その9(終)
ハヤトたちは、フローラの屋敷でそれぞれ目をさました。
まず彼らを襲ったのは、圧倒的な敗北感だった。
「ちっ」
とくにミランダは機嫌悪そうに、壁にもたれていた。
シェリルの友人、ディアナが肩をすくめた。
「強い勇者様って聞いてたけど、仕方ないわね。あんたらは忍術の心得もないみたいだし、アンバーさんとロックのあに様のふたりは、この里の忍の中でもずば抜けているもの」
ロバートがうなった。
「あのアンバーって人は、確か元々ソルテスの仲間だったんだよな、ハヤト君」
「ええ。俺が春の都で見たビジョンの中に、確かにいました。間違いないと思います」
「だが、確かあの人は魔王軍のリブレと戦っていたし、俺たちを助けてくれたよな……。なのに、今度は俺たちの妨害をしていることになるのか? ああ、訳がわからねえ。どういうことなんだ」
シェリルが驚いたように言った。
「み、みなさんは、あね様に、会ったことがあるのですか?」
ハヤトは、「ザイド・アトランティック」号での一件について話した。
シェリルは、悲しげに目を伏せた。
「そんなことが……」
「シェリルさん、アンバーさんのことについて、教えてくれませんか。あの人は、ここの出身なんですよね」
シェリルは最初こそおどおどしていたが、やがて頷く。
「あ、あね様は元々、このオータムの忍の若頭を勤めていました。これはおんばあ様に聞いたことですが……」
シェリルは、時折しどろもどろになりながらも、話を始めた。
アンバー・メイリッジは身よりのない孤児だったが、里長であるフローラに拾われて里へとやってきたのだという。
フローラが元々その才能を見抜いていたのかは定かでないが、数年も修行を積むとめきめきと頭角を現し、二十をすぎたころには、忍たちの若きリーダーとして里をモンスターから守ってきた。
「しかし六年前、あね様に転機が訪れたの。魔王を倒すために旅をする『蒼きつるぎ』の勇者に出会ったのよ」
ハヤト相手に話すのが限界になったシェリルの代わりに、ディアナが話を引き継いで言った。
マヤが、つぶやく。
「ソルテス……」
「そう。その際にあね様は、魔王を倒す旅をする彼女たちに協力するよう、おんばあ様から勅命を受けた。そして……旅に出たその日を最後に、戻って来なかった。それなのに……」
「今になって、突然里を襲いに来たんだよ。まったく、どうしたもんかね」
全員が顔を上げた。
フローラ婆が、いつの間にか部屋にいたのである。
「あの子が何をしようとしているのかは、よくわからない。だけどあの子からは、不思議と悪意を感じなかった」
ディアナが肩をすくめる。
「だからと言って、なぜあね様にご神刀を渡してしまったのですか」
「あの子を信じているからさ。そしてご神刀も、それを拒否しなかった。今はおそらく、それでいい」
フローラは、ハヤトをみる。
「そういう訳で、ハヤトさん。秋の精霊を宿した神器は、全てあの子の手に渡ってしまいました。せっかく契約しに来たのに、ごめんなさいね。……どうしますか?」
ハヤトは何も言わず、フローラの元へと歩き、その場にひざをついた。
「単刀直入に聞きます。六年前のソルテスと今の俺、どちらが“魔力”が上でしたか」
フローラは、にこりとした。
「なかなか、ものわかりがよさそうだ。……圧倒的に、あなたの方が下よ」
「あなたは、どちらにせよ最初から俺たちに契約をさせるつもりはなかった……そうですね」
フローラは、ゆっくり頷いた。
「『蒼きつるぎ』の勇者だって言うならね、あの子から、神器を全部奪い取ってでも契約をするだろうね。少なくとも現魔王のソルテスなら、そうしただろうよ。あなたたちは今のまま魔王と戦っても、犬死にするだけよ」
ハヤトは、その場を振り返った。
マヤは、小さく頷く。ルーはすでに“魔力”を練って何かを作ろうとし始めていた。ロバートは腕を組んで、少しにやりとした。コリンは、少し汗をたらしつつも、彼を黙って見る。ミランダは視線を外に向けていたが、掌に拳を打ちつけた。
ハヤトは、夏の遺跡で出会ったジョバンニという男のことを思い出していた。
彼がここへ向かえと言っていたことの、意味がわかった。
ハヤトは、向き直って言った。
「神器は、俺たちが取り戻します。だから……強くならなきゃならない。どうかここで、修行させてください」
フローラはそれを聞いて、いっそう笑顔になった。
【次回予告】
少年たちは、来訪者に立ち向かう。
来訪者の言葉は、彼らをどれだけ真実に近づけるのか。
運命は待ち望む。彼らの到着を。
次回「オータムの決闘」
ご期待ください。