その3
バドルでしばらく山道を進んでいると、ハヤトは意外なものを目にした。
「これは……竹、か?」
さっきまで針葉樹ばかりだった森の中に、竹がいくらか植わっている。風に揺れる細い葉が、なんとも言えぬ哀愁を誘う。
コリンが頷く。
「そう。ザイド・オータムの里はこの竹薮の向こうにある。竹はこのオータムにしか生えない。ハヤトは、この辺りの出身?」
「えっ? いや、そういう訳じゃないんだけどさ」
「なら、オータムに来たことがあるの?」
「ないよ。でも、久しぶりに見た」
コリンは無表情のまま小首をかしげたが、すぐに眉間にしわを寄せた。
「ひょっとして、からかってる?」
「ち、違うって! 俺の住んでたところにもあったんだよ」
最後尾でその様子を見ていたミランダが、舌打ちした。
「あのクソピンク頭……アタシのハヤトにちょっかい出しやがって」
「残念だがミランダ。ハヤト君はきみの物と決まった訳じゃない。コリンちゃんにも権利がある。どうやらあの様子だと、またライバルが増えたようだな。ああ、ミランダの立ち位置はどんどん隅に追いやられていくな」
ロバートはすぐに鉄拳に備えたが、ミランダはうつむいて、ため息をついた。
「……わかってるよ」
「どうしたミランダ? この間の砂漠の時から、なんだか変だぞ? 変なものでも食ったのか?」
ミランダは少し思い詰めた表情で、自分の乗るバドルをかかとで蹴った。バドルは微妙にうれしそうな声で鳴いて、スピードをあげた。
ロバートはその様子を見て、腕を組む。
その時。彼の背後の竹薮から、がさりと音がした。
ロバートは瞬時に弓を取り出して矢をつがえた。
「誰だ!?」
全員が、その声に反応して振り返った。
ほぼ同時に、竹薮から何かが飛んでくる。ロバートはバドルに降りながら、それをかわす。
背後の木に、金属製のとがった板のようなものが刺さった。
ロバートが矢を放つと、全身黒装束の男が竹薮から一人現れ、それをはしと掴んだ。
シェリルがその顔に反応した。
右目に眼帯をつけた黒髪の男は、力強い眼光をたたえた左目でロバートをにらみつけると、地を蹴って宙を舞った。
彼は腰に手をつけ、先ほどの金属の板を再び取り出し、ロバートに投げつける。
ロバートはその場を転がってそれをよけ、再び矢を放つ。
矢は男に向かってゆく。
男は空中で手を組み合わせた。
「『火遁・陽炎』」
男の姿が歪み、矢をすりぬけた。
「なっ!?」
ロバートが声をあげる。男はそのままロバートにのしかかって馬乗りになると、腰につけていた短刀を取り出して彼の首にあてがった。
ハヤトたちは、男に向かって走る。
「やめて! やめてくださいっ、あに様!」
シェリルの大声が響いた。
男はそれを聞くと、ロバートを解放して彼女を見る。
「おまえか……。なぜ戻って来た」
「あ、秋の精霊様の契約に、です」
「去れ。里は今、それどころではない」
男は、その場から消え去るようにして姿を消した。
シェリルは、それを不安げに見つめていたが、バドルに乗った。
「行きましょう。この先がオータムの里です」