その5
「あらあら、まあまあ」
広々とした畳の部屋に招かれた一行を出迎えたのは、一人の優しそうな老婆だった。ほかの忍たちのような黒装束は着ておらず、赤い和服を身にまとっている。
シェリルはその場に正座し、静かに礼をする。
「ご無沙汰しております、おんばあ様」
「お顔を上げなさいな、シェリル。久しぶりなのですから、あなたの成長した顔をよく見せてちょうだいな」
「おんばあ様」と呼ばれた老婆は、座布団に腰掛けた。シェリルは緊張した面もちで、言われた通りにした。
老婆は笑顔になり、後ろに腰掛けるハヤトたちを見た。
「あなたたちが『蒼きつるぎ』の勇者ご一行……ですか」
ハヤトはその場に正座して、シェリルと同じように頭を下げる。
「ハヤト・スナップと申します」
「まあ、流儀をご存じのようで。わたしはここ、秋の里長をつとめています、フローラ・ベルといいます」
どうして、忍者なのに英語名ばっかりなのだ。
いい加減ハヤトは突っ込みたかったが、それがこの世界での忍者というものなのだろう。
シェリルとハヤトは、これまでの出来事について簡単にフローラに説明した。
「つまりは、聖域に行くために秋の精霊様の契約を……ということですね」
「はい」
「ではハヤトさん、まずあなたの『蒼きつるぎ』を見せてちょうだい」
ハヤトはそう来ると思っていましたとばかりに立ち上がり、背中から剣を抜く。
気持ちを集中させると、すぐさま剣は「蒼きつるぎ」に変化した。
ハヤトはこれまでの旅路を経て、ようやくこれだけはマスターしていた。
「どうでしょう」
ハヤトがたずねる。フローラは、何かを確認するかのように、彼の体じゅうを見回し、剣を納めるように告げた。
「ソルテスと同じ蒼き“波動”……。かなり未熟だけれど、不思議なものね。どうやら間違いなさそうだ」
「だったら」と契約をせかそうとするハヤトに向けて、フローラは小さく手で制した。
「間違いはないけれど……今、秋の精霊様とあなた方をお会いさせることは、できません」
「な、なぜですか?」
「貴様が知る必要はない」
後ろから、声がした。
見ると、先ほどの眼帯をつけた男だった。
シェリルが立ち上がった。
「あに様!」
「おんばあ様、なぜこのような国外の者らを里に入れたのですか。神器を狙っているのかもしれぬのですよ」
「落ち着きなさい、ロック。シェリルが連れてきた客人なのですよ」
「こやつは忍術の才能なくして、奉公に出された女です!」
「――おだまりや」
突如として、フローラの声色が変わった。その場にいる全員がぞくりとするような、小さいが心に突き刺さるような声だった。
「その代わりシェリルには、外国忍術『まほう』の才能があった。だからこそ春に奉公に出した。これを貴様が口を挟めるような問題だと思うか」
眼帯の男・ロックもこれにはひるんだようで、その場に膝をついて座った。
「……失礼をば。ご報告です。里山のふもとに安置されていた、鏡の神器が奪われました。賊と交戦した者らによると、今回も勾玉の時と同一人物のようです。……秋の精霊を宿す、最後の神器であるご神刀があるここに来るのも、時間の問題かと思われます」
フローラは大きく息をついた。
「やはり……あの子なのかい」
ロックは、何も答えない。だが、フローラはそれだけで察したようだった。
「ロックや、無理はせずともよい。おまえに責任はない。だから休みなさい」
「見張りの数と罠を増やします。きゃつは必ず、拙者が始末します」
ロックは即答した。
それまで黙っていたシェリルが、口を開く。
「神器を狙っているのは……あね様、なのですね」
「シェリル、おまえは知らずともよい……早く、去るのだ」
「で、でも! あに様とあね様は……!」
シェリルが言い掛けたその時、屋敷が大きな爆発音とともに振動した。