の手下を簡単にやっつけてしまったからね」
「ソルテスも、ここで修行したんですか?」
「そうねえ、もっと高等な術を数日で覚えていったね」
「す、数日……」
ハヤトはがくりと肩を落とした。
確かにユイは、学校にはあまり行っていなかったものの勉強はきちんとしていて、成績もよかったようだった。
魔法も、同じようなものなのだろうか。
「でもね、ハヤト。ソルテスちゃんは、最初から魔法のエキスパートだったわ。成長スピードだけで言えば、あなたの方が早いかもしれない」
「エキスパートだった……?」
だとすれば、彼女はどこで魔法の知識を身につけたのだろう。
ふとした疑問は、フローラの声にかきけされた。
「さあ、おそらくそろそろ、あんたの出番が来るよ。今日中に最低限のレベルには仕上げなきゃね。錬成の続き、はじめ」