その2
ザイド・サマーを南下した先にある山岳地帯、ザイド・オータム。
夕日の差し込む山の中腹で、ハヤトたちはキャンプを作っていた。
「よし」
ハヤトは真剣なまなざしで、自分の目の前に置かれたスクロールに右手を当てた。黄色い落ち葉ががさりと音をたてる。
彼が意識を集中すると、スクロールがうすい光に包まれ始め、やがて彼の手にそれが移った。
すぐ横で見ていたマヤとルーが、感心した様子で口を開く。
ハヤトはそのまま、手を前方に掲げた。
「てやっ!」
手のひらから「ウォール」のようなものが少しだけ出たが、すぐに消えた。ハヤトは肩をがっくりと落とした。
「……だめか」
「何言ってるの」とマヤ。
「“魔力”の錬成をこの数日で修得した時点で、十分凄い才能だわ。ふつうは何ヶ月もかけてここまで来るのよ」
「だったら、ルーはどうなるんだよ。まだチビっ子だぜ」
「よくわからないけど、ルーは『とつぜんへんい』だっておばあちゃんが言ってたの」
「ちぇっ。上には上がいるってことか」
ハヤトは先日の戦いでジョバンニという男が魔法を使うところを見てからと言うもの、暇を見てやっていた程度だった魔法の練習を毎晩行うようになった。
ハヤトは痛感していた。
「蒼きつるぎ」の力は確かに強大で、力そのものについても、最初の頃よりはまともに使えるようになり始めている。
だが、決してこの力は万能ではない。
現に精霊の巨人のもつ障壁など、とうとう通用しない相手も出てきてしまったし、破壊の力を無理に使おうとすれば、先日のように窮地に陥ることもありうる。
何より、自分が戦うべき相手である魔王軍は、かつての勇者パーティでもある。つまりは、ソルテスの「蒼きつるぎ」の力を間近で見ているのだ。
今後、「蒼きつるぎ」の力が効かない相手が出てきてもおかしくはない。
だからこそ、自分の地力を高めておかなければ。
ジョバンニさんのように、一人でもウォールを作ったり、障壁を破壊したりできるようになれば、みんなをもっと確実に護れる。
ハヤトはもう一度、スクロールに手を置く。
「あのー……」
その時、横から小さな声が聞こえてきた。
見ると、長身のシェリルが少し離れたところでしゃがんでいた。
「どうしたんですか、シェリルさん」
「あ、あの、その……」
シェリルは、ハヤトの反応にもじもじしだし、何かを言おうとしているのだが、聞き取れない。
代わりにマヤが聞いた。
「なんですか?」
「そ、そろそろ、出発するそうです。荷物をまとめるようにと、コリンが言っています」
言うと、シェリルはそそくさと逃げていった。
ハヤトは頭をかく。
彼女は出会ってからというもの、ずっとこんな調子だ。
「シェリル、ちゃんと言えたの?」
コリンはバドルにえさをやっていた。
シェリルは頷く。
「あの、こういうことはコリンが言ってください。私は……」
コリンは彼女の顔を見上げ、ひと指し指で彼女の額を突いた。
「シェリル。あなたは知らない男に対してビビりすぎ」
「だ、だって……!」
「だってもあさってもない。それに、ハヤトはそんなに悪い奴じゃない。しっかり話しなさい」
シェリルは意外そうに彼女を見る。
「コリンこそ、あの人をあれだけ疑っていたのに、ずいぶん態度が変わりましたね」
コリンが硬直する。
「それは……その、悪い奴じゃないってわかったから」
「ひょっとして、コリン……」
コリンは、はっとして首をふる。
「ち、違う。そういうのじゃない。いい奴だとは思うけど! 勘違いしないで!」
「……彼の『蒼きつるぎ』を間近で見たから、信用する気になったのですね。いいなあ。私は結局、まだスプリングで見たのが最後ですから」
シェリルがほほえんで言う。
コリンは目をぱちくりさせたあと、わざとらしい咳払いをして小さく頷いた。
「……そ、そう。そういうこと」
「それで、ここからの道筋なのですが……少し、以前と罠の配置が変わっているようです。少し遠回りして、里に向かいたいと思います」
コリンは、それを聞いて目を細めた。
「どういうこと? そんな報告、国には来ていない。緊急事態なの?」
「わかりません。でも変えてあることは確かです」
「相変わらず、あの連中は言うことを聞かないね」
「仕方ありません。彼らには元々、スプリングに治められているという認識がありませんから」
「シェリル」
コリンは、いっそう目を鋭くさせた。
「里の連中の対応は、あなたにしかできない。機嫌を取れとは言わない。でも、穏便に済ませてほしい」
シェリルは、少しうつむいた。
「わかって……います」