その12(終)
「あれ……」
ハヤトは、自分の状況にしばらくとまどった。
剣を、なぜか壁に突き刺している。
引っこ抜いて、後ろを見る。
岩と、台座。そしてふわふわと浮くプレート。
部屋が、元に戻っていた。
「私たち、さっきまで巨人と戦ってたわよ……ね?」
マヤが隣にいた。翼は既に畳まれているようだ。
『何をしている』
夏の精霊の声が響いたので、ハヤトたちはぎょっとした。
『加護は済んだ。早く立ち去るがよい』
その声は、先ほどまでのことを、まるで認識していない様子だった。
「ふう、うまくいったな」
それを聞いて、すぐ先にいたジョバンニがその場に座って汗をぬぐった。
「ジョバンニさん、どういうことなんですか?」
「なーに。『蒼きつるぎ』の力を、ちょっと借りたんだよ。ともあれ、これで全部元通りだ。悪かったな、勇者一行」
ハヤトは、剣を鞘におさめる。仲間たちが集まってきたところで、彼は改めて聞いた。
「あなたは一体何者なんですか?」
ジョバンニはそれを聞いて高笑いした。
「最初に言ったはずだ! おれはジョバンニ! 凄腕のトレジャーハンターだ」
「い、いえ、そういうことではなくて」
ジョバンニは、立ち上がって帽子を掴み、つばで顔を隠した。
「……さっきのおれの技が、不思議に見えたか? すごいとでも、思ったか?」
ハヤトは頷いた。
空中を走る術。強力な「ウォール」と、結界破り。
そしてこの、「蒼きつるぎ」を使った謎の現象。
ジョバンニは背中を向けて歩き出した。
「だったらおまえさんは、ソルテスには勝てやしねえぞ」
「ま、待ってください! ソルテスの知り合いなんですか!?」
「……さあな。ザイド・オータムを目指せ。今のおれに言えるのはそのくらいだ。じゃあな。今回は悪かった」
「また会おう」と言い残し、ジョバンニは部屋から去っていった。
「一体なんだったのかしら、あの人?」
マヤがつぶやいた。ロバートは頭をかく。
「魔王軍……って感じでもなさそうだったけどな。だがちょっと異常だったぜ、あの技は」
「ええ、明らかに私たちの理解をこえたレベルのものだったわ。仲間になってくれれば、すごい戦力になるんだけどなあ。ねえミランダさん?」
「あ、ああ。そうだね……」
「どうしたミランダ。元気がないじゃないか。暑さでバテたか?」
「ち、ちがわい!」
談笑するパーティ一行を後目に、ハヤトは入り口付近で立っていたコリンの元へと近づいていく。
コリンは、目を伏せてから、肩をすくめる。
「見せてもらった。あなたの『蒼きつるぎ』は本物みたいね。それだけは認める」
「……君は、ソルテスを助けてくれたんだな」
ハヤトは、さっきまで夢のように見えていた光景を思い浮かべる。
あれが、過去の光景なのだとしたら。
小さなコリンを守っていた「蒼きつるぎ」の使い手は紛れもなく、ユイだった。
そして彼女は言っていた。「あなたたちに助けてもらった」と。
コリンは、何も応えなかったが、ハヤトは、その肩を両手でつかんだ。
コリンは体をはねさせた。
ハヤトは彼女に顔を近づけた。コリンの猫みたいな目が、大きく開く。
「な、なに」
「あいつを助けてくれて、ありがとう」
ハヤトは、笑顔で言った。
「やっぱり俺、あいつに会わなきゃ。君を守らないで何やってんだって、言いにいかなきゃな。だから、今後も案内を頼む」
コリンは、それを聞いてしばらくぼーっとしていたが、彼の手をはじいて後ろを向いた。
「さっきも言ったけど、あなたは、甘い」
「わかってるさ」
「でも、嫌いじゃない」
彼女のつぶやきは、誰にも聞こえなかった。