その7
アンバーは何も言わず、ロックをじろりと見つめた。
ロックは苛ついた様子で、もう一度言った。
「アンバー、話せ。一体、何があったのだ」
アンバーは返答せず、彼の姿をただ見ていた。
うつろげに、幻か何かを見ているかのように、ただ見ていた。
「アンバーっ!」
ロックが叫ぶ。アンバーはようやく、ぎりと、奥歯をかんでから口を開いた。
「どけ……!」
二人の姿が消える。同時に、空中で二人の斬撃が重なり合う。
「『火遁』……」
ロックが至近距離で術に入るのを見て、アンバーは彼を蹴りとばす。
だがロックは、空中を踏み、再び彼女の目の前にとんだ。
「『獅子炎牙』!」
ロックの掌から、獅子を象った炎が現れる。アンバーはそれを双剣で受け止め、小さく言った。
「『凍れ』」
獅子が、一瞬にして氷像となった。ロックはすぐに刀で追撃したが、アンバーの姿はそこにはなく、空を切る形になる。
「ちっ!」
ロックはそのまま空中で翻り、背後に手裏剣を投げる。アンバーはそれを剣で弾き飛ばし、ロックの額に手をつけた。
「『風遁・羅刹陣』!」
爆発的な“魔力”の風が起こり、ロックの体が、きりもみ回転しながら竹薮に吹き飛ばされていった。着地したアンバーは、そのまま屋敷へと走り出そうとしたが、すぐに足を止めた。
「進ませるわけにはいかん」
飛ばされたはずのロックが、そこに立っていた。アンバーは双剣をないで、彼に襲いかかる。
その場を飛び跳ねたロックは、空を踏み、斬撃を浴びせる。アンバーはそれを片方の剣でパリーし、もう片方で突く。
刀と剣の応酬が続く。やがてアンバーがロックの刀に足をかけ、体を跳ねさせた。
二人は空中を駆けながら、武器を打ち合わせ続けた。
「あに様、あね様! おやめください!」
中庭に出たシェリルが叫ぶ。しかし、二人は戦いをやめない。
続けて勇者一行も現れた。
「なぜ戦うのです! どうして……どうしてあなたたちが!」
ロバートが、驚いた様子で宙をにらむ。
「なんなんだよ、あいつら……! 二人ともバケモンだ。それに、あの女は……」
ハヤトも、思わず言った。
「西や……いや、アンバーさん!?」
空中で戦うアンバーが、その声に反応した。
一瞬の硬直。ロックはそれを見逃さなかった。
「『風遁・羅刹陣』!」
アンバーが、ものすごい勢いで地上に叩きつけられた。
控えていた数人の忍たちが、それを取り囲む。
だが、アンバーは“魔力”を大きく展開して衝撃波を起こし、全員を吹き飛ばした。
ハヤトとアンバーの目が合う。
「やっぱり……!」
間違いない。アンバー・メイリッジ。ザイドに向かう途中で魔王軍と交戦した際に現れた、ハヤトの師である西山楓そっくりの女。
彼女が使っていた技は、ロックのそれとほとんど同じだった。
彼女もまた、ここの人間だったのだ。
「あね様!」
シェリルが騒いだが、アンバーは彼女のことを完全に無視して、ハヤトを見た。途中、空中にいたロックが攻撃を仕掛けたが、障壁のようなものが現れ、彼の体を拘束した。
「勇者ハヤト……」
「アンバーさん、一体どうして、こんな……?」
「悪いが急いでいる。君たちに構っている暇はない」
「へん!」とミランダが槍を取り出した。
「通れるもんなら、通ってみな。アタシらは秋の精霊と契約しなきゃならないんだ。ここであんたをぶっちめてでも――」
その時、途中でアンバーの姿が消え、背後からどごん、と何かが壊れる音が響く。
ハヤトが振り返った時には、ミランダとシェリルのふたりが壁に叩きつけられて倒れていた。アンバーはそれを一瞥してから、彼らのほうに振り返った。
ハヤトはぞくりとした。
攻撃が、まったく見えなかった。
「邪魔だ。弱者に用はない」
全員が身構えたが、アンバーはまたしても姿を消すと、ロバートを地面にたたきつけ、マヤとルーに手刀を浴びせ、コリンを蹴り飛ばす。
ハヤトが剣を抜いた頃には、六人が戦闘不能になっていた。
「う……うおおおおっ!」
ハヤトは叫び、「蒼きつるぎ」の力を呼び出そうと試みる。
が、目の前に現れたアンバーが彼の手を蹴り上げ、腹に肘打を食らわせた。
「判断が遅い」
ハヤトは、アンバーのその言葉を最後に、意識を失った。